83 クレアの指摘
少しずつダンジョンの下層へと進む2人。
パルトは先行する冒険者たちが気になるようですが、そんな中、クレアがふとパルトに告げます。
ゼルケイのダンジョン14階層。
ここまでは、順調に攻略が進んでいた。
魔物のラインナップも、11階層以降はほとんど変わらず、現れるのはクリムゾンベアと数匹のホブゴブリンたち。
会敵すると、わたしがそいつらの相手をしている後ろで、クレアが戦況を見守る。
たまに、ダークウルフが横槍を入れるように飛び出して来るので、それをクレアが一振りで吹き飛ばす。
しばらくはそんな戦いを繰り返し、ダンジョンを突き進んでいた。
ちなみに、あれだけ夜遅くまで鍛錬をしていた氷術だが、今のところクレアにお披露目はできてはいない。
ここまで、氷術を使うまでもなく魔物たちを倒せているから、そのタイミングがないのである。
もしかすると、クレアへのお披露目は当分お預けかもしれない。
わたしがそんなことを1人で考えていると、クレアが通路の先を指差した。
「ここまで順調だね!14階層もだいぶ進んだし、そろそろ下層への階段に辿り着く頃合いかなぁ。」
クレアが見据える先。
広がっているのは、相変わらず綺麗に整備された通路だけだ。
まっすぐに伸びるそれは、ここが地下であることを忘れさせるほど人工的で無機質である。
それを見ていると、ふと思う。
本来は森の奥深くに生息するクリムゾンベアやホブゴブリンが、こんなところで襲ってくること自体、おかしな話だなと。
ダンジョンに入った当初から、ずっとそう思っている。
しかし、クレアにそれを伝えたら、それがダンジョンというものだと指摘された。
夢を壊すなと……そう指摘されて以降、わたしは余計なことは言わないようにしている。
あの時みたいに、ダンジョンについて熱く語られるのは困るからだ。
そんな無機質な通路を歩きながら、ふと気づいたことが口から溢れた。
「……ここまで誰にも会わなかったね。」
途中で休憩した時、冒険者たちが口にしたニルスという男。
わたしには、彼のパーティの動きが気になって仕方がなかった。
余計なことは考えるな。
頭を切り替えて、ダンジョン攻略に集中しよう。
そう何度も自分に言い聞かせてみても、セーフポイントの設置報酬のことがなかなか頭から離れない。
先行していた冒険者たちとすれ違うのは、いつだろうか……。
戦っている時以外は、そんな考えがずっと頭を巡っていた。
もちろん、これは自分のためではなく、ミケルたちのために考えていること。
それは間違いないはずなのだが、わたしのそんな雑念は、クレアに見抜かれていた。
「お金のこともいいけどさ……パルトはもう少し、自分自身の課題を見つめ直さないとねぇ。」
「え……?」
意表を突かれたわたしがクレアの方を向くと、彼女は小さくため息をついて肩をすくめた。
「その素早い動きは本当にすごい……さすが兎人族って感じだよねぇ。大抵の魔物なら、翻弄されて手も足も出ないままあの世行きじゃないかなぁ。でもさ、パルトの一撃って、ちょっと軽いんだよなぁ。」
さすがはクレアだと思った。
わたしの課題の1つを、この短期間で見抜くなんて……。
『伊達にAランクではないようですね。』
ガイドさんも、クレアの指摘には感心したように頷いているようだ。
「スピードばかりに頼り過ぎてるから、踏み込みが甘くなってるんだよ。だから、一撃一撃が軽くなる。」
おっしゃる通りだった。
一撃の重さというものは、その者の体重に比例することが多い。
拳にしろ剣にしろ、体格に恵まれているものほど、その一撃の威力は高い。
だが、わたしはまだ11歳……しかも女だ。
身体的には成長過程であるのは確かで、これだけは仕方のないことだと思っている。
だが、そうであったとしても、一撃の軽さは課題として感じていた。
ふと、クレアに視線が向いた。
クレアも女の子だし、そこまで体が大きい方ではない。
ではなぜ、あれだけの威力を持った剣撃が放てるのか。
それが理解できれば、わたしのこの課題は……
わたしの課題を……解決する糸口は……クレアに……
そうだ……一撃の……その重さは……クレアの…………
『その部位については、そのうち成長すると思われます。』
……!!?
な……なぜバレた!!
ガイドさんの一言で、わたしはクレアの胸からすぐに目を逸らす。
だが、ガイドさんの説明はそこで止まらず、わたしに辱めを強要する。
『兎人族の女性の発育は、人族のそれに近いものがあります。平均すると11歳頃……今の年齢くらいからホルモンバランスが変化し始め、体型の変化……つまりは乳房の発育などが……』
や……やめやめやめぇぇぇい!!!
今はそんな話してないってぇぇぇ!!!
『そうですか?しかし、関心がありそうでしたので……』
か……関心はあるけど…………今ではないですぅぅぅ!!
今は戦い方の話ですぅぅぅ!!
『…………理解しました。』
わたしが必死に喚くので、ガイドさんは呆れたように口を閉ざした。
「……パルト?大丈夫?」
「え……!?あ……う……うん!だだだ……大丈夫!」
内心で喚いていたつもりだけど、さすがに興奮しすぎたらしい。
顔色に焦りが滲み出ていて、それを見たクレアが訝しげに覗き込んできたので、わたしは両手を振って否定する。
だが、クレアは疑わしい目をわたしに向けている。
これはまずい……!
そう思ったわたしが誤魔化そうと口にしたのは、さっきの課題に関する相談。
もちろん、乳房ではない。
「そ……それより……!い……一撃を重くするためには、どうしたらいいですか!姉弟子!!」
「あ……姉弟子!?……そ……そうだよね!わたしは姉弟子だもん!!いいよぉ!!その姉弟子が教えてあげましょう!!」
普段は言わないけど、何気なく口にした"姉弟子"という言葉にクレアは気を良くしたらしい。
「剣を振るう時に重要なのは、体重移動だね!」
表情がパッと明るくなり、クレアは少し興奮気味に専門的な話をつらつらと綴り始めた。
クレア曰く、強い剣を振るうために大切なのは、腕の力ではなく下半身の体重移動であるという。
例えば、上から下へと斬り下ろす真っ向斬りでは、剣を振り上げた際に下腹部に力を込め、重心を安定させながら体重を移動させることで、腕の力に頼らない剣撃が可能となる。
その時に重要なのは足捌き……と言うよりも重心の移動方法だ。
後ろに構えた左足の蹴り出しで生み出した重心。
この重心を腰(丹田)を通して右足へ瞬時に乗せることで、全身の重量を打突へと載せることができる。
左足に蓄えた力を重心を落とさずに前へと運び、全身を連動させる技術。
これによって、「水」のように滑らかな体重移動が実現でき、強い有効打を生み出すことができる。
これが剣術の基本であると、クレアは語った。
「では、実践してみるから、よく見ててね!」
クレアはそう言うと、真紅の剣……ではなく、どこかで拾ってきた木の枝を取り出した。
それを右手だけで握り締めると、右足を前に軽く立つ。
そして、左手で持った拳大の石を放り投げると、それ目掛けて木の枝を軽く振るった。
「ほい……!」
クレアが振るった木の枝は、その石を通り抜けた……まさにそういう表現が相応しいと思う。
滑らかに2つに分かれ、地面へと落ちる石。
クレアの一連の動きを見て、わたしは驚きを隠せなかった。
左足の蹴り出しと右足と踏み込み。
その流れはとても滑らかで、力強さはまったく感じられかった。
それに腕の振りにはまったく力みも力の澱みもなく、上から下に軽く振り下ろしただけのように思えるほどだ。
やっぱり……クレアはすごい……!
安易な感想かもしれないが、その技術の高さにわたしは感銘を受けていた。
まるで師匠の指導を受けているかのような感覚。
それがわたしを包み込み、過去の記憶がふつふつと蘇った。
師匠との数々の鍛錬の思い出。
大変だったけど、師匠と楽しく過ごしたあの日々に戻れた気がして、わたしはいつの間にか泣いていた。
「パルトはこれから、この体重移動と重心移動を極めよう…………ってあれ!?どうしたの!?なんで泣いてるの!」
慌てふためくクレアの前で、わたしは無意識に頷いていた。
師匠ダビドのことを思い出したパルト。
あの楽しかった鍛錬の日々は戻りませんが、姉弟子との旅は少しずつパルトの心を癒してくれるのでしょうか。
今回もご愛読いただき、ありがとうございました!




