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再会

 修行場から何度か壁を通り、更に奥に進むこと一時間。僕達はやっと教会の人々と再会できた。


 「ユウキじゃねぇか! 久しぶりだなぁ!」


 避難所に到着したのも束の間、休む間もなく一人の中年の男が背中を叩いた。


 「ドボスじゃねーか! 生きていたのか、まぁ久しぶりでもなけどな!」


 「いいや、久しぶりさ。お前が十年も寝ていたからな。」


 僕は愕然とした。数日ではなく、数年でもなく、十年余りの時の長さに驚きを隠せなかった。いや、ちーちゃんが大人になっている事を鑑みても、当然か。


 確かに気が付いてはいたのだ。しかし、間接的に感じ取るのと、直接言われるのでは、感じる衝撃は大きな落差があった。


 目が覚めてからというもの、衝撃の連続で時間間隔やその他の変化には、意識が向かなかったのだ。


 「十年か、そんなに長い時間寝ていたとは。エリエルからは数日だと聞いていたのに。」


 エリエルの名を口走った瞬間、避難所全体に緊張が走った。


 ちーちゃんとドボスが慌てて、耳打ちをする。


 「エリエルお姉ちゃんの名前は出さないで。何度も変装しイタズラしていたせいで、町中に嫌われているんだから。」


 ドボスは付け加える。


 「おおよ、あいつら血も涙もねぇ。非常事態に乗じて身包み剥がされるとこだったぜ。」


 「それはお姉ちゃんのせいでしょ! 普段の行いを詰られただけで、逆ギレして変装した事のある人のアレの大きさとか、スリーサイズを大声で喚いたのがいけないんでしょ!」


 こんな非常事態に何をしているのか、こいつらは。


 「そんな事であんなにキレるなんておかしいじゃねぇーか! 普段から服の下で晒している癖によ。いっちゃあなんだが、俺には細かい数字までバッチリみえているんだぜ。その事を知っているのに、クレアが一番先頭でシバき回やがったんだ。」


 そりゃキレるだろうよ。しかし、やけにドボスはエリエルを庇うな。友達か何かだろうか。


 「なぁ、何で庇うんだ? 面識あったのか?」


 ドボスとちーちゃんは口をあんぐりと開け、呆けていた。


 「それ本気で言っているの? お姉ちゃんは、ユウキお兄ちゃんは既に知っているって話ていたけど。」


 ちーちゃんの後にドボスも続く。


 「おいおい。お前の脳みそは豆粒ほどしかないのか? 何度も説明したじゃねーか。」


 「フン。脳みその大きさと知能は関係ないんだぜ? 知らないのか?」


 「そんな雑学なんぞどうでもいいわ。そろそろ現実を受け入れろ!」


 「嫌だ。ドボスは親友なんだ! あんな変装大好き、我儘で嫌味な魔法少女とは違うんだ!」


 僕は耳を塞ぐ。我ながら非常に幼稚だ。ちーちゃんの白い目が胸に突き刺さる。しかし、こればっかりは譲れない。僕の唯一の男友達があんな変人なんて許せない。僕は友人として仲良く酒を飲んだり、ゲームしたり、適当にダラダラしたい。そんな友人が欲しかったのだ。それをこんな形で壊されるなんて、そんな残酷な事が許されて良いのだろうか。


 幼児にサンタクロースの正体を親だとバラすのと同じだぞ。僕は親に「金が無いから、プレゼントはない。後、サンタ何ていない。あんなヒゲ面の爺に貰っても嬉しくないよな?」と言われたが。僕は泣く泣く同意したが、今でも心の傷になっているんだからな。


 そんな行為を今しているのだと、こいつらに怒鳴りつけてやりたいとこだ。しかし、それを我慢しているのだ。僕は何て大人なのだろうか。


 「もういいよ。理解はしているみたいだし。何かユウキさんのそれ、なんか怖いし。」


 さっきまでお兄ちゃん呼びだったのに。


 「確かにな。まぁそんな理由で、俺はしばら避難所ではこの格好だ。むさ苦しいかもしれんが、勘弁してくれ。ここを出た時は、またあの最高のボディで癒してやるからよ。」


 ドボスは受け入れた様だ、僕の勝ち。これで僕達の友情は守られた。


 「そんな事ないさ。一生このままでいてくれ。そのままずっと親友でいてくれ。」


 「お前、それは本当にちょっと気持ち悪いぞ。」


 ドボスは完全に引いていた。


 「そんな事ないですよ。愛にはいろんな形がありますから。」


 ちーちゃんは何故か楽しそうに話す。


 「クレアさんの文献でそういったものを沢山読みました。私も応援させてください。」


 「違うから! そういうのじゃないからな! ちーちゃんが考えている様なものじゃない。俺の純粋な友情を劣情に変換するのはやめろ。気色の悪い。」


 彼女が楽しそうな理由を察し、僕は急いで弁解した。が、時すでに遅し。彼女は妄想の向こう側、変な思い込みの元、どう弁明しようにも曲解して受け取ってしまう。


 結局、数十分を費やし、やっと彼女の誤解は解けた。ドボスはその間、尻を撫でながらケダモノを見る目で怯えていた。


 何でコイツも誤解しているのだろうか。絶対わざとやっている。触れたら負けだと思い、徹底的に無視をし続けた。


 「まぁ冗談はさておき、そろそろ話を戻しますが。その前にちーちゃんはやめてもらえませんか? この歳で子ども扱いはちょっと。」


 本当に冗談だったのか。明らかに楽しんでいたぞ。


 「なら、何て呼べばいいんだよ。」


 彼女はスッと立ち上がり、スカートの端を持ち、綺麗にお辞儀をした。


 「チェルシーと申します。以後お見知りおきを。」


 礼儀正しく気品ある所作は、先ほどまでの彼女とはまるで違った。


 「えへへ。一度やってみたかったの。」


 ちーちゃんこと、チェルシーは照れくさそうに笑う。


 僕は彼女達との他愛もない会話に、先ほどまであった強張りはいつの間にか無くなっていた。認識できない程の微細な緊張状態にあったのが、ここに来て見知った顔や人に会い、同じ空間にいる事で、緊張が解けたのだろう。それまでの疲れがドッと出たのか、身体を動かすのが億劫に感じる。


 あの部屋にいた頃は、信じられない程軽かった身体だが、ここに来て普段よりも一段と重く感じた。


 それは、チェルシーも同様だった。壁にもたれかかり、目に力が無く、立っているのも辛そうにしている。


 心配そうに見ていると、チェルシーと目が合い、彼女は無理に笑顔を作って見せた。


 「大丈夫だよ。外に出るとこうなるんだ。ユウキお兄ちゃんも疲れているでしょう?」


 「そうだけど、以前はこんな事なかったはずだ。少なくとも、そこまでの極度な疲労は、エリ…。」


 周りの視線から、僕は言い直す。


 「彼女が魔法を習得して見せた時だけ…。」


 そう言いかけた時、ある事に気が付いた。


 ドボスは言う。「そう。問題は魔力だ。お前も体験したからわかると思うが、地上は腐敗した魔力で満ちている。俺達には只の毒さ。その場にとどまるだけで生命力が削がれちまう。」


 「…だから、こんなにも疲労を感じていたのか。」


 「そうだな。まぁお前の場合、あの部屋にずっといたからまだマシさ。あの部屋は綺麗な魔力に満ちているからな。ほら、チェルシーよりも疲れてはいないだろ?」


 確かに。いくら僕が疲労を感じていると言っても、チェルシー程ではない。僕は彼女の疲労感は、休まずに動き続けた事や体力の無さからかと考えていたが、どうやらこれが原因らしい。


 「というか、少し休んだ方がいいんじゃないか?」


 チェルシーは頷く。


 「うん、そうするけど。でもユウキお兄ちゃんに言わないといけない事がまだあるの。」


 その重苦しい言い方は、疲労から来るものではない事は直ぐに分かった。 彼女は唇を嚙みしめている事からも推察出来た。そしてその内容も。


 先ほどから、クレアの話が出るのにもかかわらず、本人の姿が見えない。話しながら見渡しても、やはりどこにもいない。この避難所は話し声で喧しい程に賑わっているのにも関わらず、彼女が苦言を呈さないなんて、ありえない。彼女は静かな所が好きだったはずだ。少なくとも、僕があった頃はそうだった。


 「クレアの事か。」


 「気づいていたんですね。そうです。クレアの事です。」


 チェルシーが話始める前に何かを察してか、ドボスが割って入る。


 「おいおい何だ、思い出話か? ここじゃなんだから、修行場で話そうぜ。ユウキの思い出の場所だろ。」


 「いや、チェルシーも疲れているし、移動なんかしない方がいいだろ。」


 強引なドボスの誘いに、苦言を呈す。


 ドボスはそんな僕の反応に、小声で言った。「いいから。ここじゃ話せる事も、話せない。」


 僕達は追われる様に修行場へ移動した。


 「それで、何でこんなとこまで移動したんだ?」


 僕は不満そうに言った。


 「クレアの話だろ? あそこじゃまともに話せないからな。チェルシーもそれはわかっているはずだ。」


 チェルシーは頷いた。


 「むしろ、お礼を言います。ユウキお兄ちゃんをどうやって連れ出そうか、悩んでいましたから。」


 そう告げると、チェルシーは座り込んでしまった。


 「おいおい、大丈夫かよ。」


 「うん、大丈夫だよ。そんな事よりもクレアの話をしなくちゃ。」


 どう見ても大丈夫ではないだろう。息も上がり、話すのもやっとだ。だが、もう何を言ってもやめないのはわかった。それほど重大で深刻な話なのだと。


 「わかった。じゃあ早く話してくれ、手短にな。」


 僕はせめて早く終わる様に、彼女達を急かした。


 「事のあらましは俺から話そう。チェルシーはその後だ、いいな?」


 チェルシーは無言で頷く。ドボスは静かに話始めた。その話し方とは対照的に、その内容は衝撃的なものだった。


 問題は僕が眠りついた後に起きた。そう、チェルシーに腕を掴まれ、意識を失ったあの日の夜だ。


 


 時計の針は頂点を過ぎ、皆が寝静まった頃に事件は起きた。いや、教会内ではクレアだけは起きていた。他にも街の人間が数人異変に気が付いていた。その邪悪な気配を何となく感じ取っていた数人は、何となく街中を散策していた。恐らくはほんの少しの胸騒ぎ程度な事だろう。その敏感さがクレア達の仇となった。


 単刀直入に言えば、モンスターの大群に襲われたのだ。普段ならば、こんな事は問題にならない。邪悪で腐敗した魔力を持つモンスター達は、源泉の周りには近づけない。出来たとしても大幅に弱体化したうえ、こちらは魔法を源泉が枯渇するまで使えるのだ。負けるはずがない。しかし、この日は違った。


 街の源泉は突如として消え失せたのだ。いや、そういう風に思えたが正しい。枯渇する事が無い源泉は存在する事が当たり前であり、それが消えるなんて事は考えた事も無かったはずだ。つまり、一夜にして、源泉は底をつき、この街では魔法がほとんど使えなくなってしまったのだ。使えるのは、物質を魔力に変換した分の量だけだ。理由は未だ不明だが、どうやら世界の根底と源泉を繋ぐ経路が完全に塞がれていたらしい。


 源泉の消滅には全住民が気が付き、異変に駆け付けた。が、そこで奇妙な事が起きていたのだ。 モンスターの軍勢はおらず、味方同士で殺し合っていた。それはクレアも例外ではなかった。


 問題は、全員が人間をモンスターと、モンスターを人間だと認識していた。明らかな幻術である。


 住民はこの不可解な事件を、この様に解釈した。


 「クレアが幻術を掛け、源泉を消滅させ、街の崩壊を目論んだ。」


 この街で、多数かつ持続的に幻術を掛けられる者はクレアしかいない。更には、今も継続して全員に幻術を掛け、源泉が枯渇し、消滅した様に見せ、街を変容させているのはクレアだとの意見が多数。勿論、庇う意見も多数あったが、状況的にそれを覆す程の説得力を持つ証拠は出てこなかった。


 実に不合理な結論だが、この一連の事件の犯人はクレアだとして、彼女を死刑に処す事に成ったのだ。


 しかし、クレアが犯人出ない事は明らかだ。まず一つ、犯人ならば本人もかかっている事はおかしい。確かに自ら掛ければ出来なくもないが、リスクが高すぎる上に、全員に幻術を掛ける事が出来るのならば、最初からやれば危険を冒さずとも、最後の一人まで殺し合うのを待てば良いだけである。もっと言えば、全員が自殺する様な幻術を掛ければ、それで終わり。こんな回りくどい事をする必要はない。


 つまり、可能な人物が一人だけの様に見えるだけで、その実、論理的な整合性はないまま、住民は断定に至った。


 勿論、上記の様な反論もしたが、誰も取り合ってはくれなかった。


 しかし、そうは言っても決定的証拠はなく、更に聖職者であるクレアは、支持者も多く、死刑を執行するのは躊躇われた。ちなみに死刑を望む派閥からはクレアに幻術を掛けられ、彼女を救おうとしていると言う事になっているらしい。その最たる例が俺達、孤児院の関係者だ。


 とにかく、彼女は懸命に奉仕をする事もあり、十年の間、死刑の執行を免れ、俺達と一緒に生活をしていた。それどころか、冤罪だと言う声もあがり、彼女を責める声は年々小さくなっていった。


 だが、今からほんの数日前、クレアは自白した。


 突然の出来事だった。それ以降は何を聞いても、後悔と殺してくれと懇願するだけ。それ以外の会話は出来なかった。


 その結果、死刑執行は今から一週間後に行われる。


 これが、クレアが避難所に姿がない理由だった。


 


 ドボスは話し終えると、頭を掻き毟る手が止まった。チェルシーは今にも泣きだしそうな顔をしている。しかし、二人とも涙を見せないのは、もうそれが出来ない程に繰り返し泣いていたのだろうか。


 少しの静寂が流れた後、チェルシーが重い口を開いた。


 「ユウキお兄ちゃんにお願いがあるの。」


 涙が一つ、また一つと流れる。


 「クレアを、私達のお母さんを助けて。」


 チェルシーがクレアを母だと言うのを、僕はこの時が初めてだった。それどころか、孤児院で育った子供たちからも一度も聞いたことが無かった。


 だからこそ、この発言は重いのだ。


 孤児の人間が、軽々しく言う発言ではないからこそ、この一言に命を懸けても良いと思えたのかもしれない。

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