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9/13

純粋

 身体が内側から熱され、膨張し、張り裂ける。そんな気がした。


 僕の魔法は不発だったのだ。だが、取り込んだ魔力は内に残り、未だ身体を駆け巡る。


 そればかりではない。魔力に変換している物質である、複数枚来ていた上着や小物が、まだ変換し終えていない。つまり、魔力は絶え間なく供給され続ける。


 このままでは、本当に破裂してしまう。


全ての敵が制止する絶好の機会に、僕は己が取り込んだ魔力に、悶え苦しんでいた。


 せり上がる横隔膜に潰され、酸っぱくも苦い胃液が喉を通過し、口内を満たす。


全身は流れた血液が、沸騰しているかのように熱い。痛みと力みすぎた全身が、思考を鈍らせ、朦朧とさせた。


 遠くから女性の声が聞こえるが、何を言っているのかは聞き取れない。




 気が付いたら、僕は記憶の中にいた。


 両親は怒鳴ってばかりだった。僕が悪さをすれば、それにかこつけ、日頃のうっ憤を暴力で晴らしていた。そんな毎日だ。


 見るもの全てが色褪せ、言い寄って来る異性までもが、どこか無機質な作り物の様に感じた。


 温度を感じないそんな日々、僕は現実に飽きていた。


 劇的ではない日々、報われない感情。外面だけで言い寄り、自身を着飾る装飾品にしようとする異性。理不尽にいつもカリカリとしている両親。


 そんなつまらない創作作品を見ているかの様な日々だった。だからこそ、僕は創作作品にのめり込んだ。


 劇的な日々、必ず報われる感情と努力。暴力を振るわず、何をしなくとも期待と愛情を向ける両親に、装飾品ではなく、人間として内面を見る異性。そして愛し合う。そのどれもが美しく、眩しく、癒された。


 僕はこんな事をよく言われた。「勇気君ってオタクなんだね~。意外だね。」と。同じ様なオタクからはこうも言われた。「君はミテクレが良いから、女に困らないだろうに、彼女がいないなんて、相当性格が悪いんだろうね。」そんな事を言われた。


 だから、いつも心の中でこう言うのだ。「だから君らはミテクレも悪いんだ。中身はともかく、外見だけでも磨いて見ると、泥団子程度には輝くかもしれないよ。」と、そんな皮肉を心に書き留めるのだ。


 そんな日常の中の癖も、最近はしていない。異世界に来た時から、その様な日常的な行動は無くなっていた。


 この世界は実に居心地が良かった。愛憎入り混じる両親もおらず、偏見や逃避するべき現実がなく、逃避先もない。むしろ、この異世界こそが逃避先の様で、僕は、僕の現実を思い出さずにいられた。


 この世界の人間は明け透けだ。本心を隠そうともせずに、取り繕わない。クレアもチェルシー、エリエルでさえも、自身を歪んだ虚勢や、建前、レッテル、嫉妬で悪気もなく、他者を攻撃しない。むしろ、己が弱点を晒し、隠さずにいる。かと思えば、攻撃する時は、自覚的に剥き出しにして来る。


 そんな明け透けな人となりが、居心地を良くした。


 だからこそ、チェルシーの純粋な願いだけでなく、僕自身が能動的に彼女らを救いたいと思ったのだ。


 それは僕が初めて居たいと思う事が出来た場所。思い返したいと思う事ができた時間だったのだ。


 あの忌々しい日々を受け入れ、自身の最も大切な意志として据えたとしても、この世界を救いたいのだと、強く思ったのだ。


 僕の魔法は、現実に根差したものである。だから、その日々を強く思わなければならない。


 この過去の記憶と、助けたいと願う強い思いが、僕の意志を純粋なものにしたのだ。


 ただ、あの日々を思い出す。確固たる意志を持って、あの耐え難い日々が、僕にとっての現実だったのだと。


 


 「まだなの!? もう幻術は限界よ、ユウキ!」


 その時、僕を呼ぶ声がクレアだとわかった。


 意識が現実へと戻る。気を失っていた時間は、ほんの一瞬。だが、全身から感じていた膨張感や、恐怖心や痛みなどの雑念すらも感じない。


 ただ、あの日々。あの世界で全身で感じていた、全てを思い起こされていた。


 思い出したくもない記憶、痛み。それから風の音、雨の匂い、全身に感じる重力、光までも思い出す。感じるまでもない体感を思い出す。


 この異世界のそのどれもが、現実味を感じられなかった。どこかそっけない。どこかよそよそしいのだ。それは、やはり僕が外の世界から来たものだから。


 光も、風も、音も、そのどれもが、似て非なるもの。


 だからこそ、あの世界を基盤にするしかないのだ。


 そして、思い出す。あの世界を、最も簡単に表せる法則を。相対性で成り立つ世界だと再認識する。


 僕の魔法、それは相対性だ。


 何と? 光? 空間? エネルギー? そのどれでもない。


 どんな魔法にするか悩んでいた。クレアから答えを教えて貰った時から、ずっと考えていた。


 決めていた事は一つだけ。どんな困難も乗り越えられる魔法、それだけ。


 だからこそ、この相対性という魔法が良いと思った。腐敗した魔力との相対性だ。


 では、腐敗魔力と何が相対性を持つのか。


 僕は一つ疑問に思っていた事が一つある。魔法の原理の一つ、「物質と魔力の総量が常に一定。」それと、「魔法で物質生成でき、物質で魔力を生成できる。」この二つは、物質を分解できる能力の事を前提としている、という事。


 つまりは、この異世界の住民にとって、物質を分解生成能力は最も低級で、誰でも備えている能力という事。それだけ魔法の習得に必要な生命力が低い。


 今の僕には最適な能力の様に思えた。


 つまり、僕の魔法は、腐敗した魔力と物質の分解、生成能力が相対性を持つ。


 それが僕の魔法だ。そして、この腐敗した魔力の環境下に置いて、今の僕の魔法は最大限の威力を誇る。


 負を正に変換。即ち、負の魔力を物質へと変化させる。それも、僕の知る限りの現実世界の物への変化だ。


 僕の全身から魔力が解き放たれた様に感じた瞬間、僕のイメージしたものが一面に現れた。


 ダイナマイト。


 それを視認した瞬間、鼓膜を叩いたのは、音ではない。風だ。そこに遅れて周囲から次々と爆音が鳴り響き、心臓に響く。


 その大きな爆音と共に、湯煙とゴブリンを吹き飛ばした。


 「って、私も巻き込むな!」


 クレアも一緒に吹き飛んでいた。が、爆風に巻き込まれただけで、爆発の直撃は免れた様で、遠くの方で文句を垂れている。


 「一掃できたから良いだろ。そんなに文句があるなら、クレアも僕にやり返せばいいだろ? それとも、文句の多いその口を塞いで欲しいの? そういえば、さっきそんな言葉を聞いたけどね。」


 「何それ。意趣返しのつもり? ユウキの癖に生意気ね。」


 クレアは苦虫を噛み潰したような顔で、舌を出した。


 「そんな事よりも、チェルシーがいないな。やはりあそこか?」


 僕を子供だと揶揄して置きながら、自身も同じく文句を垂れる、クレアを放って置き、僕は辺りを見渡し、少し遠くの方で微かに見える、洞穴を指さした。


 「恐らくはゴブリンの巣ね。無事でいるといいのだけど。…ほら、ゴブリンに連れ去られた女性は、二度と立ち直れないって有名だし。」


 クレアはボソッと縁起でもない事を言い出した。


 つかさず、僕は彼女の頭を叩く。


 「いたいっ。」


 クレアは頭を押さえた。


 「そんな悲観的な事を言うからだ。ってか僕よりも付き合いが長いのに、少し薄情だろ。」


 「そんな事ないわ。あの子の事は心配よ。だけど、そもそも私の事は心配ないって、言って置いたのに、ユウキを巻き込んで、こんな事になるなんてね。」


 クレアは頭を摩りながら話す。


 「いや、それは仕方ないだろう。クレアもとい、変装したエリエルが危ないのだし。」


 「エリエルねぇ。あの子ならどうにでもなるわよ。そのペンダントもある事だし。」


 クレアは上半身裸になり、剥き出しになったペンダントを視界の端で見据えながら、まだ頭を摩っている。


 「このペンダントって何の—」


 僕がそう言いかけた時、先の洞穴からゴブリンが一体、また一体と出て来た。先ほどの様なゴブリンだけではなく、妙に体躯が良く、何やら武具を装備している。


 百にも及びそうな数が這い出てきている。その数は時間と共に更に多くなり、一瞬にして、洞穴が姿を消した。


 更には、ゴブリン以外の種族が所々にメスのみ存在し、皆一様に黒い鎖に繋がれ、乗り物などに使用されている。額には何やら刻印の様なものをされており、明らかに差別的な扱いを率先して、受け入れている。


 見た所、メスにも位があり、兵士、乗り物、はたまた盾や慰み者、魔力の貯蓄として扱われている様に見えた。


 その悍ましい光景の中に、チェルシーの姿はなく、僕は少し安堵した。


 「先ほどの爆発は貴様らか。たった二体に見張り部隊が全滅とはな。」


 その光景の一番奥の洞穴から、下卑た笑い声と共に辺りに響く。その直後、洞穴から巨大な手が飛び出し、この位置からでも視認できるほど、巨大なゴブリンが這い出てきたのだ。


 その巨大なゴブリンの腹には何人ものメスを乗せ、巨大な手で弄り、手遊びをしていた。


 「ぐぷっ。メスだけ生け捕りだ。オスの方は、最大限の痛みと屈辱を与え、殺せ。」


 ヘドロの様な涎をまき散らしながら、僕達を指で指し、偉そうに仲間らに指示を出している。


 「そこのデカいゴブリン。お前は話せる様だな。チェルシーという女性を知っているか?」


 僕はそのデカいゴブリンを怒鳴りつけた。


 「ああ? そういや、献上品に上玉の人間のメスがいたなぁ。」


 「何!? それは今どこにいる!」


 僕は一層、声が大きくなる。


 「この奥にいるがなぁ。命はある。命はなぁ。グぷぷ。」


 吐き気がする程、気持ちの悪いニヤつきに、冷静さを保つのがやっと。


 「チェルシーに何をした!」


 怒る僕に、そっと肩に手を置き、今にも飛び出しそうな僕を、クレアが制止する。


 「自分の目で見ろや。そこのメスを代わりにくれたら、返してやるからよぉ。」


 この時、僕は冷静さを完全に失い、ゴブリンの群れに走り出していた。が、魔法を使おうにも、何も起きない。


 その次の瞬間、クレアの脚が僕の顔面を捕えた。


 それは美しさすら感じる、回し蹴り。僕は顔面を殴打し、先の戦いで少なくなった血液が、鼻から噴き出した。口には鉄の味を感じる。


 その痛みと血の味が、冷静を取り戻させた。


 「落ち着きなさい。そんな精神状態じゃ、魔法もろくに使えないわよ。あんなわかりやすい挑発に乗っちゃって、自滅でもするつもり?」


 僕はクレアを見上げる。


 「…ありがとう。おかげで助かった。」


 「あら? 素直ね、良い事よ。」


 「ああ。本当に感謝しているからな。」


 クレアは熟考して恐る恐る口を開いた。


 「…ユウキってマゾだったの?」


 「違うわ! 馬鹿か!」


 「フフッ。冗談よ。チェルシーの事は心配しないで、強い子だもの。」


 そう言いつつも、拳は血が滲むほど、握り締められていた。


 「チッ。挑発は失敗か、まぁ良い。お前らヤレ。」


 大きなゴブリン。ここでは、キングゴブリンとでも言おう。そのキングゴブリンが首をクイッと捻り、合図を出すと、一斉にゴブリンらの軍勢が襲い掛かってきた。


 「ユウキ。もう大丈夫そうね。」


 クレアは近づいてくるゴブリンらの雄叫びを気にもせず、僕に手を差し出す。


 僕はその手を取り、立ち上がった。


 「クレアは下がっといてくれ。僕がやる。」


 「強気ね、あの軍勢を見て、そう言えるなんて。」


 僕は夥しい数の迫りくるゴブリンらを眺める。


 「あの軍勢だからだ。」


 そう言うと、僕は目を閉じた。


 次第に、けたたましい音が消える。風も感じず、あの不快な魔力の雰囲気すらも、気にならない。それほどまでに集中していた。


 そして、一滴の雫を垂らした水面の様に、現実の世界の記憶を思い出す。


 それは静かに、しかし熱く、何よりも現実の様に感じる様に、思い起こす。


 思い出すと言う事さえ忘れ、今、この時に体験しているかの様に感じる。そうして、完全に深い集中に入った時、深呼吸を一つし、目を開ける。


 ゴブリンの軍勢は、目と鼻の先まで来ていた。奴らの刃が、僕の首を掻き切る。その前に、僕の足元に生成した柱が飛び出し、華麗にかわし、宙を舞う。


 「この困難は、僕向きだ。」


 僕は宙を舞いながら、地面にうごめくゴブリンらを眺め、ニヤリとした。


 その背後に、ミサイルを生成。


 周囲の数十体のゴブリンを一掃した。


 「さぁ、始めようか。ゴブリン狩りだ。」


 僕は至って冷静だった。騒がしい光景を、クラシック音楽を掛け、それをスクリーンで見るかのように、心は落ち着き、騒がしさに美しさを感じる程、距離を感じる。


 考えている事と言えば、 思い出と感覚、それと何を生成するべきか、それだけだ。


 その時間の感覚は、騒がしく動いている身体とは裏腹に、ゆったりと流れていた。

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