85 フロアボス
アンデットの群れを何とか凌ぎ、パルトたちはダンジョンほ最奥へ。
その様子を窺う謎の人物…。
ダンジョン探索はまもなくクライマックスです!
「やはり、ここまで辿り着いたか……。」
パルトとクレアが15階層でボス部屋にたどり着いた様子を、少し離れた岩陰から静かに窺う者がいる。
真っ黒な外套に身を包み、深々と被ったフードのせいで、その表情はわからない。
だが、口元には怪しげな笑みを浮かべている。
「まぁ、Aランク冒険者が一緒なら、当たり前だろうけれど……。」
小さな吐息が漏れていく。
そこには、どこか感嘆の念のようなものが混じっているようにも思えた。
「……エルバとスラックの評価がどれほどのものか。楽しみにしてますよ。」
そう呟くと、黒ずくめは暗闇に姿を消した。
◆
「さて、どうしようか。」
クレアはわたしを見ると、そう問いかけた。
先ほどまでの真剣さは消えており、いつもの軽い感じのクレアに戻っていて、なんだかホッとした。
「ボス部屋って……具体的にはどんな魔物がいるの?」
とりあえず、1番シンプルな質問を投げかけてみると、クレアは待ってましたとばかりに笑う。
「ダンジョンは魔力が集まってできるって話は、前にしたけど……なら、さっきまで戦ってた魔物はどこから来ると思う?」
クレアの言葉に、わたしは首を傾げた。
さっきまでは何も気にせず戦っていたけど、確かに奴らはどこから来るのだろうか。
わたしには見当もつかなかったが、その答えはちゃんとクレアが説明してくれた。
ダンジョンは、魔力が変質してできる構造物である。
そのため、どのダンジョンにも必ず濃い魔力が充満しており、その魔力が魔物を生んでいる。
森や山岳地帯などに魔物が多いのは、魔力が滞留しやすい場所だから。
それと同じで、ダンジョン内では溜まった魔力が定期的に魔物を生み出し、訪れた者たちを襲う。
「そんなダンジョン内において、魔力が特に濃く溜まった場所には、時々強力な魔物が生まれるわけだね!」
クレアは、ボス部屋を指差しながらそう笑った。
ダンジョンは深くなればなるほど、滞留する魔力も多くなる。
その魔力を大きく吸収し成長した魔物が、許容範囲を超えた時、ダンジョンの一部を巻き込んでフロアボスとして進化する。
それがボス部屋と呼ばれ、ダンジョンに挑戦する冒険者たちの前に立ちはだかるのだそうだ。
残念ながら、そのメカニズムは解明されていないらしいが、それが冒険者にとって脅威となり得ることは言うまでもない。
「でもさ、悪いことばかりじゃないんだよね。」
真紅の剣を見て、クレアは感慨深くそう溢した。
魔剣【炎獄剣タイルロン・シリーズ薔薇】。
神々が生きた創成の時代の遺物であり、その中でも特に希少な炎神の魔剣。
炎神が造ったとされる魔剣は希少であると同時に、他の神々が造った魔剣よりも強大な力を持つと言われている。
そういったレアな異物が放つ魔力が、ダンジョンを生成することも少なくないのだろう。
その時クレアが挑んだダンジョンは、彼女の魔剣が造ったんだろうな……。
そんなことを考えていたわたしは、ふとあるものに気づいた。
「クレア……あれってセーフリングじゃないかな?」
視線の先に浮かぶ銀色のリング。
それが、紫色に輝いているのだ。
「なんで紫色に……」
セーフリングの色は赤か青のはずだ。
それがなぜ、紫色の光を放っているのだろうか。
「それはここにボス部屋があるからだと思うよ。」
わたしの後ろで、クレアがそう呟いた。
セーフリングは魔物の魔力を感知して輝くアイテムだ。
厳密に言えば、敵意を持つ魔物の魔力に反応していて、それが青もしくは赤色に輝く。
クレアが言うには、ここにはフロアボスがいるので魔力は感知しているが、ボス部屋の壁が魔力の感知を阻害することで青色が混じって紫に輝いている……とのこと。
途中からチンプンカンプンだったが、とりあえずボス部屋があると紫色……と覚えることにした。
「でもさ、誰が設置したのかな?10階層へ戻る冒険者には会わなかったよ?」
このダンジョンは分かりやすく一本道だった。
だから、このセーフリングを設置した冒険者たちが引き返していれば、絶対にすれ違っているはずだった。
だが、ここまでそんな者たちには出会っていない。
それが意味するのは……
「たぶん……レアなアイテムに目が眩んで、ボス部屋に入ったんじゃないかなぁ。」
クレアは呆れたように肩をすくめた。
ダンジョンに挑戦する場合、守るべきルールが存在する。
それは誰かに決められたわけではなく、生き残るための暗黙の了解である。
ボス部屋を発見した場合は、セーフポイントを設置するが常識。
そして、セーフポイントを設置したら、すぐに引き返すのも冒険者の中では常識中の常識なのである。
ーーーボス部屋には、万全の体制で臨むべきである。
これは過去、数多くのダンジョンを踏破したとされるAランク冒険者が残した言葉であるらしいが、冒険者たちはその正しさを理解しているからこそ、そんな暗黙の了解が出来上がったのだろう。
「ボス部屋にいる魔物は、普通とは違うのにねぇ。たぶん、さっき聞こえてきた……ニルス……だっけ?そいつら、たぶんあの中だろうねぇ。」
その言葉が意味するのは、何となく理解できた。
そして、クレアの言葉尻が、いつもとは違う雰囲気だということにも気づいていた。
『それほどまでに強い魔物が、中にはいるということです。これまでの道中のことは、一度忘れましょう。』
ガイドさんの雰囲気も、いつもとは違っている。
クリムゾンベアやホブゴブリン、ダークウルフなどは、ボス部屋にいる魔物に比べれば赤子のようなもの。
そう言われている気がした。
だが、だからこそ……だからこそわたしは、挑戦したいと思った。
わたしはまだまだ弱い。
エルバよりもスラックよりも……そして、ミッドウェルよりも……。
だから、ここは避けて通ることはできない道。
ボス部屋の魔物を倒し、強くなるのだ。
拳を握り締め、わたしはボス部屋の入り口を睨みつけた。
「よぉし!どうやら妹弟子もやる気みたいだし、いっちょやっちゃいますか!」
クレアはわたしの様子を見て、嬉しそうに笑うと、右手を掲げた。
わたしとクレアが近づくと、大きな扉に取り付けられていた宝玉が順番に赤く光を灯す。
そして、不気味な轟音を響かせ、巨大な扉がゆっくりと開いていく。
なぜ勝手に開くのかはわからないが、今はそんなことはどうでもよかった。
部屋に足を踏み入れるとすぐ、視線の先に台座に置かれた宝箱を発見する。
金や宝石で装飾されたその宝箱。
それに目を奪われていると、突然、後方の扉が勢いよく轟音とともに閉まった。
振り向けば、入ってきた扉が閉まっているではないか。
「ク……クレア!扉が……!」
しかし、焦るわたしにクレアは一言、「こういう仕様だから。」とだけ告げた。
そんなクレアの横顔に、安心感のような不安が胸を満たす。
そんな中、目の前に広がる暗闇を切り裂くように、部屋の隅に取り付けられていたであろう無数の燭台に青い火がぐるりと灯った。
その明かりは、宝箱よりも奥に腰掛けていた巨大な魔物の姿を明確に映し出し、それを合図と捉えたかのように牛の頭を携えた巨躯がゆっくりと立ち上がる。
硬質さが感じられる鎧を纏い、その右手には巨大な戦斧が握られている巨躯が、こちらに鋭い眼光をこちらに向ける。
真紅に輝く悪魔のような双眸が、辺りを震わせるほどの咆哮を上げた。
ボス部屋にいた牛頭の魔物。
その正体はいったい!!
次回はダンジョン探索クライマックスです!!
今回もご愛読いただき、ありがとうございました!




