窮地
踏みしめる度に跳ねる、赤い液体が裾を染める。
ズボンは、膝の方まで赤くなっている。
僕とエリエルは、逃げ回っていた。走り回り、クレアとチェルシーの猛攻を避け、巣穴の出口の方を目指す。
エリエルが持つ物質は、身に着けている、チェルシーに端々を切られた衣服のみ。それ以外は全て魔力に変換し、使い果たしていた。
「おい、ユウキ! 早く魔法を使え! この環境下なら、退けるくらい出来るはずでしょ!?」
半ば投げやりにエリエルは叫んだ。
「そりゃ出来るが、いいのか? 危険だと言ったのは、エリエルだろう?」
「もう状況が違うでしょ! いいから早くして! 出来るだけケガさせないものを使って。」
僕は思い出す。何かないのか、と思い出す。彼女らを殺さずに、この場を切り抜けられる何か。
逃げながら考えているからか、思考に集中できない。思いつくのは拳銃、手錠、煙幕、剣。どれも安易で、使えないものばかりだ。
「エリエル時間を稼いでくれ。一瞬で良い、考える時間が必要なんだ。」
「じゃあ何か出せ! それを魔力に変換する。」
「わかった、特大な物を出してやる。」
僕は手を地面につけ、離す。すると、そこには大きな弁当が現れた。
「何で食べ物なの。もう少し何かなかったの。」
「何でもいいって言ったのは、エリエルだろ! 早く変換しろ。」
エリエルは立ち止まり、追ってくる二人と対峙する。そして、大きな弁当に手を添え、こう言った。
「よくも、私の服をこんな事にしてくれたわね。これでも食らいなさい。」
しかし、何も起こらなかった。
「って、変換できないじゃない!」
エリエルは、大きな弁当を蹴飛ばし、再び走る。そのすぐ傍を、クレアの剣が掠め、チェルシーの光の鞭が岩を抉った。
「何で、魔力に変換できないの!? 食べ物であろうと物質なはずでしょ。それに魔法で出したのだから、それは魔力に変換できるはずなのに。」
何故、変換できなかったのか。
僕の魔法は負の魔力との相対性だ。そして、それが特異なのは、正常な魔力が発動できる環境下では、僕の魔法は高出力での発動が出来ないと言う事だ。これは、相対性が起因している。つまり、僕の魔法は、負の魔力があればあるほど強いと言う性質。ここで、一つの仮定が生まれる。
「僕の魔法は、負の魔力を媒体としている……?。」
そう呟いた。
「そんなのありえない! 負の魔力を人が扱うなんて、不可能よ。」
エリエルは間髪入れず、否定する。が、その文言には説得力を感じられなかった。
「あら、お喋りなんて余裕なのね。」
チェルシーは僕に目掛けて、鞭を振るう。その鞭は地面を跳ね、僕の目のすぐ上を掠め、周囲をさらに赤くさせる。
「チェルシー、エリエルは生捕りだからね。傷物にしていいのは、ユウキだけたからね。」
「わかっているわ。だから、こうしてユウキを狙っているの。」
「念のために言っただけよ。」
そんなやり取りをしながら、二人はニヤニヤと笑みを浮かべる。
「今は、僕の魔法の事はどうでもいい。事実としてあるのは、僕の魔法は、魔力に変換できないってことだけだ。」
エリエルは押し黙り、唇を噛んだ。
「なら、やっぱり一か八か、ユウキの魔法で切り抜けるしかないわね。」
「爆発物は無理だ。巣穴で使えて、二人の足止めを出来るもの。そして、僕達が巻き込まれなくて、彼女達を殺さずに、生捕りに出来る何か——」
視界の端で何かが動く。気が付くと、足元から壁を出していた。クレアやチェルシーとの間に分厚い壁がある。僕は発動しようとする前に、魔法を無意識に発動していた。
が、これもその場しのぎに過ぎない。直ぐに壁には亀裂が入り、刻まれ、瓦礫と化した。
「……やはり、ダメか。」
僕がほんの少し肩を落とした。が、一連の行動を見ていたエリエルは、僕の手を握った。
「それだ! それがあるじゃない!」
「いや、今通用しなかっただろ。見ていなかったのか?」
「そんな事は問題じゃないわ。これで、この場は切り抜けられる。」
何やら、エリエルが鼻息を荒くしている。
「それってどれなのか、教えてくれるかしら?」と、クレアが僕達の会話に入ってきた。その直後、彼女の後ろで、チェルシーが鞭を振るうのが見えた。
「今よ! 横からさっきの出して!」
エリエルがいきなり叫んだ。
その声に、反射的に壁を作り出す。その壁はクレアを真横に押し出す様にして、現れた。
視界から消える程、吹き飛ばされるクレア。が、現れた壁は、直ぐに鞭が突き破り、大きな音を立て、瓦礫になっていく。
「そう、それ! そうして、その壁をクレア達にぶつけ続けるのよ。」
「ああ、そうか。それがあったか。」
ゴブリンとの闘いでは、当たり前に使っていた移動手段。僕は気が動転していたのか、エリエルに言われる今の今まで、完全に忘れていた。
その移動手段を攻撃に使う。それは余りにも単純な発想だが、この狭い巣穴では、有効な手段であった。クレア達の攻撃をする瞬間や、した後の隙を狙い、視線を遮り、彼女達にぶつけ、進行を阻み続ける。
壁は彼女達からしたら、薄板の様なものだろう。直ぐに崩され、ダメージも少ない。ただ、邪魔だけを続け、僕らは逃げ続けた。
次第に距離は開き、僕らは脇道に逸れ、崖の底に流れる川。その横にあった、小さな窪みの下に身を隠す。
クレア達が起こす騒音も次第に止み、息をひそめていた僕らは、少し気を緩めることが出来た。
僕は熱を持ち始めた、傷を洗浄するため、川で水を掬う。
「やめて起きなよ。その川、どんな雑菌が繁殖しているのか、わからない。」
エリエルが壁にもたれかかり、ため息交じりに言った。
「ここは、川の流れが速い。ゴブリン共の汚水は、既に流れているさ。問題ない。」
水を掬い、傷口に当てた。痛みと熱が沁みると共に、ひんやりとした冷水が赤色に濁っていく。
「で、これからどうする?」
「クレア達を洗脳した奴がいるはずだ。あの広場に二度の侵入で、洗脳するという魔法を掛けた奴がいるはず。」
エリエルは目を閉じ、顔を俯かせている。
「そいつが死んでいたら、洗脳は解けるのか?」
「わからないけど、解けるとしたら、それしかない。あの二人と対峙するのは、部が悪いし、根本原因を叩かなきゃ、勝ち目はないわよ。」
僕はエリエルと話ながら、生成した物で、焚火が出来ないか試す。
「ってなにしてるのよ! やめてよね。焚火なんてしたら、見つかっちゃうじゃない。」
そう言って、身近にあった小石を、僕の後頭部にぶつける。
「いてっ。」と、大きな声を上げ、辺りに響いた。
「静かにしなさいって。本当、余計な事ばかりするわね。」
エリエルは深いため息をついた。
「さっきは僕のおかげで逃げ切れたのに、ひどい言い草じゃないか。」
「それとこれとは、話が別よ。もう余計な事はせず、今日は休みなさい。二人ともボロボロなんだから。洗脳の犯人を捜すのは、明日にしましょう。」
「はいはい、わかったよ。」
僕は、眠りに着く前、洗脳の解き方、ゴブリンの習性、そして、どこに潜んでいるのかを考えていた。が、疲れていたのか、考えがまとまらず、気が付いたら眠りについていた。
僕とエリエルは、ここで一晩を明かした。




