第29話 勇者の残滓
白と黒の奔流がぶつかり合い、広場全体が震えていた。
耳をつんざく轟音、石畳がひび割れ、空が引き裂かれるかのような衝撃。
人々は逃げ惑いながらも、なお俺たちの戦いを見つめていた。
「レオン……ッ!」
アリシアが剣を構え、俺の背に立つ。
「ここで決めるのよ!」
リリアの魔法陣が頭上に輝き、雷鳴が轟く。
「魔力の限界は超えてる……でも、あんたなら束ねられる!」
ソフィアの祈りが声となり、震える空気を包んだ。
「神よ、どうか……彼らに最後の力を!」
俺は三人の想いを受け、叫んだ。
「〈補助術・完全共鳴〉!」
光の糸が仲間を繋ぎ、俺の体を中心に渦を巻く。
アリシアの剣が黄金に輝き、リリアの雷撃が白炎を纏い、ソフィアの祈りが翼のように広がる。
そのすべてを俺の術が束ね、一条の光となってアランへ突き刺さった。
「ぐああああああっ!」
アランの漆黒の大剣が軋み、砕け散る。
闇の瘴気が爆ぜ、黒煙が空へと昇った。
広場に光が差し込み、闇が押し返されていく。
観衆が息を呑む中、アランは地に倒れ込み、血を吐きながらもまだ俺を睨んでいた。
「なぜだ……なぜお前ばかりが……!」
彼の赤い瞳が苦しげに揺れる。
「英雄は……俺のはずだった……」
俺は歩み寄り、剣を振り上げることなく膝をついた。
「アラン……お前は、まだ勇者だよ」
「……なに……?」
「確かに闇に堕ちた。でも……あのとき、俺の結界を砕いた一撃の直前……ほんの一瞬、民を巻き込まないように刃を逸らしただろう」
アランの瞳が揺れた。
観衆がざわめく。
「俺は見た。……お前の中にはまだ、人の心が残ってる」
「黙れ……! 俺は……俺は……!」
アランが唇を噛み、血が滴る。
震える腕で俺に手を伸ばすが、その指先は弱々しかった。
ソフィアが近づき、涙を流しながら祈る。
「アラン様……どうか、最後に……人として帰ってきてください」
アランの瞳に、一瞬だけ赤ではなく、本来の青が戻った。
その口が微かに動き、かすれた声が漏れる。
「……レオン……すまな……」
次の瞬間、黒い瘴気が彼を包み込み、爆発的に散った。
広場に衝撃が走り、俺たちは必死に結界で防ぐ。
煙が晴れた時、そこにアランの姿はなかった。
ただ、砕けた黒い結晶の欠片だけが残っていた。
群衆は息を呑み、やがて割れんばかりの歓声を上げた。
「レオン様が勝った!」
「英雄だ! 本物の英雄だ!」
俺は拳を握りしめ、歓声の中で立ち尽くした。
――勝った。だが、終わってはいない。
アランはまだ完全には滅びていない。必ず、どこかで……。
そして、貴族派閥の者たちが陰から苦々しげにこちらを見ているのが、はっきりと目に映った。
――次なる戦いは、まだ待っている。




