ペンダント
赤い。
辺り一面、真っ赤な光。
「何が起きたのか。」
僕は胸元でフワフワと浮いている、ネックレスを眺める。
「意外と早かったね、もっと遅くなると思ったのに。」
ネックレスから、声が聞こえる。聞き覚えのある声だ。
「何それ、忘れちゃったの? あんな感動的な別れ方したのにね。 数日合わないうちに、記憶喪失にでもなっちゃった?」
誰だ。チェルシーでもない。クレアとも違う。
「やっぱり忘れちゃったのね。この天才を忘れるとは、ドボスも草葉の陰で、泣いているよ。」
エリエルは、髪を耳に掛けた。
「…ドボスは死んだのか。」
息が少し苦しくなる。
「ギリギリまで、住民を食い止めていたからね。ユウキ達が消えた事がバレた時にね。まぁ気にしなくていい。事故みたいなものだし。」
「すまないな、エリエル。助けてやれなくて。」と、言った瞬間、右頬に衝撃が走った。
「勝手に殺すな! 私は生きているわ!」
目が眩み、しっかりと辺りを見渡す。目の前には、死んだはずのエリエルが立っていた。
「だって、ドボスは死んだって。ドボスの正体は、エリエルなはずだから。」
「いや、魔法人形が壊れただけだから。」
「え、紛らわしい事いうなよ。ちょっと、泣いちゃったじゃん。」
エリエルはため息をつく。
「本当になんだったの? 仲が良かったユウキが、傷つくかなって思って、気を使ったのにさ。何その態度。」
「だって、ドボスがエリエルだって、認めさせたのは、お前らの方…ってか、何でここにいるの? 捕まっているんじゃなかったっけ?」
「そうだけど、冷めすぎでしょ。あんなに泣きそうな顔で、別れたのにさ。」
エリエルはそう言うと、座り込んだ。
「まぁ吹っ切れたのなら、いいわ。」
「それでも、悲しいけどね。でも、何となく察していたし。」
別れた時、何となくこうなるとわかっていた。彼の態度が僕にそう思わせたのだ。
まぁ、そのドボスもエリエルな訳だが、こうして話していると、不思議な気分になる。
彼女の他人事の様な話し方のせいだ。
「なぁ、変装している時は、どういう気持ちでいるんだ? やっぱ主観的には、エリエルのまま? それとも、別人になっている?」
「そんな事は、どうでもいいでしょう。」と、はぐらかされてしまった。
エリエルは、コホンと一つ咳払いをし、こう仕切り直す。
「時間が無いから、手短に話すわ。」
彼女が僕を見据える目が、真剣な眼差しに変わる。それを受け、僕も心を整えた。
「ここは、ペンダントの中なの。身に着けている人が、死を覚悟した時、一度だけ、この中に逃げ込めるの。正確に言えば、身体は一度分解されて、精神だけが、亜空感に飛ばされているのだけどね。」
「それ、分解して大丈夫なのか?」
僕は、それに疑問を呈すが、エリエルは胸に手を開け、鼻息を荒くさせた。
「当然でしょ? 私の魔法だもの。出る時に再構成されて、何もかも元通りよ。おまけに、傷とかも治しちゃうわ。」
「それ、物凄い魔法なんじゃないか? その分、生命力の消費も過ごそうな感じがするけど。」
「たぶん、十年ね。」と、エリエルは平然と答えた。
「え?」と僕は聞き間違いかと思い、問い直した。が、結果は変わらなかった。
「だから、十年分よ。だから、もし、会えたら、結構お姉さんの見た目になっているかもね。まぁ、変装するから、ユウキにはわからないだろうけどね。」
十年。成る程、命を救う魔法の代償としては、妥当な範囲なのかもしれない。
僕も自身の魔法の代償を払っているが、本当の所、どの程度の代償かは、自覚出来ていない。
疲労や、魔法の内容、自身の見た目の変化から推測している。僕の魔法は恐らく、一年程度か、そこらだ。結局、僕の魔法は、物質の生成という一点のみの拡張でしかない。それに加えて、条件も付けくわえている。だからこそ、この程度なのだ。
「あ、勘違いしないで。別に、ユウキの為の魔法ではないからね。ユウキと出会う前から、持っていたものだから。私はこうして、魔法を体得するのが趣味なのよ。」
彼女は笑顔でそう言う。しかし、そんなエリエルを、僕は心配になった。
「それ、大丈夫なのか? かなり身体に負担が来ているはずだ。この前、見せて貰った魔法の時も、かなり疲労していたし。」
「この前って、十年も前の事でしょ? っていうか、ユウキも十年くらい消費しているじゃん。眠ってたけど。」と、彼女は苦笑いした。
「って、そんな事はどうでもいいの。話を戻すわ。」そう言い、彼女はこの魔法と、現在の状況を説明した。
どうやら、この空間は、時間制限があるらしい。後、幾ばくかの時が過ぎれば、僕はペンダントの外に、戻る。
それまでに、なんとしても、キングゴブリンを打倒する方法を考えなければならない。そうしなければ、また同じ事を繰り返し、今度は本当に死んでしまう。
そんな危機的状況にあるのが、僕の置かれた現状だった。
「自分が置かれている、状況がわかった?」
エリエルは腰に手を当て、息を吐きながら、手のひらを向けた。
「それはわかったけどさ。その条件なら、何でエリエルは、ここにいるんだよ。」
「私は例外なのよ。私だけは、自由にペンダントの中を行き来できるの。移動する事も出来るわ。つまり―」
「つまり。」と、僕は復唱していた。そして、彼女の言葉を追い越し、「エリエルが倒してくれるのか。」と、言っていた。僕の願望が表出した瞬間である。
「違うわよ! あんな化け物を、倒せる訳ないでしょう。私の攻撃魔法は、火球を出す程度よ。打ち合っても、一瞬しか持たないわ。」
「なんだ、頼りないな。」
僕の、その気のない返答に、エリエルは、頭を抱えた。
「あのね、そもそも私は、補助魔法が主なの。戦闘が必要な瞬間なんて、滅多にないし、あったとしても、補助魔法で乗り切れる事がほとんど。出来なくとも、戦闘は、身体を鍛えているクレアに、任せておけばいいし。」
彼女は目を閉じ、呆れた様子で話した。
「でもさ、クレアの魔法は、戦闘向きじゃないだろ。」
「そもそも、魔法で戦闘をする事がないのよ。だから、便利な補助魔法とかに偏るの。ユウキは日常的に、殺し合いを想定して、暮らしてるの?」
彼女は嫌味たらしく、問いかけた。
「じゃあ、エリエルが来ても、意味ないね。」
「そんな事ないわ。聞いてなかったの?」
「何が?」と、食い気味に僕は返答する。
「だから、数秒程度は、相殺出来るのよ。」
エリエルも、僕が言い終わるのを、待たずに答えた。
「だから、数秒しか出来ないなら、意味ないって、言っているんだけど。」
と、そこまで言い合いが続いた所で、エリエルは、僕の背中を叩いた。
「もういい、埒が明かないわ。もう時間もないから、要点だけ話す。」
エリエルは、僕の疑問を置き去りに、キングゴブリンを倒す算段を、説明してくれた。
「—というわけよ。リスクは高いけど、あれを倒すには、これしかないわ。」
「……危険すぎないか。」
「なら、他に策はあるの?」
「……いや。」
僕は、その言葉に納得するしかなかった。
「もう時間もないわ。」
心無しか、辺り一面の真っ赤な光が、弱まっている様な気がした。
「じゃあ、リベンジしに行きましょう。」
エリエルは、笑っていた。それと同時に、光は絞られていき、空間は狭くなっていく。
「あ、そういえば、エリエルは何で、ここで待っていたんだ? っていうか、何で、色々知っていたんだよ。」
「それは、このペンダントを通して、全部見てたからよ。」
「全部って。」と、僕は背中がヒヤリとした。
「そりゃ、全部よ。情けなく、泣きじゃくるユウキも、クレアとの事も全部見ていたわ。まぁ、クレアは知っていたはずだし、見せつけているもんだと、思っていたのだけれど。」
「忘れろ! マジで!」
顔が紅潮する。その後を追う様に、羞恥心に苛まれた。
「今は目の前の事に集中しなさいよ。」
「誰のせいだ!」
僕は既に涙目だった。
「じゃあそろそろ、本当に時間よ。」
エリエルはそう言い残し、赤い光に包まれた。
ふと気が付くと、重さを感じた。湯煙と土埃が目に沁みる。そして何よりも、まとわりつく、負の魔力が発する不快感。
僕達は、ペンダントの中から戻っていた。
「さぁ、反撃開始よ!」




