第8話 黒鉄鉱山の闇、魔王軍との遭遇
黒鉄鉱山は、噂以上に不気味な場所だった。
山の斜面には黒ずんだ岩肌がむき出しになり、坑道の入口からは冷たい風が吹き出している。まるで鉱山そのものが巨大な獣の口で、侵入者を飲み込もうと待ち構えているかのようだ。
「ここが……黒鉄鉱山」
アリシアが剣に手をかけ、周囲を警戒する。
「魔王軍の残党が潜伏しているという報告は確かだったのね。気配がするわ」
リリアは杖を構え、呟いた。
「魔力濃度が異常に高い……鉱石に魔力が溜まっているせいでしょう。戦闘になれば、周囲の環境も利用されるはず。注意してください」
俺は深呼吸して、二人の背に目を向ける。
――俺の補助がなければ、どんな強さも半減する。だからこそ、絶対に支えるんだ。
そう決意した矢先、坑道の奥から複数の足音が響いてきた。
やがて現れたのは、人間に似た体躯を持つ魔物たち――漆黒の鎧に身を包んだゴブリンソルジャー。目は赤く光り、手には黒鉄鉱で鍛えられた粗野な剣を握っている。
「グギャアアッ!」
甲高い叫びと共に、十体以上が一斉に突進してきた。
「来る!」
アリシアが剣を抜き、リリアが詠唱に入る。
俺は両手を広げ、声を張り上げた。
「〈補助術・連鎖強化〉! 〈補助術・感覚加速〉! さらに――〈補助術・魔力増幅〉!」
光が二人を包み込む。今度の補助は、肉体と感覚だけでなく魔力の流れそのものを活性化させるものだ。
アリシアは目を細め、剣を振りかざした。
「――行くわ!」
彼女の剣が稲妻のように閃き、突進してきたゴブリンを一瞬で斬り裂く。
速い。俺自身が強化の威力を感じ取れるほどに。
一方のリリアは杖を掲げ、高らかに呪文を紡いだ。
「〈火炎連弾〉!」
放たれた火球が通常の数倍の輝きを放ち、爆音と共に敵を吹き飛ばす。坑道の壁に叩きつけられたゴブリンたちは、悲鳴を上げる間もなく焼き尽くされた。
「……これほどの威力になるなんて」
リリア自身が驚きの声を漏らす。
「あなたの補助、ただの底上げではない。魔力の巡りを理想的に循環させ、詠唱の効率まで改善している……!」
「分析は後! まだ来るわよ!」
アリシアが叫ぶ。
坑道の奥から、更に大柄な影が姿を現した。
漆黒の鎧に身を固めたゴブリンナイト。手には大剣、背には禍々しい紋章の旗を背負っている。
その威圧感に、背筋が粟立つ。
「……幹部級だな」
アリシアが低く呟く。
「こいつを倒せば、残党の士気は落ちるはず。――レオン、力を貸して」
「もちろん!」
俺はさらに深く息を吸い込み、叫んだ。
「〈補助術・共鳴連結〉!」
光の糸がアリシアとリリアを結び、二人の動きが自然に噛み合う。
アリシアが突進を受け止め、リリアが横合いから魔法を叩き込む。攻撃と防御、剣と魔法が完全に連動し、ゴブリンナイトを圧倒していく。
大剣が振り下ろされる。
だが、アリシアは紙一重でかわし、リリアが炎を浴びせる。
その隙に――。
「今だ、アリシア!」
「――はああああっ!」
渾身の斬撃が鎧を真っ二つに裂き、ゴブリンナイトの巨体が地響きを立てて倒れ込む。
静寂。
坑道に残るのは、息を整える俺たち三人だけだった。
「……やったな」
思わず漏らした声に、アリシアが笑みを浮かべる。
「ええ。レオン、あなたのおかげよ」
リリアも眼鏡の奥で瞳を輝かせていた。
「素晴らしい……! 補助術がここまでの効果を発揮するなんて。やはり、あなたは稀代の存在です」
胸が熱くなる。
勇者たちに切り捨てられた俺が、今はこうして最強の仲間たちと共に勝利を掴んでいる。
――これが、俺の冒険の始まりだ。