プロローグ
プロローグ
その日もオイラは畑に出ていた。
いつものグリーンモンスターたちと格闘し、そいつらを退治し続けている。
畑の土にしっかりと下半身を食い込ませ、退治されまいと抵抗をつづける彼らとの毎日の格闘。タフな戦いだ。
相手も必死ならオイラだって……
命ある魔法の箒対グリーンモンスターこと雑草。さすがに、体格差のある勝負。モンスターたちよりも格段に大きなオイラにかかれば、彼らがどんなに頑張ったところで、勝つのはいつもオイラだった。
でも……
今日もオイラは全力を出し切って、モンスター退治をする。程よい疲れ、爽やかな気分だ。しかし、手を休めて、畑をぐるりと見回せば、数日前に退治し終わった場所では、すでにモンスターたちが復活を遂げており、気持ちよさそうに谷を渡る風に吹かれ、畑の滋養を体に取り込んでいる。
退治しても退治しても、モンスターたちはいなくはならない。根絶できない……
徒労感ばかりが蓄積していく。
日々、モンスターたちを圧倒しつづけているというのに、オイラの胸にはむなしさや敗北感が、確実に広がり続けるのだった。
ああ……
とはいえ、そんな状況でも、長く継続していると、それなりに変化が起こるもので。
「あ、こら! お前、それは大事な魔法植物だぞ! それを引っこ抜いちゃダメ!」
「あ、そっち、そんなところに、折角抜いたモンスターを放置したら、そこで根を張って、復活してしまうじゃないか! はやく、向こうへ捨てて来い!」
「あ、おい! 止めてくれ! 肥料撒きすぎ! その魔法草、枯れちまうだろ!」
そう、畑には、オイラ以外の存在がいた。
昨日は雨の日。畑仕事ができなくて、ご主人の書斎でご主人所有の魔法書に目を通していたオイラは、一つの魔法に出会った。
『ゴーレムの生成術』
魔法生物であるオイラが、泥に魔力を加えて、同じ魔法生物であるゴーレムを作り出す……
考えてみると奇妙な話だ。
大体、そんなことが本当にできるだろうか?
魔法生物が、他の魔法生物であるゴーレムを生み出すなんて可能なんだろうか?
う〜ん……
考えていても仕方がない、オイラは早速その本に書かれている通りに魔法をかけてみることにした。
雨に濡れそぼった畑から少量の泥を拾ってきて、鉢に盛り、棚からラベルをたよりに、必要な粉末の材料を持ち出し、泥にかける。それから、本に書いてある呪文を詠み上げた。
最初のうちは、なんの動きも見られなかった。
鉢に盛った泥は、盛ったときの状態のまま、なんの変化もなく、なんの転換もない。ただただ鉢に盛られた泥というだけ。
でも、なんだか、鉢の輪郭がかすんで見えるような。
気のせいか?
いや、そんなことはない。たしかにかすんでいる。
もしかして、オイラ疲れているのかな?
毎日のように、フィオーリアのいるフィオーレ神殿とご主人の小屋とを往復し、フィオーリアの護衛や魔法植物たちの世話をしているのだ。オイラが疲れていたとしてもなにも不思議なことではない。
天井をあおぎ、存在しない目をパチパチと瞬かせる。
もう一度、前を向き、鉢を凝視する
それでも、鉢はかすんで見えている。
う〜ん…… おかしいな。
オイラは、部屋の中を見回す。
中央にデーンと鎮座するテーブル。部屋の隅の棚に並べられているコップ類。どれもはっきり見えるし、かすんでなんかいない。
でも、泥をもった鉢に目をやると…… やっぱり、かすんで見える。
もし、オイラに手があれば、そして、本物の目があれば、ゴシゴシとこすってみるところだけど、残念ながら、オイラにはそれらのような高尚なものはない。
なので、納得がいくまで、周囲を観測しつづけるしかないわけで。
何度も何度も、部屋の中を見回し、ついで泥を盛った鉢を眺める。
やっぱりそうだ、鉢だけがかすんで見える。ううん、そうじゃない。正確には、鉢に盛られた泥がかすんで見える。そして、そのかすみ具合が段々ひどくなっていくような……
すでに、泥の鉢はオイラの目には二重になって見える。
その瞬間、オイラ気がついた。
こ、これって! これって、泥が激しく振動しているってことなんじゃ!
オイラがそう気がついた直後から、鉢の中の泥は、一層はげしく振動しだした。そして、ついには四方へ飛び散りはじめた。
鉢から泥が飛び出し、放物線を描いて、四方八方へ!
――ビシャッ! ビシャッ! ビブシャーッ!
あっという間に、部屋の中、床も壁も窓も天井もテーブルも、どこもかしこも泥だらけ。もちろん、オイラの体もどろだらけ……
なにが起こったのか、起ころうとしているのか、いまひとつつかみきれずに呆然と突っ立って、周囲を見回しているしかなかったオイラだけど、天井から滴り落ちる泥を眺めていてハッと気がついた。
もし、こんなところにご主人が帰ってきたりしたら…… ブルルッ!
体が震えだす!
全身から力が抜けていくようだ!
早く、なんとかしなくちゃ! この部屋を片付けなくちゃ!
オイラは、慌てて部屋の出口へ、隣の部屋の掃除道具入れへ向かおうとした。
――ゴソリ。
だけど、なにか部屋の中で動いたような気が……
「えっ!?」
慌てて振り返ったとき、オイラは見たのだ。さっきの鉢の中から小さな泥人形が立ち上がろうとしている姿を……
魔法生物であるオイラが、魔法生物を生み出すのに成功した。それがその瞬間だった。
今日は、早速、昨日生み出したその魔法生物ゴーレムを使役して畑仕事を手伝わせてみた。これでオイラの負担が減るだろうと期待して。
オイラの生み出したゴーレムたちは、期待したとおりにオイラの命令には忠実で、よく働いた。それには、オイラ、満足した。ただ、一つ問題が。
今日一日作業をさせてみて、よく分かったのだが、ゴーレムたち、実に、実に…… 無能だった。
こいつらは確かにオイラの指示したとおりに行動はする。
でも、それだけ。
たとえば、オイラがグリーンモンスターたちを退治するように命じたら、ちゃんと退治はしてくれる。ただし、魔法植物たちも一緒に……
また、オイラの命令に従ってモンスターを退治しても、その体を畑の外へ捨てるなんてしないし、魔法植物のまわりに肥料を撒くように命じたら、茎の周りに肥料の山が……
おまけに、元が泥なだけに、雨なんかにあたると、すぐに溶けて動かなくなってしまうし……
き、気のせいだろうか? 却って、オイラの仕事が増えたような気がするのだけど。
ともかく、そうやって、その日もオイラは忙しく、いつも以上に忙しく畑の中を駆けずり回るのだった。
あっという間に、太陽は西へ傾き、空の色が真っ赤に染まる。
もうそろそろ畑仕事を切り上げて、フィオーレ神殿に帰らなきゃいけない時間だ。
オイラは、ゴーレムたちを集めて、小屋の裏手の納屋へ向かった。
夜は、ゴーレムたち、納屋の中で待機する。
――カァアア〜〜〜〜
離れたところでカラスが鳴いている。ふと郷愁が…… 涙がこぼれ落ちる気がするような……
「って、なに言ってるのよ! あんたは郷愁ってガラじゃないでしょ?」
突然、オイラの頭の中に声が響いてきた。
「あっ! シルフさん、お帰り」
「ただいま」
「どう、なにか面白そうなことあった?」
「そんなことあるわけないじゃない! 何年、私たちここに通ってるのよ! なにもかも、見飽きちゃったわ」
シルフさんがオイラの頭の中でそうぶつくさ言っている。
シルフさんは下位の風の精霊。オイラにも、他の誰にも姿は見えないが、オイラの頭の中に直接話しかけたりもできるので、オイラと会話することができるのだ。
そのシルフさん、オイラが畑仕事をしている間は、なにもすることがないので、いつも周囲を飛び回っておもしろいものを探しているが、滅多にそんなものにお目にかかることはないようだ。
毎度、ここに戻ってくると、オイラにしか聞こえない声で、グチグチ愚痴をこぼすのだった。なら、オイラの手伝いとかすればいいのに。ほんと、愚痴っぽい精霊さん!
「って、だれが愚痴っぽいですって!」
「あ、あわわわ……」
そう、シルフさんはオイラの心の声を聞き取れるのだった。
「それより、そろそろ神殿に戻った方がいいわよ。今日は空が曇っているし、月がでるのは夜半以降だから、早くしないと、辺りが真っ暗で、なにも見えなくなっちゃうわよ」
「ああ、分かってる」
そう、返事をして、オイラはいつもの飛翔の呪文を唱え始めた。
「……クカタラソ、ベート、キウホ……」
もちろん、いつものように周囲の小石が震えることもないし、木の葉が巻き上がることもない。そして、最後に高らかと、
「ベート!」
もちろん、オイラの体が直ちに浮き上がるなんてこともなくて……
オイラは、軽く地面を蹴った。
ゆっくりとオイラの体が地面から浮き上がっていく。
ゆっくりと、ゆっくりと。
普通なら、地面を蹴って飛び上がれば、すぐに重力につかまって、地面の方へ引き戻されていくのだけど、今は違う。
オイラの体はまるで重力がないかのように、地面へ引き戻されることもなく、蹴りだしたスピードのまま、上方へ向かっていくのだった。空へ。
オイラは、この数年間、毎日のようにこの飛行の魔法を使っている。それで大体のコツがつかめるようになってきた。
初めて、この呪文を使ったときには、空中に浮かび上がるときも、浮かび上がった後も、シルフさんの助けがなければ、オイラは移動することすらできなかった。
でも、今は違う。
シルフさんの助けなしでも、オイラは空を自由に飛びまわることができる。
ポイントは重心のかけ方。
飛行の魔法は、空中で重心をどこにかけるかによって、進む方向がきまり、どれだけ重心を強くかけるかで、飛ぶ速さが異なってくるのだ。
オイラは空中に浮かび上がると、体の向きを西に向けた。西のフィオーレ神殿へ。夕日の沈もうとしている方角へ向かって。
それから、オイラは体の重心をゆっくりと前に倒し、飛び始めたのだった。
しばらく、飛んでいると、不意に、シルフさんの声が聞こえてきた。
「ちょ、ちょっと、あれなに? ねえ? 私たち、つけられてない?」
つけられている?
「そう、ほら、後ろ」
振り返って、背後を確認してみる。
早くも薄暗く、暗い紫色に変じ始めた東の空の一角に、なにか黒い影が……
「あれ、なに?」
「さあ。でも、さっきから、私たちの後をつけているのは確かよ」
「そ、そうなのか……」
ためしに、オイラは飛ぶスピードをあげてみる。そいつも、どうやらスピードを上げたようだ。
今度は、ゆっくりと…… 予想通り、そいつもゆっくりと飛び始める。
「たしかに、オイラたちをつけてるね」
「でしょ。なんなのかしら?」
「なんだろうね?」
「どうする、私、ちょっと行ってきて、妨害してこようか?」
「妨害?」
「そ、体当たりしてくるの」
なぜだか、シルフさんの声にうれしそうな響きが含まれているような……
「う、う〜ん…… じゃ、お願いできる?」
「うん、任せて!」
オイラがその追跡者の陰を眺めていると、次の瞬間、突然、バランスを崩して、墜落を始めた。
――カァアッ!!
か、カラス?
風がオイラの毛を撫でた。
「カラスだったみたいだわ」
「だね」
一体、なんで、カラスがオイラなんかをつけたりしたんだ?
オイラをエサか何かと勘違いしたのか?
でも、オイラの方が、どんなカラスよりも大きいし、ワラを食べる雀じゃないのだから、オイラは絶対美味しそうには見えないはずなんだけど?
その時点で、オイラは、カラスに追いかけられた理由が思いつかなかった。わけがわからなかった。
そして、そのまま、そんなことがあったことすら、しばらくの間、忘れていた。
もともと、ブログの方(『恋とか、愛とか、その他もろもろ・・・・・・』:http://loveetc.seesaa.net/)で掲載している作品を加筆・訂正の上、こちらへ転載します。