弱点
晴れやかな気持ちの中、凡百のゴブリンを次々と、片付けていく。
彼らの悲鳴や、怒号、僕の魔法から副次的に発せられる爆発音や衝撃音、それら全てが小川のせせらぎの様に静寂で、クラシック音楽の様に完全な調和に、感じられる。
一つ、また一つ、襲い来るゴブリンや、異種族のモンスターのメス達を二つ、三つにしていく。
落としていくミサイルも、流星の様に流れ、生成したロボット達の軍勢から発せられる銃弾も、煌びやかな夜景の様に、光が流れる。そこから奏でられる旋律を、乱さぬように、クレアの居場所に通さぬ様に、ゴブリンを一匹も残らぬように、注意深く、神経質に。けれど優雅に。魔法で無機質な質感の物を、生成していった。
どれだけ生成しても、魔法は途切れる事は心配もさせない程、無限の様に物質を生成していた。もはや、僕が知っている事が枯渇しそうな勢い。
それこそが、このゴブリン達が、どれほどの脅威かを表していた。
僕の魔法は負の魔力と物質生成の相対性である。つまり、弱い相手こそが弱点であり、脅威であればあるほど、困難であればあるほど、僕の魔法は真価を発揮するのだ。
だからこそ、これほどの相手なのかと、魔法を使うたびに思う。が、それも、この過度な集中にほだされ、消えていく。
この甘美な騒音が鳴りやむ頃には、一面にいたゴブリンの軍勢は姿を消していた。残骸を残して。
「なっ何て事だ、こんな小僧に息子達が、なんと惨い姿に。許さん、許さんぞ。」
キングゴブリンは手遊びしていたメスを放り、泣きながら、ゴブリンの残骸をすくい上げた。
「それで、チェルシーはどこなんだ。」
僕はキングゴブリンに向けて、歩いていく。
「殺してやるからな。」
「僕の質問に答えろよ。」
凄む僕に、意外にもキングゴブリンは冷静なのか、いきなり襲い掛かる事はなかった。
「人間なら、洞穴の奥にいる。が、アレはここが好きらしくてな、離れたくないとワシに甘えるのだ。」
「そんなわけがない。彼女がそんな事言うはずがないだろう。」
僕は拳を堅く握り、目を血走らせた。
「そんなに言うのなら、自分で見てくるがいい。ほれ、入れ。」
キングゴブリンが指を鳴らす。すると、奥の方から腹を膨らませた女性や、モンスターのメス達、他に魔法で作ったであろう、魔法生物が出迎える。それらは刻印が記されており、恍惚とした表情をしていた。
「ワシはまた子作りに励まなければならんのだ。貴様が殺したせいでな。」
そう言うと、キングゴブリンはメス達に手を伸ばした。
罠としか思えない。先ほどまで殺すだのと、物騒な事を言っていたのだから、当然だ。
「私が見てくるわ。ユウキはあのデカいのを相手にしていて。」
クレアが剣を握り、一歩前に出る。
「大丈夫なのか? 相手は何らかの洗脳か、または幻術を持っているはずだ。」
「大丈夫よ。幻術なら私の方が詳しいわ。ユウキはまだ魔法を習得したばかり。正面からの戦闘は出来ても、搦め手には弱いわ。」
否定は出来ない。どれほど魔法が強力であっても、僕はまだ幻術の解き方も知らないのだから。
「わかった。ヤバくなったら、逃げろよ。」
「フフッ。チェルシーを連れ帰って来るから。ユウキこそ、コイツをキッチリ倒しなさいよ。帰ってきたら、情けなく助けを求める、なんて事になったら最悪だわ。」
「ならないよ。コイツはちゃんと強いから。」
「そうね、ここだけ負の魔力が何倍も濃いもの。でもね、忠告してあげるけど、あなたの魔法は、明確な弱点があるのよ。さっきはゴブリン達が油断していた上に、初見だったから、何とかなったに過ぎないわ。」
「わかっている。」
そう、この魔法は強力だが、致命的な弱点がある。
だからこそ、決着を急いだ。
身体に負担を掛け、自身を囮の様に、わざわざゴブリンの目の前を動き回ったのも、そのためだ。
実際は体力も限界が近い。いくら魔法を持っていたとしても、負の魔力に当てられ、消耗するのは、変わらない。
「早くいけ。今はチェルシーが最優先だ。」
僕はそう言い残し、キングゴブリンの方へ走った。
強く地面を蹴る。大きな一歩、大きな前進。徐々に地面と足が、接している時間が短くなっていく。
そして、キングゴブリンがこちらに気が付いた瞬間、僕は奴の視界から消えた。
魔法で足元に柱を出し、高らかと飛んだ。それと同時に背後には、自動運転の戦闘機や爆弾、ミサイルの数々を生成し、猛攻撃を仕掛けようとしていた。
その時、僕が見たのは、意外にも、キングゴブリンの満面の笑みだった。
仕掛けた攻撃は、次々と撃ち落とされていく。
キングゴブリンの魔法。それは、ただ、シンプルな火の玉。だが、異常なのはその量だ。辺り一面に広がっている。それが、キングゴブリンを明るく照らし、僕には逆光となる。
僕は目が眩んで、動けない。出来るのは、遠距離からのミサイルや戦闘機、ロボットなどでの遠距離攻撃だけだった。
それを正確に、キングゴブリンの火の玉が相殺した。
「ぐぴぃ。どうだ? それほどの魔法、何等かの弱点があるに違いない。だからこそ、決着を急くのだろう? このまま、相殺していれば、ワシの勝ちよ。先ほどのメスもワシの物だなぁ。」
奴の姿は見る事が出来ないが、下卑た笑みを浮かべ、勝ち誇っている姿が、その声色から、容易に思い浮かんだ。
「貴様が出涸らしになるまで、このまま相殺し続けてやる。先に息子達を殺したのが間違いだ。この魔法は息子達が死んだ時に、一度だけしか使えないのだからな。火の玉一つで、一人の命だ。可愛い息子達の無念を、晴らさせてもらうぞ。ひひっ。」
キングゴブリンは、口に含んだ、粘り気のある唾液をまき散らしながら、怒鳴り散らす。その唾液は、僕の足元に飛んできたのを、気にも留めなかった。
このままでは、まずいかもしれない。
僕の魔法は、常に現世を思い浮かべながら、物質を生成しなければならない。
つまり、魔法の性能よりも脳への負荷が異常なのだ。この魔法の発動中は、常に二つ以上のタスクを同時にこなす事になる。長引けば、長引く程、脳は疲労し、負の魔力の影響で体力は消耗。何より、相手も消耗する事で、こちらの魔法も弱体化してしまうのだ。
これが、この魔法の弱点。そして、僕の弱点だ。
つまり、キングゴブリンに勘づかれ、消耗戦に持ち込まれた時点で、僕が勝つのは、相当に難しい。
守りに入った相手を崩すには、相当な実力差がないといけない。なにしろ、相手は攻撃に転じる必要はなく、こちらは常に相手の火力を上回る必要がある。それが精神的優位を守り側に持たせ、隙が無くなる。
そして、先にゴブリン達を始末したせいで、キングゴブリンは油断する訳もない。
即ち、僕は絶体絶命の窮地に立たされている。
こうなる事はクレアは見抜いていた。だからこそ、あの言葉なのだろうが、はたして、打開策まで思い浮んでいたのだろうか。
クレアの事だ。思いついていたら、話していただろう。
「ブハハ。早く力尽きろ。貴様を殺し、先のメス達を女王に据え、何十匹のゴブリンの母になって貰わなければなぁ。なぁに、直ぐに自分から懇願するようになるのだから、安心しろ。お前のチェルシーの様にな!」
キングゴブリンは高笑いをし、更に火の玉を速めた。
「その妄想は叶わない。今すぐお前を殺すからな。」
「減らず口が。今の貴様に打つ手が無い事は、わかっておるぞ!」
そう会話している間にも、僕は少しずつ、何も浮かばなくなり始めていた。
次第に生成される物の制度が落ち、中途半端なものが増えていく。火の玉との衝突地点は、ジリジリと僕の方へ傾く。
思考の働きが鈍く、意識も朦朧とし、いつしか僕の目の前で、火の玉を遮るのがやっと。
脳は限界を迎えていた。
僕は負けるのだと悟った。
膝をつき、目を閉じ、クレアとチェルシー、そしてエリエルへの謝罪と、もう少し、異世界に居たかった、という後悔を抱え、前のめりに倒れ込む。
その時、首から下げていたネックレスが、赤く光り出し、暖かい光が僕を包んだ。




