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決着

 湯煙と砂煙が入り混じり、負の魔力が漂う中、僕は再び、キングゴブリンと対峙していた。


 「奴はまだ、こちらに気づいていない。」


 彼女は、僕の後ろに身を隠し、機会を伺っている。


 チャンスは一度だけ。それを逃せば、死ぬ。そう意識しただけで、喉が乾き、汗が落ちる。


 僕はゆっくりと、音を立てず、息を殺して奴に近づく。


 出来るだけ、近くまで接近しなければならない。それが作戦の肝だ。


 至近距離からの不意打ち。確実に成功させる。


 そこからは、物量でひたすら押し切るだけ。大事なのは、先手を取る事。それだけだ。


 それらを反復する度に、吹き出す汗の落ちる音が、爆発の様に感じる。


 キングゴブリンは僕の捜索を諦め、巣穴に帰ろうとしている。それに半歩ずつ近づき、ジリジリと距離を詰めていく。


 徐々に足を急かし、音を立てず、素早く移動する。歩みは段々と小走りになり、気が付けば走っていた。


 完全に背後を取った。と思った、その時だった。


 「背後からの不意打ち、そんな事が成功すると思っている。やはり貴様らは下等だなぁ。」


 キングゴブリンは振り向き、軽々と僕の攻撃を避け、拳で反撃する。


 その拳を躱そうと身を捩るが、拳はこめかみに掠り、鉄の臭いが鼻をついた。血が顔を赤く染め、視界を赤く歪ませる。


 「魔力の対流だったか。それで貴様らは、我らの居場所をわかるのだろう? しかし、我らも同じことが出来ないと思うのか。その無自覚の油断が、こんな単純な罠に掛かるのだ。」


 「……ッ。くそ。」


 僕はこめかみを押さえ、止血を試みる。その後ろで、動き出しそうなエリエルの手を握り、制止する。


 「フッ。気が付いておるぞ、そこの小娘の存在もな。もう万策尽きたのか? 顔が怯えておるぞ。」


 「策なんてなくとも、僕の魔法で、すぐにでも倒してやるよ。」


 「それが出来ないから、困っておるのだろう? 貴様の魔法は強力だが、ワシはそれを相殺して見せた。それだけでは、どうにもならんぞ。今度こそ、殺してやるからな。」


 「言ってろ。そうやって油断していると、痛い目見るぜ! 気色の悪い肉達磨がよ。」


 「もう挑発しか出来んのか。なんと情けない。」


 キングゴブリンは、見透かしたかの様な目で、僕を見据えた。


 その余裕な態度に、僕は軽く舌打ちをした。


 「挑発にも乗ってくれないとは、ずいぶんと余裕がないな。長とは思えない器だな。僕が殺した奴らも、そんな姿を見たら、幻滅してしまうだろうに。」


 「フン。安い挑発に終始か、そんなもので冷静さを欠くわけがないだろう。だが、今のは腹が立つな。ヨシ、貴様はかつてない程、残酷な殺し方をしてやろう。」


 キングゴブリンは、両手の爪をギラつかせた。


 対峙し、緊張状態が続く。瞬きすら許されない、その一瞬の油断が致命的となる。


 キングゴブリンをジッと見る。今の僕は、どんな挙動も見逃さない自信があった。それは、僅かな予備動作、筋肉の収縮、眼球の一瞬の動き。その一瞬の隙をつき、それが勝機となる。 


 湯煙や砂埃が目を洗い、涙が溢れ、充血する。そんな最中、この緊張状態は崩れた。


 それは、一瞬の気のゆるみ。キングゴブリンの眼球が一瞬、僕ではない方向に動く。その視線の揺れを、僕は見逃さなかった。


 何の合図もなく、僕達は音もなく、キングゴブリンを襲う。が、その強襲は失敗だった。


 「そうくるだろうと、思ったわ! 隙を見せれば、必ず襲ってくるとな!」


 キングゴブリンはそう言うと、僕達に火の玉向け、狙いを定める。ここまで至近距離では、相殺はおろか、避けるのも難しい。しかし、キングゴブリンは、火の玉を放つのを躊躇った。


 それは、僕らが同じ顔、同じ身長、同じ風貌をしていたから。即ち全く同じ僕が、二人してキングゴブリンに、襲い掛かってきたからである。


 その一瞬の躊躇が、全てを後手に回させる。


 「いや、手前の奴だ! 後ろのは、先ほどまで小娘だったはず!」


 キングゴブリンが、そう叫んだ時には、僕らは既に魔法を発動させていた。


 「遅いね、もう手遅れだ。この距離では相殺は不可能だ。押し切れる!」


 そう言い、魔法を放つ瞬間、後ろにいたもう一人の僕が躓き、衝突。僕は体制を崩した。


 その隙を、思慮深いキングゴブリンが、見逃すはずが無かった。転びかけた瞬間、残る全ての火の玉を僕に向け、集中砲火にする。


 「ワハハハ! 折角の絶好の機会を、みすみす逃すとはな。これで、ワシの勝ちだ!」


 キングゴブリンは続ける。


 「まずは、手前の貴様だ! 貴様さえ殺せば、後ろの小娘は生け捕りにして、死ぬまで嬲り、孕ませてやる!」


 勝利を確信したキングゴブリンは、そう叫び、雄叫びを上げた。


 そう、この瞬間を待っていた。キングゴブリンが、勝利を確信する瞬間。


 それこそが、最大の勝機。


 火の玉が衝突する瞬間、僕は火の玉を火球で相殺していた。全ての火の玉を防ぐのは無理だったが、それでも僕一人が生き延びるだけなら、それで十分だった。


 そして、奴が勝利を確信した瞬間、隙だらけのキングゴブリンを、もう一人の僕が、夥しい数の未知の兵器で、襲う。


 キングゴブリンの皮膚は爛れ、肉を抉り、骨を粉砕した。のたうち回り、叫んだ。自身に何が起きたか、理解できていないのか、推論を立てては、自身で打ち消し、僕への憎悪と痛みで、ほとんど言葉になっていない。


 「状況が分からない様だから、教えてやるよ。」


 そう言い、僕は煙と砂埃の中から姿を現す。


 「貴様‼ ワシを騙したな!」


 「人は隙を見つければ、勝利を確信し、自分が隙だらけになっている事に気づけない。だからこそ、圧倒的有利を確信させる必要があった。」


 私は続ける。


 「一度は勝利し、策に上手く嵌め、相手の隙を見つけた貴様は、私達が入れ替わっていた事に気が付かない。ここに姿を現した時からね。」


 「貴様ぁぁぁ!」


 そう絶叫すると、キングゴブリンは動かなくなった。


 私は顔を拭き、鏡を取り出した。


 「うん。やっぱりこの顔がいいわ。」


 その鏡には、いつものエリエルの顔が、映し出されていた。


 一方その頃、ゴブリンの巣である、洞窟の奥地。辺りは湿度が高く、洞窟上部からは、水滴が落ち、水の音が鳴り響いている。その、水滴の音に紛れ、最深部の方から、断末魔が聞こえる。


 少し進むと、ポツポツと魔物だったものが、あちらこちらに散乱し、周辺を赤く染めていた。更に奥には、死体が積み重なる様にしている。それすらも超え、開けた場所に、数個のゴブリンの生首を転がし、中央には、一人の裸の女性と、シスター服を着た女性が、血だまりに浸っていた。

 裸の女性は、額にある、そこらにある魔物と同じ刻印を、怪しく光らせている。


 その刻印は、キングゴブリンが死んだ後も、消える事は無かった。

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