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作戦

 僕達はチェルシーを助けに源泉の方へと向かった。


 魔法の習得には多少の消耗をしたが、ある条件を付け、必要最小限で済んだ。しかし、その魔法を試す時間はなかった。


 クレアは最初こそ休息を取り、翌日に行動する事を勧めていたが、僕は、エリエルの死刑が近い事、チェルシーが危険かもしれない事、今は避難所が安全だが、いつ襲われてもおかしくはない。そうした事を総合的に考え、僕は直ぐに行動する事を譲らなかった。


 「仕方ないわ、そんなにチェルシーが心配なのね。」とクレアは折れ、その直後に、深いため息をつく。それと同時に、まだ新しいが、少し湿気ている、たばこを口に咥え「まぁもし、失敗していても、ユウキが死んでしまうだけだから、私は問題ないわ。」と、付け加える。


 まったく、嫌味な人だ。一言多いのに、懺悔は黙って聞けるのだろうか。


 そんな事を思いながらも、口には出さなかった。今、彼女の機嫌を損ね、置いて行かれたら、最悪だ。そんな危険は犯しはしない。先ほどの様なモンスターに襲われる事態なれば、彼女の助けが必ず必要だ。魔法が成功しているかも不明な上に、僕は対峙した時、冷静にならなければ、発動しない。


 恐怖心から意志が揺らげば、当然、習得した魔法は使えないのだ。それは至極当然で、魔法を発動する条件は、魔力を取り込み、意志の下に再出力をしなければならない。つまり、意志が揺らぐ、もしくは意志が変化してしまえば、再出力されないか、暴発する。


 そういえば、クレアはこんな事を言い、笑っていた。


 「もし、魔法が使える状態で、魔力を取り込めたのに、魔法が発動しなかったら、魔力は身体の中に滞留し続け、最後には爆散するかもしれない。そんな噂を昔聞いたわ。まぁそんな事、私は見た事ないから、安心しなさい。」


 知りたくは無かった事実だ。稀に起きる可能性を聞かされて、安心できるはずもない。今から飛行機に乗る人に、事故が起きる可能性は低いが、起きた場合は確実に死ぬ事を聞かされて、安心する人がいるだろうか。


 クレアの話は、そういうことだ。


 と、そんな事を考えていると、クレアが僕の胸に手を当て、僕の歩みを制止した。


 「止まって、何かいる。」


 クレアはそう言い、物陰に息をひそめる。僕も後を追う様に息をひそめた。


 「何も聞こえないけど。」


 僕は小声でクレアに話かけた。


 「静かに、音じゃない。魔力の対流、その流れを感じ取るのよ。」


 「魔力の対流って。何も感じないけど。」


 「少し黙って、ここは迂回するわ。」


 クレアに口を手で覆われ、塞がれた。僕は不本意ながらも、そのまま彼女の言う通りに回り道をする。


 その場からは早々に離れ、迂回した道を少し行った先で、ようやく口を開いた。


 「ここなら安全ね。で、何の話だっけ?」


 「だから、何でモンスターがいるのか、分かったのかって話だよ。」


 クレアは思い出したかの様な声を出し、先ほど咥えたタバコを楽しみ始めた。


 「魔力の対流よ。その流れが激しくなっていたのよ。」


 「その話は聞いた。」と、僕は不服そうに答えた。


 「いや、悪かったわよ、さっきは緊急事態だったじゃない。」


 クレアのその答えを聞いても、僕の機嫌は尖ったままでいた。


 そんな僕を見て、クレアは深く煙を吐き出し、顔を近づけ、壁に手をつき、煙の向こう側から見つめる。


 「あのさ、もう子供じゃないんだから、その態度は改め、謝罪を受け入れ、相手を許す余裕を持ちなさい。」


 彼女の言った言葉とは裏腹に、子供を叱る様な姿に、反射的に反論してしまう。


 「でも—」そう言った次の瞬間、彼女は僕の口に人差し指を当てた。


 「そんなに気にくわないのなら、後で、私の口を塞げばいいじゃない。」


 その言葉を受け、黙らざる負えない僕に、追い打ちを掛ける様に囁く。


 「今はタバコで塞がっているから、また今度ね。」


 クレアは僕から離れ、クシャっとした笑顔で笑った。


 だが、僕はそんな事で流されない。魔力の対流の詳細については、全く説明されていないじゃないか。


 「それで、どうやって気づけたか、聞けていないんだけど。」


 「あーそれね。ユウキが話を逸らすから、話せなかったんだよね。」


 クレアはわざと挑発している様だった。


 「そんな挑発には、もう乗らないからな。ちゃんと説明しろ。」


 「それは…」


 クレアはしどろもどろに説明をはじめた。どうやら、自分でも良く分かっていない様だった。


 「えっと、エリエルが言っていたんだけど。…つまりはモンスターも、大気中の魔力と同じ腐敗した魔力を発していて、それが大気中の魔力とぶつかり、対流を起こすんだと思うわ。…たぶん。」


 この様にあやふやな事をずっと繰り返している。時間もない中で、内容も不明確なので、僕は苛立ちを隠せなくなっていた。


 要するに、モンスターは地下の源泉のさらに奥地で、魔力の中から生まれるため、生まれながらに魔力を発しているらしい。その様な現象は、魔力に不純物が混ざると起きるもの。即ち、モンスターの魔力は腐敗しているのだと。そして、恐らく大気中の魔力は、モンスターの大群か、凶悪なモンスターが存在している事が原因。だからこそ、近くにモンスターが存在していると、そこに強い対流が起き、モンスターを不快感として感覚的に感知できるのだとか。


 しかし、それなら僕も感知出来そうなものだが、それをクレアに聞いてみたのだが、「そんなの知らないわ。昔から皆出来る事だもの。出来ないあなたの方がおかしいのよ。不快なこの魔力は感じ取れているのに、全く不便な人だわ。」との事。


 そもそも、クレアは魔法や魔力については、そんなに知らない様だった。


 確かに、回復や蘇生、幻術などのサポート魔法は目にしたが、攻撃は魔法ではなく、全て剣技で行われていた。


 剣には多少の魔法が含まれてそうだが、その剣技は、至って普通で、特に魔法の様な不思議な事は起こっていない。


 ただ、素早く剣を振っているだけ。彼女はただ、純粋に強い。凡百なモンスターを圧倒するほどには。


 「着いたわよ。ここが、源泉だった場所よ。」


 辺りは湯煙の様なもので覆われて、一寸先も見えない。とりあえず僕らは岩陰に隠れ、周囲を観察することにした。


 しかし、これはどういう事だろうか。既に源泉は失われたはずなのに、未だ高濃度の魔力を感じる。


 「何でここまでの魔力がここにあるのに。」


 僕はそんな事を呟いた。


 「それは、地下にある魔力を感じているのよ。源泉ではなく、更にその奥のもの。」


 クレアは僕の肩に手を置き、小声で話した。


 彼女はさらに続ける。


 「源泉はないわ。あそこまで腐敗した魔力が蔓延らない。モンスターもね。」


 「しかし、モンスターは魔力から生まれたのに、何故魔力が苦手なんだ?」


 「そもそもは同じでも、不純物が混ざった彼らの魔力は負の存在よ。彼らは魔力の中でも、増え続ける事によって、消滅を避けているだけに過ぎないわ。つまり、源泉が蓋の様な役割をしていたのよ。」


 「…やけに詳しいな。」


 そう僕がぼやくと、彼女は当然とした態度で、自分の腰に手を当てた。


 「こんな事、初歩中の初歩よ。こんな子供でも知っている事、知っていて当然でしょ。だからこそ、源泉の消滅は大罪なのよ。そうでもないと、死刑なんて野蛮な事、する訳ないでしょう。」


 死刑は野蛮という認識なのか。やけに先進的だ。


 それにしても、ここからどうしたものか。チェルシーも見当たらない上に、視界が悪い。


 「だけど、モンスターがいるかどうかはわかるんだよね?」


 「わからないわね。」


 クレアは平然と話した。


 「なっ、何でわからないんだよ。」


 「ここは濃度が高すぎるから、しょうがないじゃない。そもそもわかるなら、チェルシーの心配なんかしないわよ。」


 クレアは開き直り、吸い終えそうなタバコを指で飛ばした。すると、奥の方から、うめき声の様な声が聞こえた。


 「ありゃ、こりゃまずい。」


 僕の悪い予感は的中した。僕達のいた場所は、既に深い煙に囲まれている位置。そこを取り囲むゴブリン達に気が付く事が出来なかったのだ。


 うめき声の正体は、取り囲むゴブリンの一体だったのだ。そのうめき声を合図に、一斉に襲い掛かってきた。


 数十体はいるだろうゴブリンの軍勢。深い煙の中でゆらりと動き、死角から一瞬にして詰め寄り、一撃を狙い、その後、すぐに離脱する。


 その一撃ごとの退散で不意打ちを狙い続ける狡猾さ。そのゴブリンの恐ろしさを、僕は今、体感している。服を切り裂き、肉を抉る。何とか反射的に動いたとしても、薄皮を確実に裂く。そこから血液が漏れ出し、ジンジンとした痛みが、冷静な思考を奪っていく。


 それで発生する痛みと消耗が、恐怖心となって、増幅された。


 その恐怖心はやがて、この見えない状態の煙に移り、僕は今にも逃げ出すという思考に支配される、その一歩手前にまで追い込まれていた。


 環境を最大限利用した見えない攻撃。それに辛うじて対応出来たのは、クレアだけだった。しかし、そのクレアも徐々に装備を剥がされ、太もも、二の腕、脇、首筋、脇腹と、肌を露出し、皮膚が少しずつ裂かれ始めている。


 「私がゴブリン全員に幻術を掛ける。この数だと、数秒しか持たない。」


 クレアがそう叫んだ。


 「一瞬しか—」


 僕がそう言いかけた時、クレアがさらに大きな声で叫んだ。


 「喋るな。こいつらは人の言葉を理解する!」


 この一言にゴブリンの攻撃が止んだ。彼らは明らかに幻術を警戒している。


 これでようやくクレアの作戦を理解した。


 彼女の数秒は幻術と、ゴブリンの警戒。その合わせた時間だと。そして、クレアの言葉の続きは、恐らくこうだろう「その数秒でお前の魔法を使って、こいつらを倒せ。」と。


 その思考に至った瞬間、ゴブリンは再び襲い掛かってきた。が、僕の目の前で動きを止める。


 この瞬間、ここが最も長い一瞬。


 僕の脳だけが動いている時間だった。その様に感じる程に集中していたのだ。


 「魔法よ、発動しろ。」こう脳内で念じた時、外から何かが体内に侵入し、全身を満たす、そんな感覚を得た。


 僕は魔力を意志の下に再出力をする。そう意志の下に。


 恐怖とチェルシーが受けたゴブリンの惨劇の妄想が過ぎり、僕の集中を、ほんの数滴ほど濁らせた。




 僕の魔法は、発動しなかった。

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