王都の社交界で“歪んだ真実”が広がり始める
王都の夜は、昼間よりもよほど騒がしい。
大通りに灯る魔導ランプは、どこか翳りを帯び、
その陰影の中を、上流階級の馬車が次々に情報サロンへ吸い込まれていく。
今夜の話題はひとつしかない。
――学院で起きた、あの“断罪”の余波。
社交界の中心に陣取る貴婦人たちは、
宝石のような扇をぱたりと開いたまま、興奮気味に声を潜める。
「聞きまして? 王太子殿下が、学院で……その、少し、感情を乱されたとか」
「まあ、乱されただけではないでしょう。
ほら、殿下の周りの魔力が暴走しかけた――と」
「それを止めたのが、レティシアという……ええと、どこの家の令嬢でしたかしら?」
「名前だけは聞いたことがありますわ。でも、目立った家柄では……」
曖昧な記憶を頼りに、噂話はすでに転がり始めている。
その“転がり方”は、雪玉というより落石に近い。
壁際でワインを傾けていた青年貴族が声を潜めて口を挟む。
「いや、違うらしい。殿下の暴走を止めたのは、少女が何か“祈り”のようなものを唱えたからだと聞いた」
「祈り? 神意の介入……ですの?」
貴婦人が目を丸くする。
「あらまあ……殿下の周囲に、光が走ったって話まであるわよ」
「いいえ、私は“精霊が学院に集まった”と聞きましたわ。
学院の上空に、淡い光の粒がゆらいだとか」
「それは私も聞きました! 聖務院の高官が、急ぎ学院へ向かったそうですのよ」
瞬きする間に、事実は顔を変える。
本来の出来事は、もはや誰の口にも上がらない。
“面白いから広めたい”
ただそれだけの理由で、
無数の尾ひれが、自由気ままにレティシアの名へと絡みつく。
神殿前の広場では、すでに一般市民の噂としても広まりつつあった。
「学院で“神罰”が起きたらしいぞ!」
「いいや、“神託”だ。新時代の兆しだと神官が言っていた」
「少女が殿下を救ったって? 英雄じゃないか!」
噂の形はもはや統一されていない。
だが、どの噂の中心にも必ず――
「レティシア」という名がある。
そして翌日。
王都の大使館へ向かう外交官たちの控室で、
こんな会話が囁かれるのだった。
「また妙な報告が来ている。学院で“因果の逸脱”が起きたとか」
「中心人物は……レティシア? 誰だそれは」
「王国の貴族名簿を洗い直す必要がありますね」
こうして、貴族たちの暇つぶしとして始まった噂は、
気づけば国を揺らす“火種”となり、
静かに国外へと滲み出していく────。




