第5話 宮廷魔導師リリアの誘い
血の匂いがまだ漂う森に、沈黙が落ちていた。
五匹の魔獣を一瞬で斬り伏せたアリシアの姿に、勇者パーティは何も言えずに立ち尽くしていた。
最初に口を開いたのは勇者アランだった。
「ふ、ふん……王女殿下が本気を出しただけだ。レオンの力なんて、たまたま噛み合ったに過ぎん」
それは強がりに過ぎないと誰もがわかっていた。バルトも、エリスも、マリナも、目を逸らすばかりだ。
アリシアが一歩前に出て、剣を下ろした。
「あなたたちの実力を否定する気はない。けれど、レオンを無能と決めつけた時点で、あなたたちは彼を失った。――それがどれほど愚かしいことか、わかったでしょう?」
その一言は、鋭い刃のように突き刺さった。
勇者たちは返す言葉もなく、やがて気まずそうに踵を返した。
「……行くぞ」
アランの声は低く、かつての威勢を失っていた。
松明の光が遠ざかり、森に再び静けさが訪れる。
俺はようやく息を吐き、肩の力を抜いた。
「……終わった、のか」
「ええ。だけど、これは始まりよ」
アリシアはまっすぐにこちらを見て微笑んだ。
「あなたがどれほどの存在か、証明していくのはこれから。私と一緒に、ね」
胸が熱くなる。勇者たちの嘲笑は消え、今はただ、信じてくれる仲間が隣にいる。それだけで十分だった。
――そう思った矢先だった。
森の奥から、静かな足音が響いてきた。
現れたのは、長い黒髪を揺らし、深い青のローブをまとった女性。透き通るような瞳は知性の光を宿し、手には杖を携えている。
「……やはりここにいたのですね、レオン殿」
その声は落ち着いていて、同時にどこか挑むような響きを持っていた。
「あなたは……?」
「王立魔導院に仕える宮廷魔導師、リリア・クロイスです」
その名を聞いて、アリシアが目を見開いた。
「リリア! なぜこんな所に?」
リリアは静かに微笑む。
「王女殿下が抜け出していることなど、院にいればすぐに耳に入ります。……ですが、私が興味を持ったのは殿下ではありません」
彼女の視線が、真っ直ぐに俺を射抜いた。
「レオン殿。あなたの〈万能補助スキル〉について、ずっと調べていました。勇者パーティを支えていた影の功労者――それがあなたでしょう?」
心臓が跳ねた。なぜ彼女まで俺の力を?
「研究者として断言します。あなたのスキルは未解明の領域にあります。魔力の流れを補助術で最適化するなど、常識ではあり得ない。……ぜひ、私と共に解明しませんか?」
その言葉は誘惑のように甘く、理知的な響きを帯びていた。
アリシアが思わず口を挟む。
「ちょっと待って、リリア。レオンは私の仲間よ。勝手に――」
「仲間として認めているのは承知しています。でも、殿下。彼の力を一番理解できるのは、戦場より研究室に立つ者です」
アリシアとリリア。二人の美女の視線が、俺を挟んで交錯する。
胸がざわつく。勇者に切り捨てられた俺を、今は二人の才媛が“欲している”。
――雑用係だった俺が、ここまで求められる日が来るなんて。
「レオン殿。答えをください。あなたは――私と共に歩んでくれますか?」
リリアの問いかけに、アリシアの瞳が不安げに揺れる。
森の静けさが、余計に緊張を煽っていた。