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伝説のレフリー津久田健次郎、悪役令嬢に転生す。  作者: 南蛇井


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25/82

ゼフィル教授の異常な関心

断罪劇の翌朝。

学院の北棟にある古びた研究棟の奥、

魔法理論学科専用の研究室の扉が、夜明け前から明かりを漏らしていた。


部屋中に散らばる羊皮紙は、まるで吹雪の後の雪原のようだ。

魔力計測器は過負荷を起こしたかのように針を震わせ、

感情波形グラフには延々と走り書きが積み重なる。


その中心で、ひとりの男が異様な集中力を放っていた。


魔法理論の権威にして学院の変人――

ゼフィル・ロワン教授である。


彼の目は充血し、髪はぼさぼさ。

睡眠という概念が完全に吹き飛んだ様子で、

羊皮紙の上を震える指が走っていた。


「……矛盾がない」


かすれた声。

夜通し研究していた者の声ではなく、

“答えを見つけてしまった者”の声に近い。


「あの少女の言動は、魔力最適化理論の“理想値”に近い。

いや……むしろそれ以上だ。

まるで、魔力を使わず魔法効果だけを実現している……?」


断罪劇の一部始終を思い出しつつ、ゼフィルはさらに筆を走らせる。

黒板には、レティシアの行動を魔法式に置き換えた膨大な式群が並んでいた。


その下のテーブルには、いつの間にか出来上がっていた分析表。


●ゼフィルの分析メモ(手書き)


1. 状況整理の速度

・僅か数秒で情報の階層化を完了

・混乱状態そのものを“強制的に整理”したように見える

・※通常は高位術者が詠唱付きで行う精神誘導術と同等の効果


2. 周囲の感情鎮静化

・暴走状態の王太子と側近が一斉に沈静

・魔力反応がないのに、結果だけが魔法

・→無詠唱鎮静術の完全成功例との類似が顕著


3. 発言順の最適化

・衝突を最小化する“完璧な順番”で言葉を投げる

・未来予測を前提とした合理性

・※魔力演算理論の試験モデルとの一致率、驚異の92%


4. 王太子の反応速度の“制御”疑惑

・殿下が反論を挟めなかった

・思考の隙間を狙い撃ちした発言速度

・精神行動誘導の教本に載せたいレベルの完成度


ゼフィルは書き終えると、椅子から立ち上がった。

その動きは不自然で、興奮と睡眠不足の狭間のようだった。


「あれは才能では済まない。

異常値アノマリー”だ。

研究しなければ……いや、研究したいッ!」


まるで発見した未知の魔法生物に恋をした少年のように、

彼の瞳はぎらついていた。


袖が机に当たり、積まれた羊皮紙が雪崩のように落ちる。

ゼフィルは気にも留めず、白衣を翻した。


「……レティシア・アルディア嬢。

どんな思考構造をしているのか……

私が解き明かしてみせるぞ……!」


その姿は、まさに狂気と知性の境界線上。

学者というより、危険な論文製造機そのものだった。


そして、彼が研究室を飛び出した瞬間――

学院の“静かな混乱”は、さらに加速するのである。




午後の魔法理論の授業。

光の差し込む大講義室に、レティシアは静かに入室した。


その瞬間――

教室の空気が、ひゅっと細くなる。


原因はただひとつ。

教壇に立つゼフィル教授の視線だ。


普段は黒板と魔法式以外を見ない男が、

今日はただ一人の女子学生を、獲物を見つけた学者の眼で追っていた。


レティシアは席につくが、

その直後から、まったく気づいていないうちに観察が始まる。


●ゼフィルの“観察モード”発動


講義が始まった。

だが、教授のチョークは板書の手前で止まったままだ。


彼は――レティシアを見ている。


「……ふむ。その呼吸リズム……安定度が高すぎる……?」


隣の学生が小さく震える。


レティシアがノートを開けば、


「ノートの取り方が美しい。あれは訓練された手の動き……?」


ページをめくれば、


「指先の無駄のなさ……何だ、この“最適化された所作”は……?」


瞬きをすれば、


「瞬きの間隔も……驚くほど均等……興味深い……!」


黒板にはなにも書かれないまま、

教授だけが異様な熱意でぶつぶつ呟いている。


●学生たちの反応


教室のざわめきは、もはや隠す気もない。


「ゼフィル先生……今日いつも以上におかしい」

「いや、今日だけじゃないけど……でも確かに今日はやばい」

「レティシア様……狙われてる?」

「狙うって、研究室に拉致される意味の“狙う”だよねこれ……?」


●一方のレティシア(中身:健次郎)


レティシア本人は、全く気づいていない。


(……あれ?

 なんか今日、教授の視線がやけに重いな……?

 昨日の件で俺に注意するつもりなのか?

 いやでも、怒ってる感じじゃなくて……うーん?)


違う。


ゼフィルは叱る気など一切ない。

ただ――


あなたのすべてを観測して、解剖して、論文化したいだけである。


その危険性に気づかないまま、

レティシアは何事もないようにノートを取っていく。


教授はその一挙一動を逃すまいと、

授業そっちのけで瞳をぎらつかせていた。


学院の午後は、静かに、しかし確実に狂気へと傾いていく。


魔法理論の講義が終わる鐘が鳴った瞬間だった。

学生たちが席を立つ中、レティシアはそっと教室の出口へ向かう。


だが――

黒板の前から、白衣の影が音を立てて迫ってきた。


バサァッ。


「レティシア・アルディア嬢――」


その声は、異様な熱を帯びていた。


「君に、興味がある」


レティシアの足が止まる。

背すじが、ぞくりと硬くなる。


(え……俺、なんかやらかした……?

 怒ってる? いや、怒りの目じゃない……これは、なに?)


ゼフィルは距離を詰めた。

魔法書よりも目の輝きが強い。

完全に、獲物を見つけた研究者のそれだ。


●ゼフィルの宣告


「昨日の一件――」


と、指を一本立てる。


「君の思考速度、判断の優先順位、周囲への感情誘導……

あれらはすべて、魔法理論の“最適化モデル”に一致していた」


レティシア、意味が分からず苦笑する。


「え、いや、その……私は普通の――」


「つまりだ」


ゼフィルが前のめりに踏み込む。


「君の行動そのものが“魔法的現象”で説明できる!

だから――」


白衣の袖がばさりと広がる。


「実験させてくれ」


●レティシア、全力拒否


(じっ、実験!?

 この世界の“実験”ってどこまでの意味だ!?

 え、俺まだ死にたくないんだけど!?)


レティシアは慌てて一歩下がり、必死に言う。


「……いえ、私は普通の学生で、特別なことは――」


「普通?」


ゼフィルの目がさらに輝いた。


「普通なら、なおさら面白い!!

自然発生的に最適化現象が起きるなら、それは世界級の大発見だ!」


ダメだ。

この人は話が通じないタイプの研究者だ。


教室の隅では、学生たちが震えながら囁き合っている。


「レティシア様逃げて……」

「ゼフィル先生、狩りモードに入ってる……」

「これはもう“観察”じゃなくて“確保”の目だよ……」


レティシアは完全に追い詰められていた。


学院の再編は、

まず一人の教授の狂気から、静かに加速し始める――。


ゼフィル教授の異様な熱は、

火種のように教室全体へと燃え広がっていった。


興奮のあまり声を震わせる教授を前に、

理論屋タイプの学生たちは――

むしろ興味を刺激されてしまったのだ。


●学生たちの危険な共鳴


「教授があそこまで言うの、初めて見た……」

「ということは、本当に“魔法現象”の可能性が……?」

「いや、むしろ人間の行動に隠された未知理論――!」


誰かの目がギラリと光る。


「……データ、取る?」

「レティシア様の?」


その瞬間、数名がノートを同時に開いた。

筆記具を握る音が、まるで刃物のように鋭い。


「『観察』なら……問題にはならないよな……?」

「うん、観察なら……“合法”だよな……?」


そう、彼らはもう理性ではなく好奇心で動いていた。


●非公式組織、勝手に誕生


その日の放課後。

廊下の隅、人気のない資料室前で密談が行われる。


羊皮紙に、震える文字で書かれたタイトル。


【レティシア観察班(Observatory L)設立趣意書】


・構成員:魔法理論オタク、心理行動学専攻の学生、ただの好奇心の暴走体

・活動内容:完全にストーカーの域

・目標:

 「レティシア・アルディア嬢の

  思考プロセス・行動最適化・感情制御の

  魔力非依存性を解明すること」


「……班長は誰にする?」

「そりゃ、ゼフィル先生だろ」

「勝手に就任させるの!?」


“勝手に”がすべての始まりだった。


●レティシア本人の鈍感さ


その頃――


当のレティシアは、中庭で昼食をとりながら

焼きたてのパンをちぎっていた。


(なんか今日、やけにみんな視線くれるんですけど……

 昨日の件、やっぱり俺の責任って思われてるのかな……)


違う。

あなたは研究対象として観察されているのだ。


レティシアの鈍感さと、学生たちの暴走。

その二つが噛み合った瞬間――

学院の空気は、静かに常軌を逸し始めていた。


ゼフィル教授の異様な熱狂は、

やがて学院そのものを巻き込む“引火点”となった。


午前中の講義が終わるころ、

学院中の廊下・中庭・談話スペースで噂がひしめき合い、

まるで魔導研究所の実験棟さながらの緊迫した空気が流れ始める。


●学院全体がざわめき始める


「レティシア様、魔法現象らしいよ」

「教授が“解析したい”って」

「観察班ができたって? 何それ」

「昨日の断罪劇、魔法級だったんだろ?」


本来なら昼休みの穏やかさが満ちるはずの学院は、

もはや論文と白衣の匂いがしそうなほど“研究めいた騒ぎ”に包まれていた。


学生たちは歩くたびに他人の顔色を伺い、

小声で議論し、

ときに廊下の隅でメモを取る者も現れる。


「レティシア様の歩行リズムを測定してみたんだけど――」

「お前、何やってんの!?」


やっている。

本格的に、やってしまっている。


●教授陣までもざわつき始める


「ゼフィルが動くとは……よほどの現象か」

「学院として調査委員会を立ち上げるべきでは?」

「いや、彼女は一般学生だぞ」

「“現象”かもしれんだろうが!」


教師間でも議論が巻き起こり、

学院は完全に“研究施設モード”へ突入した。


本来は学問を学ぶ場所が、

今や《レティシア研究プロジェクト》の温床と化している。


●だが、当の本人は――


一方そのころ。


レティシア(健次郎)は、

学院裏庭のベンチで、焼きたてのパンにかじりついていた。


サクッ……。


(ん……?

 なんか今日、やけに周りの空気が重いような……

 俺、昨日の件で誰か怒らせた……?

 もしかして嫌われた?)


違う。


あなたは今、

“学院総出で研究したがる超常現象扱い”だ。


だが彼女の誤解は晴れず、

パンを食べ終えるころにはすっかり気分も落ち着いてしまっている。


(よし、午後の授業行くかー……)


平和そのものの足取りで、

学院最大の“観測対象”は講義室へと歩いていく。


学院の騒ぎは増すばかりだが――

その中心にいる彼女だけが、

いまだ嵐の目の静けさを保っていた。



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