ぷっくりマンシール
スーパーの野菜売り場を、恵麻は流れるように進む。
止まらない。迷わない。
白菜は外葉の張り、キャベツは底の重さ、トマトはヘタの色。
そして――大根。
一瞥。
「これ」
白く、肌理が細かく、ヒゲ根が少ない。葉の元は瑞々しく、胴は素直に太い。
理想個体。
恵麻はカゴに入れる。迷いはない。
彼女は信じていた。
この選定眼は家庭を救う、と。
特売の豚バラ。
脂の入り方を確認。
ヨーグルトは賞味期限と値引率を一瞬で計算。
買い物は戦場。
だが恵麻には勝算がある。
――そのはずだった。
「うぇぇぇぇぇぇん!」
足元から悲鳴。
息子だ。
「どうしたの?ほら見て、ヨーグルト安かったよ?」
「いらないぃぃぃ!」
「じゃあ、こんにゃくが欲しいの?」
「ちがうぅぅ!」
床に座り込む。
周囲の視線が刺さる。
恵麻は冷静に分析する。
(原因は菓子売り場だな)
先ほど息子は確かに言った。
「ポンポンまるだしーる!」
だから恵麻はカゴにいれたのだ。
間違いなく。
カゴから取り出す。
それは――
ぷっくりマンシール
スーパーデフォルメされた力士の立体シール。
指で押すと、むにっと沈む。もちもち。
弾力がある。
「ほら!ポンポン!」
「ちがうぅぅぅぅ!」
「え?」
恵麻はパッケージを確認する。
平成人気力士シリーズ No.07
むちむちの腹を誇る力士が、満面の笑みでポーズを取っている。
解説が書いてある。
豆知識:
この力士は現役時代、土俵際で驚異的な粘りを見せ「人間俵」と呼ばれた。
好物はプリン。巡業では一日六個食べた記録あり。
むに。
恵麻は押してみる。
(たしかにもちもち触感は良い)
「違うのぉぉ!」
「えっ」
息子は叫ぶ。
「ポンポンまるだしーる!!」
「だからポンポンだってば」
恵麻は次のシールを見る。
昭和伝説力士シリーズ No.03
胸板と腹が一体化した圧倒的フォルム。
トリビア:
稽古後に牛乳を一升飲み干すことで有名。
引退後、健康診断で医師が沈黙した。
むに。
(完成度が高い)
「ぎゃああああ!」
息子はさらに泣く。
恵麻の脳が高速回転する。
(なぜだ)
(ぷっくり)
(ポンポン)
(腹)
条件は一致している。
その時、近くの主婦が小声で言った。
「それ……違うやつですよ」
「え?」
「ポンポンシールはこっち」
指先が示す棚。
そこは――
空。
ただし貼り紙。
本日入荷分完売
そしてスマホを構える主婦たち。
誰かが呟く。
「入荷情報、グループチャット上げた?」
「もう来てる来てる」
「急いで!」
数名が走る。
恵麻は理解した。
(これが……)
(ポンポンシール戦争)
キッズ垂涎。
主婦が監視。
入荷即消滅。
恵麻はカゴの中を見る。
大根。
完璧な豚バラ。
値引きヨーグルト。
そして――
ぷっくりマン。
むに。
恵麻は静かに思った。
(選定眼が通じない世界もあるのか)
息子は泣く。
ぷっくりマンは微笑む。
トリビア:
昭和の名横綱は、稽古でタイヤを引きながら坂を登った。
恵麻はつぶやいた。
「……この人、すごいんだけどなあ」




