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 「じゃあ幻術は、既に解かれてはいるんだな。」


 「そうだ。とりあえず取り押さえた後、すぐに解けている。」


 先ほどの説明からでも読み取れたのだが、一応の確認をしたかった。もしかしたら、僕が何か取り違えたかもしれないからな。


 「ドボス達は、真犯人を探したりしたのか?」


 「いや、それは出来なかったんだ。クレアの関係者は監視の目が厳しい。下手に聞き込みは出来ない。それに避難所から出るのは危険だからな。今日はユウキの救出という事で、自由に出来ているんだ。通常はほとんど誰も出入りできない。」


 「なるほど。だから僕に助けて欲しいってことか。」


 「そうだ。お前は街のほとんどの人と面識がない。だからこそ、自由に動けるはずだ。」


 確かに理にかなっている。


 「聞きたいのは、いくつかある。今も魔法は使う事は出来るんだな?」


 ドボスは頭を撫で眉をひそめた。


 「そりゃ使える。魔力があればな。」


 「ドボスも常に魔法を使っている様なものだしな。」


 「いや、俺の場合はちょっと違う。これは変装する時だけ、つまり魔法をかける時だけ、魔力を消費するんだ。だから、今は魔法を使っていない。」


 「じゃあ、最後に僕がいた部屋が無事だったのは何故かわかるか?」


 そこでチェルシーが割って入る。


 「そりゃ、魔法が掛かっていたからだよ。あの空間は綺麗な魔力で満たされて、外の浸食を受けなかったの。ていうか、さっきから何の話をしているの? そんな事を確認してクレアに何の関係があるの?」


 僕は少し黙り、考え込んだ。


 「その魔法を掛けたのは誰?」


 「そりゃ、クレアだよ。あの日、彼女が見回りに出る直前に掛けたはず。」


 僕は更に考え込んだ。


 痺れを切らしたチェルシーは僕を責めるように言う。


 「それが何だって言うの? そんなのクレアを助ける事と関係ないじゃない。」


 「関係はある。」


 「どう関係があるって言うの!? 時間は一刻を争うのに。」


 「問題はクレアじゃない。源泉の枯渇だ。」


 チェルシーはその瞬間、顔を真っ赤にして僕を怒鳴り散らす。


 「どうして! ユウキも街の方が大事なの!? クレアは見ず知らずのあなたにも親切にしていたのに! この恩知らず!」


 目に涙を溜め、息を切らし、怒りのあまり意識を朦朧とさせていた。それほどまでに彼女は怒っていた。


 見かねたドボスが仲裁に入る。


 「まぁチェルシーも落ち着け。ユウキにも何か考えがあるんだろう。話は最後まで聞くべきさ。」


 「話をするべきなのはドボス、お前だけどな。」 


 僕はドボスをチクリと刺す。


 「…何を言っているんだ。もう大体の事は話しただろ?」


 「チェルシーにも話していない事だよ。話せないのなら、僕から話すよ。」


 ドボスは押し黙り、話そうか葛藤しているのか、俯いていた。


 しかし、僕はドボスの決心を待つ気はなかった。


 「クレアは既にここにいないんだろ?」


 「え?」と、チェルシーの不意に出た声だけが響く。


 「いやいや、だってクレアは今捕まっているはずでしょ? だからこうして助けようって。」


 「そうじゃない。そうじゃないんだよ、チェルシー。捕まっているクレアはエリエルだ。」


 チェルシーは混乱していた。


 「真剣な話をしているのに、何でふざけるの? エリエルならここにいるでしょ。ドボスがエリエルなんだよ?」


 「違うんだよ。ドボスは魔法人形なんだよ。だから本体は別にあるはずなんだ。」


 そう、僕は知っていた。エリエルに出会った時、ドボスではなくトカゲから正体を現していた事を。


 「そうなんだろ? このままいけば処刑されるのは、エリエルなんだろ。うわ言の様に同じ事を言っているのも、ドボスに意識を集中するためと、下手に喋って成り済ましに気づかれない様にするためだ。」


 混乱しているチェルシーを横目に、僕はドボスに詰め寄る。


 「あらかた、クレアは失われた源泉を取り戻しに行ったのだろう。いくらクレアを死刑を執行としても、源泉を無ければ、モンスターから街を守れないからな。」


 そう、結局の所は犯人を誰かと特定したところで、街は戻ってこない。街の根本的な問題は、源泉の消失だからだ。つまり僕らがすべきことは、囚われたクレアの救出ではなく、源泉の復活なのだ。


 クレアはそれがわかっていたから、一人で行動する事にしたのだろう。集団で行動すれば、他人を巻き込みかねない上に、また幻術を掛け悪さをしていると思われる可能性もある。


 僕がいたあの部屋を彼女は拠点にしているはずなのだ。あの部屋なら、魔法を維持すれば、モンスターも近寄れず、腐敗した魔力での消耗もない。


 「でも、魔法の維持はどうしたの? 源泉が無い状態で、維持できるとは思えない。」


 チェルシーは反論をするが、ドボスが更に反論した。


 「いや、俺の変装魔法と同じだ。発動するのにだけ魔力が掛かり、維持には必要が無い。」


 「それなら街全体に掛けちゃえばいいじゃない。」


 「いやそれは無理だ、規模がデカすぎる。それほど大規模の魔法を掛ければ、生命力が底をつき、死んでしまう可能性もある。もし、生きていてもお婆さんになるだろうさ。」


  「じゃあ、どうやって街を復活させるの? そもそも源泉をどうやって消滅させたかもわからないのに。」


 「それがわかるなら、苦労はしない。」


 ドボスは力なく答えた。


 「じゃあ、このままじゃあクレアに変装しているエリエルは死刑になっちゃうじゃない! どこにいるかもわからないのに。っていうか、ドボスは本人だから、どこにいるのかわからないの?」


 ドボスはため込んできた感情が決壊した様に話す。


 「そんな事わかるなら、こんなに焦っていない! だからユウキにも頼っているんだろうが。」


 「そっそうだよね。ごめんなさい。」


 滝の様に汗をかくドボスに怒鳴られ、チェルシーは後方に交代する。


 「ねぇユウキお兄ちゃんなら、何かわかったんじゃない? 何か頭良さそうな事言っていたし。」


 何か雑に褒められた。そんな褒め方をされて、喜ぶ人はいないぞ。


 「その褒め方はバカっぽいぞ。」


 チェルシーは僕の皮肉めいた発言に頬を膨らませ、怒りを表現していた。フグみたいな顔だ。


 話を事件に戻そう。今までの話を統合すると、確かに謎はいくつかある。




 ・源泉を消滅させた方法


 ・クレア達に幻術を掛け、濡れ衣を着せた犯人


 ・源泉は本当に消滅したのか


 ・エリエル幽閉場所


 


 これらについては、何もわかっていない。


 三人はしばらく思案するが、何も思い浮ばない。それもそのはず、もう既に僕とチェルシーは疲労困憊。思考する事もままならず、それどころか睡魔とひたすら戦っていた。


 今日の所は、これで解散し、明日に備え休む事にした。


 「今日は避難所に戻って、休まないか?」


 しかし、それにチェルシーは反対する。警戒されているのか、避難所に戻れば、死刑の日まで外に出られないかもしれないらしい。今日だけが行動する最後のチャンスなのだ。しかし、この場で休むにしても、時間と共に不審に思われる。そうなれば、この場所は直ぐにバレてしまう。


 悩みに悩んだ結果、ドボスは何かを決心した。


 「俺が戻り、時間を稼ごう。幸いこの身体は魔法人形、壊されても問題はないさ。」


 「待ってくれ、他に何か手があるはずだ。そうだ、今から三人で俺がいた部屋まで戻れば、あるいは。」


 ドボスは諭す。


 「チェルシーは立って歩くのもやっとだ。お前さんも十分には動けないだろう? こんな状態で外に出れば、どうなるか火を見るよりも明らかだ。それにもうじき夜になる。モンスターがうろつき始めるぞ。」


 「だが…。」


 聞き分けない僕の肩に手を置き、逆の手で何かを握らせた。


 「お前もわかっているだろう、俺とエリエルは同じだと。今のお前にはやるべきことがある。なに心配するな、今のお前ならまた友達くらいできるさ。街を救った後でな。」


 「…ああ、わかった。まかせとけ、俺が住んでいた世界では、異世界人は世界を救えるんだぜ。」


 涙ぐむ俺をドボスは優しく言う。


 「じゃあな。世界とは言わずとも、この街くらいは救いな。お前ならできるさ、根拠はないがな!」


 ドボスは笑顔でそう告げ、避難所に足を向かわせる。その後ろ姿に僕は大声で別れの挨拶をする。


 「じゃあな! 勇気って名前に恥じぬ様に必ず、救って見せるさ。クレアも街も、お前もなエリエル!」


 ドボスは壁を通り見えなくなる瞬間、こう言葉を残した。


 「え? ユウキってなんか意味あんの?」


 良いシーンだったのに、台無しだよ。


 ドボスは完全に壁に飲み込まれていった。それを見送るや否や、僕達は床に突っ伏し、気絶するように眠った。 


 二人とも限界だったのだろう。辛うじて緊張で平静を保っていたのが、ドボスの時間稼ぎで、休んでも大丈夫だと認識した瞬間、身体が動かなくなったのだから。


 


 その後、二人が目が覚めたのは九時間後の事だった。


 「チェルシー、起きろ。」


 エリエルは上手くやっているだろうか。


 「もう…少し…。」


 僕の手を払い除け、再びよだれを垂らし、寝息を立てた。


 「おい、起きろ。そろそろ移動しないとまずい。クレアを助けに行くんだろ?」


 クレアの名前を出した瞬間、チェルシーは飛び起きた。


 「はっ。早く行かなきゃ!」


 「やっと起きた。そろそろ移動するよ、エリエルがいつまで誤魔化せるかわからないからな。ここで見つかったら、全て水の泡だ。」


 「そんな事わかっているよ。ユウキお兄ちゃんも早くしてよね。」


 僕が起こしたんだけど。


 「置いていくよー。」


 何にせよ、起きてくれてよかった。


 僕達は準備を早急に済ませ、修行場出入口に身を潜め、周囲に何もいない事を確認したのち、階段を上る。まずは教会内にある僕が寝ていた部屋を目指す事になった。


 「そういえば、エリエルから貰ったものって何だったの?」


 「ああ。結局、どう使えばいいのかわからないんだよな。」


 別れ際にエリエルから受け取った、炎を模ったものの中心に、つばの大きなとんがり帽子の印があり、それに紐が付いている。


 お守りか何かだろうか。裏面には「肌に離さず」と書いている。


 エリエルの事だ、何か意味があるはずだ。彼女が意味のない事は、しないはず。


 …いや割としているかもしれない。というか、彼女からの嫌がらせの可能性もある。僕は少し悩んだ挙句、それを首から下げた。


 とりあえず、言う通りにしておく。何かあったら、後で仕返ししてやるからな。


 そうこうしている内に、僕達は地上に出た。辺りはまだ薄暗く、相も変わらず気味の悪い空気が漂っている。幸い、モンスターがいる気配はない。


 「急ぐよ。」と、チェルシーは言い、僕の返事を待たずに、駆け足で教会内に侵入した。僕はその背中を追う様に、後をなぞった。


 不気味な植物をかき分け、地面に張り巡らされている根や、粘液に足を取られながらも、必死にチェルシーの後を追う。教会内では、決して通路の真ん中を通らず、陰で目立たない端を素早く移動した。ドアを一つ、また一つと通りすぎ、奥の方へ進んでいく。物音はせず、辺りには何者の気配もない。教会内には僕達が発した少しの軋み音と、布の擦れる音だけが鳴り、それがやけに大きく感じる。


 それほどの緊張状態にありながらも、やっと僕達は目的の部屋の前まで来た。


 「ここにクレアがいてくれれば、話は早いんだけどな。」


 僕の呟きにチェルシーがこう返す。


 「でも、いないね。生き物の気配すらないんだもの。」


 それは僕にもドアを開ける前からわかっていた。何もいない空間、さらに極度の緊張から感覚が研ぎ澄まされている。今、仮に数百メートル先で小鳥が飛び立ったとしても、それに気づく事は出来るだろう。


 そう思える程に鋭敏になっている。


 「開けるよ。」


 僕の合図にチェルシーは頷き、そっとドアを開けた。


 その瞬間、清廉な魔力に包まれ、常にそこにあった不気味な雰囲気が消えていく。更に、緊張がほぐされ、疲労が癒えていく。


 しかし、それを意識出来ない程に、目に衝撃的なものが飛び込んできた。


 「な…なんだよこれ。」


 「ちょっと、こんなのありえない。」


 僕達はその部屋に釘付けで、目が離せない。しかし、それにたじろぐ事も許されなかった。額には汗が滲み、背中の辺りが熱くなる。落ち着きが無くなり、心がみだされるが、僕はそれを決して表には出さなかった。それどころか、僕は平静を装い、何事も無かったかの様に、チェルシーに目配せをする。


 彼女は嫌悪感か、または憎悪か、はたまた悲しみなのか、それはわからないが、それらを含んだ目をしていた。


 「ここは俺がやっておくから。チェルシーは部屋を出ていなさい。」


 「いっ、いやダメです。ユウキお兄ちゃんにはさせられません。」


 「…わかった。」




 チェルシーは涙を滲ませながら、部屋に散乱した湿った女性の下着と、男性同士の悲恋が描かれている冊子、結び目や所々濡れている縄と鞭。そして、数枚のシスター服とタバコの吸い殻を片づけた。


 「クレアのこんなとこ見たくはなかった。」


 閉じられたドアの向こうで、そんなチェルシーの独り言が聞こえた気がした。

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