レティシアの立場――逃げ場ゼロ
講義室を出た途端、レティシア――いや健次郎は、廊下の壁にもたれ、その場に崩れ落ちるように息を吐いた。
胸の奥で、心臓が重たい石のように沈んでいく。
(……なんでだよ……
俺は、ただ普通に授業を受けたいだけなのに……)
廊下は昼の光に照らされて明るいはずなのに、視界の端は妙に暗く感じた。
空気が重い。
背後の講義室の扉を振り返るのも怖くなるほどに。
●世界が勝手に“レティシア”を定義していく
気づけば――
学院の中で、レティシアという存在はもう本人の手を離れていた。
・学院派 → 「理性の象徴として保護すべき学生」
学術の独立を守るための“旗”として扱われつつあり、
彼らは彼女を盾にしてでも聖務院を止めるつもりだ。
・聖務院派 → 「神意の兆しとして観察すべき対象」
奇跡が起きるかもしれない。
その一点だけで、彼らの関心は冷たく、しつこく、深い。
・貴族派 → 「政治的価値が跳ね上がった駒」
家門同士の“囲い込み”争いの種になり、
各家の使者が情報収集を始めている。
・政治派 → 「事態が動くために監視を強めるべき存在」
学院と聖務院の衝突が国政に飛び火する前に、
レティシアを巡る動きを把握しようとしている。
――そのどれもが、本人の望みではなかった。
(俺は……ただ、
静かに勉強して、静かに卒業して、
静かに生きていくだけでよかったんだ……)
強く願えば願うほど、皮肉のように現実が逆方向へ進んでいく。
●逃げようとしても、逃げ場がない
廊下の角を曲がるたび、誰かの視線に捕まる。
・学院派の学生が「護衛を増やすべきだ」と相談している。
・聖務院派の学生が祈祷章を握りしめながらこちらを観察している。
・貴族派の使者が書簡を抱えて学院に出入りを始めている。
すべての視線が――
まるで「逃がさない」と言っているようだった。
健次郎は壁に背を押し当てたまま、拳を握った。
(……やめてくれよ……
俺を中心に世界が回り始めるな……
そんなの、望んでねぇよ……)
だが、その願いが届く相手はどこにもいない。
すでに“構造そのもの”が動き始めていた。
●静かに燃え上がる“前哨戦”
この日――
聖務院の調査官が講義室を訪れた瞬間から、
学院の内部構造は音もなく分裂を始めていた。
学院 vs 聖務院の対立。
理念でも、学術でも、宗教でもなく。
ただ一人の少女――
レティシアという一点を巡って。
それはまだ小さな火種だった。
だが放置すれば、巨大な魔導史級の事変に化けるかもしれない。
健次郎はゆっくりと顔を上げた。
行く先を見るまでもなく、そこには
誰かの思惑の影が差し込んでいた。
(……逃げ場、ねーじゃん、これ……)
こうして――
レティシアを巡る“静かな戦争”は、確実に始まりつつあった。
続き(■8以降)も書けます。
レティシアの孤立、派閥の工作、アストンの動き、教授陣の会議など、どの視点でも展開可能です。




