81 セーフポイント
ダンジョン探索は順調です!
10階層へ辿り着く頃には、わたしは自分の体内に構築された氷の属性因子を感じ取れるようになっていた。
クレアからはその成長速度を褒められた。
彼女から見ても、わたしの成長速度はどうやらかなり早いらしい。
それ自体はとても嬉しかったけど、わたし自身はまだまだだと感じていた。
当面の目標は、氷術スキルを実践で使えるようになることなのだから、因子を感じ取れるようになったくらいで喜んではいられない。
それに、氷術の基礎スキルだけではなく、できればミッドウェルやエルバ戦で使ったあの強力な氷術スキルを放てるようになっておきたい。
そう考えていた。
そして、そう考えるようになったのは、自分のスキルを整理して理解した時からだった。
【脱兎如】は、確かに強力なスキルだと思う。
でも、使ったその後は、わたしの体は使い物にならなくなる諸刃の剣。
そういう意味で、【脱兎如】は使う場面がかなり限定されるスキルである。
だから、これに頼ってばかりではわたしは成長できないと思った。
安定して使えるスキルを増やしていかねば、わたしはこれ以上強くはなれない。
そのことを、先日のエルバたちとの戦いでわたしは思い知らされたのだ。
もちろん、だからと言って【脱兎如】をほったらかしにしておくつもりはない。
これを使いこなせるようになるべく、基礎能力の向上も必要だと思っている。
ガイドさんは、レベルを上げれば【脱兎如】の継続時間も増えると言っていた。
だから、基礎能力を向上して、自身のレベルを上げていく。
それも必要な課題なのだ。
とは言え、今はダンジョンの中だし、焦っても強くなれるわけでもなく……今できることをやるしかない。
わたしは魔物と戦う以外の移動時間は、氷術の訓練に励んでいた。
クレアもいろいろとアドバイスしてくれる。
合成スキルのことだけでなく、体捌きや剣の振り方など、彼女独自の理論を教えてもらい、かなり有意義な時間を過ごすことができたのだった。
「お……あったね!」
何かを発見したクレアが指差す。
そちらを見ると、策で囲われた大きめの広場があった。
テントや簡易的な出店がいくつか並んでいるこの場所は、ダンジョンの中でセーフポイントと呼ばれている安全地帯である。
ダンジョンの中は危険だらけである。
いつ魔物が襲ってくるかわからないし、罠もたくさんあるので、冒険者たちは常に緊張状態にあるわけだ。
それ故、体力も精神力も常に消費し続ける状況下で、探索を長く続けられるはずもなく、これまではある程度の階層までしか到達できていなかった。
しかし、帝室があるドワーフ族に依頼して、セーフリングというアイテムを開発したことで、探索の推進力が格段に上がった。
このセーフリングは、半径50m以内の魔物の魔力に反応するように作られており、魔力を感知している場合は赤色、感知していなければ青色に光るように設計されている。
ダンジョンに潜る冒険者たちには、このセーフリングが必ず手渡され、5階層ごとに任意の位置に設置することが義務付けられている。
もちろん、先行するパーティが設置をしていくことになるのだが、この仕事が1番危険を伴うため、設置箇所の数に応じて報酬が出る制度もあるくらいだ。
そして、その報酬を目当てに我先にダンジョンへ挑戦しようとする冒険者も後を絶たないくらいに、その金額は魅力的でもあった。
話は逸れたが、そうやってセーフリングを設置した周辺には後から商人たちがやって来て、このように簡易的なバザールのような状況と化す。
このセーフポイントは冒険者たちの憩いの場でもあり、休息と物資の調達の場となるのである。
「ダンジョンの中に、こんなところがあるんだね!」
「だって、ずっと気を張ってちゃ人間ダメになるのも早いでしょ?楽しみも含めて、休息ができる場所がなくちゃね!」
クレアはそう笑うと、休息スペースの確保に行こうとわたしの手を取った。
セーフポイントの一画には、冒険者たちが休めるようにテントがいくつか設置されている。
もちろん、有料なので借りる借りないは個人に委ねられている。
わたしたちが借りたテントは1つで、20,000フィル。
簡易的なベッドが備え付けられているだけの簡単な設備で、少々高いなと思っていたが、ここの料金もクレアが出してくれた。
わたしが遠慮してしていると、クレアは「わたしは姉弟子だからね。」と笑ってくれたので、甘えることにする。
そのベッドの1つに腰掛けて、クレアは大きく息をついた。
「体はさ、休められる時に休ませてあげないとだよ。」
じゃないと、大事な時に体が動かなくなる。
そしたら、死ぬだけ。
クレアが説く休息の重要性は、わたしにも納得できた。
疲れていては、足元を掬われるだけだ。
特に、命のやり取りをする戦いに身を置くのであれば。
そんな他愛もない話を少しした後、わたしたちは食料や物資を軽く調達して、それぞれの時間を過ごすことにした。
クレアは部屋で休むと言ってテントに入って行ったので、わたしは辺りを散策してみることにした。
このセーフポイントには、先ほどクレアと回った出店以外にも、治療スペースや武器屋など、冒険者のために建てられた施設があるようだ。
お酒を飲むスペースも確保されていて、まぁまぁな人数の冒険者たちで賑わっている。
それらを横目にもう少し進むと、連絡所と書かれた看板を見つけた。
何の施設なのかと覗いてみると、どうやらゼルケイの街と通信ができる施設のようだ。
確かに緊急時の対策は必要だよね。
「こんにちは!何か御用ですか?」
わたしがマジマジと覗いていたので、受付嬢から声をかけられてしまった。
慌てて両手を振ってその場を後にしたが、別に逃げる必要もなかったなと後から反省した。
そのまま少し歩くと、少し人気が少なくなった場所にたどり着く。
わたしは近くにあったちょうど良い岩に腰掛け、辺りを観察した。
視線の先には、セーフリングの境目がわかるように柵が設けられており、その先は光の届かぬ暗闇と化している。
あの先に行けば、再び魔物たちと戦うことになる。
その前に、できれば氷術をちゃんと発動させておきたい。
そんな思いを巡らせていると、ガイドさんが口を開いた。
『氷の因子を感じ取れたのであれば、すぐにでも発現可能かと思われます。』
(そうなの……?さっきはあまり上手くいかなかったんだけど……。)
『イメージの問題です。火、水、風、土のように、日頃から触れているものはイメージしやすいですが、氷はなかなか触れられません。なので、そこのお店で氷を1つ買ってみてください。』
イメージか……。
確かに氷ってイメージしにくいんだよな……。
そんな本音を溢しつつ、とりあえずガイドさんに言われるがまま、近くの出店で拳大の氷を譲ってもらう。
『触れて感じてみてください。表面がどうなっているか、触った場所はどうなるのか……氷とはどのようなものなのかをしっかり観察し、イメージを起こしてください。』
そう言われて、わたしは手に持った氷を観察し始めた。
まず、冷たい……。
手が悴んでしまうほどに冷え冷えだ。
撫でると表面に水が溢れる。
強く握ると、さらに水が滴って少しずつその形を変えていった。
『氷とは、水が0度以下で固体になった状態をいいます。触れていると温度が上がるため、水に戻ります。それと、密度が水より低いため、水の中で浮く性質も持っています。』
ガイドさんは、氷についていろいろと説明してくれた。
それを聞き終えて、わたしは静かに目を閉じた。
体内にある氷の因子……それを手に持っている氷とリンクさせるイメージを頭に浮かべる。
氷の因子の温度が下がっていく様子を想像し、個体となるイメージで……
0度よりも冷たく……冷たく……冷たく……
「……氷術。」
その言葉とともに、手のひらに氷の華が咲いた。
緻密にして可憐。
優美にして精巧なその華は、自分が作ったものとは思えなかったが、買った氷よりも冷たく硬かった。
「で……できた……?」
『上出来です。そのイメージをお忘れなく……。』
「戦いで使えるかな……。」
『剣に纏ってみてはどうでしょう。』
「なるほど!確かにそれはいいかも!」
武器などの媒体にスキルを載せるのは、けっこう難しい技術だった。
わたしも、師匠とともに風術の鍛錬を行った時に用いた方法でもある。
魔力操作と属性因子のイメージがしっかりできていないと、まったく上手くいかないのだ。
よし、今日はこの鍛錬をしよう!
それで、明日の戦闘でクレアを驚かせよう!
わたしはそう決意して、さっそく氷術を剣に纏わせる練習を始めたのだった。
氷術については、実はなかなか習得できてませんでした。
でも、Aランク冒険者のクレアが一緒なので、いろいろと教えてもらってます!
今回もご愛読いただきまして、ありがとうございました!




