外交官たちが情報を精査 → 歪みがさらに増幅
王都の中心に点在する各国大使館は、
表向きこそ静かな石造りの屋敷だが、
内部は混乱に近い熱気で満ちていた。
王国学院で起きた“奇妙な裁き事件”――
それは貴族の夜会で囁かれた翌日、
既に各国の外交使節の机の上へと積み上がっていた。
分厚い封筒を破りながら、北方連邦の若き参事官が眉をひそめる。
「……殿下の立場が揺れた、という噂は本当なのか?
学院で、王太子が感情を制御できなかった――と?」
書面の文字を追いつつも、疑念が滲む。
隣で書類をめくっていた南方帝国の外交官が苦笑を漏らす。
「そこまでは不明だ。
ただ“裁きの逸脱現象”……という表現は興味深いね。
本来の予定された裁きが、外部要因で変質した……と読める」
「外部要因……このレティシアという少女か」
その名が、一度発せられるだけで部屋の空気が変わった。
平凡。
目立たない。
外交文書にすら、ほとんど記録がない。
それゆえ――不気味だった。
帝国外交官は資料箱を引き寄せ、古い封筒をいくつも開いていく。
「……やはり、過去の記録がほとんどない。
名門でもない、派閥に属した痕跡もない。
普通の、地方の下級貴族だ」
連邦の参事官が目を細める。
「その“普通の家の令嬢”が、王太子を止めた?
しかも、学院の魔力場に異常を起こしてまで?」
机の上で、複数の資料が重なり、大使館は静かにざわつく。
――情報の歪みが、ここでさらに増幅される。
外交官C(王国北西の小国)
「いや、逆に考えれば……後ろに何者かがいるのでは?
王国の内部派閥か、宗教勢力か……あるいは国外かもしれない」
外交官A
「表向きは地味でも、傀儡としては最適だ」
外交官B
「あるいは……神意。
聖務院が絡んだという噂もある。
精霊の集光現象が起きたという話も」
根拠はない。
しかし“各国の都合”で情報は膨らみ、ねじれ、
気づけばひとつの方向性を持ち始めていた。
――レティシアを中心に、何かが動いた。
それは、外交官たちが勝手に導き出した結論。
ただの少女の名は、この瞬間、国際資料の一行から
“注目対象”という新たなカテゴリへと移された。
使節宿舎の廊下を行き交う走り書きの指令書が、
その変化を鮮烈に物語っていた。
「レティシアの徹底調査を急げ」
「家系図再調査:親族関係に不審な影はないか」
「学院内部協力者と接触せよ」
どの書面にも共通して記されている。
――“王国学院の件、重大”。
そしてその真ん中に、小さな名がひとつ。
レティシア・フォン・アルバート。
学院の片隅で、本人が気づきもしないまま、
彼女は知らず知らず“国際問題の端緒”となっていた。




