第9話 鉱山の深淵、覚醒する補助術
黒鉄鉱山の奥へと進むにつれ、空気はさらに重く淀んでいった。
岩肌は黒鉄鉱の結晶でぎらつき、壁面からは不気味な紫色の光が漏れ出している。魔力濃度は限界に近く、息を吸うだけで胸がざわついた。
「……嫌な気配がする」
アリシアが剣を構え、辺りを見回す。
「ここが敵の巣ね」
リリアが杖を握り直し、低く呟いた。
「間違いありません。魔王軍の幹部級が、ここにいます」
その時だった。
坑道の奥から響いたのは、重々しい足音。そして、闇を切り裂くように赤い光が灯る。
姿を現したのは、全身を漆黒の甲冑で覆った巨躯の魔族――魔王軍幹部《血鉄のオルド》。
「グゥゥ……侵入者か」
低く唸る声が、坑道を震わせる。
「王都の勇者どもではないな……。だが、同じだ。ここで朽ち果てよ」
その威圧感に、思わず息を呑んだ。勇者たちと行動していた頃でさえ、ここまでの存在感は感じたことがない。
「構えろ!」
アリシアが叫び、オルドが大剣を振り上げた。
次の瞬間、岩壁を砕くほどの衝撃波が襲いかかる。
「くっ……!」
アリシアが剣で受け止めるが、衝撃で後退させられる。リリアの氷槍が放たれるも、鎧に弾かれ火花を散らす。
「硬すぎる……!」
「さすが幹部級……!」
どうする。俺の補助で、どこまで通じる――?
心臓が早鐘のように打ち、焦燥が胸を締め付ける。
その時、オルドの赤い瞳が俺を捉えた。
「貴様……補助術師か」
唇が歪む。
「勇者どもに見捨てられた哀れな従者。貴様を最初に潰すとしよう」
巨体が地を蹴り、一直線に俺へ迫る。
「――レオン!!」
アリシアの叫び。
俺は恐怖で足がすくみかけた。けれど、その時――脳裏に浮かんだのは、勇者パーティで浴び続けた嘲笑の声。
「お前は無能だ」
「雑用だけしてろ」
違う。俺は――!
「〈補助術・……展開!〉」
口から、自然と新しい詠唱が紡がれていた。
「〈補助術・防御共鳴結界〉!」
眩い光が広がり、俺と仲間を包み込む。
オルドの大剣が振り下ろされ、轟音が響いた――が。
衝撃は光の結界に吸い込まれ、俺たちの身体は傷一つ負わなかった。
「なに……!?」
オルドの目が見開かれる。
俺は理解した。
これまで仲間を強化するだけだった俺の補助が――今、仲間を守る盾へと進化したのだ。
「アリシア! 今だ!」
「任せて!」
剣に力を込めたアリシアが結界の中から飛び出し、オルドの懐へ斬り込む。
リリアも同時に詠唱を完成させた。
「〈雷鎖連撃〉!」
雷の鎖がオルドの身体を絡め取り、動きを鈍らせる。
そこへアリシアの一閃が叩き込まれた。
轟音と共に、幹部の巨体が後方に吹き飛ぶ。
鎧が砕け、黒い血が飛び散った。
「……ぐっ……馬鹿な……雑用風情が……!」
オルドの呻きが坑道に響く。
俺は胸の奥から叫んだ。
「俺は雑用係じゃない! 仲間を支え、守り、導く――最強の補助者だ!」
その声は、かつての自分を断ち切る宣言のようだった。
オルドはなおも立ち上がろうとしたが、アリシアとリリアが左右から同時に攻撃を浴びせる。剣と魔法の連撃が炸裂し、幹部の身体はついに崩れ落ちた。
重い音を立てて倒れる魔族。坑道に静寂が戻る。
「……勝った、のか」
膝が震えそうになるのをこらえながら呟いた。
アリシアが俺の肩に手を置き、力強く微笑む。
「ええ。レオン、あなたのおかげよ」
リリアも頷き、興奮を抑えきれない声で言った。
「新たな補助術……共鳴型の防御結界。前例がありません。あなたは、本当に常識を超えた存在です」
胸の奥が熱くなる。
――俺はもう、過去の自分じゃない。勇者に捨てられた雑用係ではなく、仲間と共に戦う“最強の補助者”なんだ。