しかし、レティシア(健次郎)は知らない
夕暮れの光が色をなくしたまま澱み、
中庭には妙に澄みきった静けさだけが残っていた。
アストンとミルヴァの言葉は重く、意味深で、世界の根幹に触れるような響きを持っている。
しかしその中心に立つ当のレティシア――内部の健次郎だけが、まるで別の言語を聞かされているかのように理解できていなかった。
レティシア(健次郎)
(え……なに? なんで世界の線が薄いとか、学院が揺れるとか……
もしかして、俺が……断罪イベント、いじったから……?
いやいや、そんな大ごとになるわけ――)
(…………あるのか?
あるよな?
ある……よな……?)
自問の連鎖が止まらない。
胸がざわつき、背中に冷たい汗が伝う。
けれど彼女――彼の中の“ゲーム理解”では、そこまでの想像が限界だった。
彼はまだ知らない。
「イベントを平和に回避する」という行動が、原作の軸を一本折り、
その折れた部分が別の場所で巨大な“歪みの瘤”となって膨れ上がっていることを。
ミルヴァが感じた“薄い線”は、
その瘤に引きずられるようにして伸び、裂けかけている世界の縁。
アストンが察した“学院の揺れ”は、
本来クライマックスに置かれるはずだった問題が別ルートへ流れ込み、
舞台そのものの骨組みをぐらつかせている兆候。
だがレティシア(健次郎)は――
まだ何も知らない。
まだ気づかない。
彼女が“救った”と思っている事件の後始末が、
これから学院のあちこちに影を落としていくことを。
いまはただ――
(……俺、まさかやらかした?)
そんな曖昧な不安だけが胸に蠢き、
暗くなり始めた空の下で、ひとり小さく身じろぎするだけだった。
世界の破綻点は、まだ姿を見せていない。
けれどその気配だけが、確かに地面の下で膨れあがっていた。




