第26話 公開戦、英雄失脚の罠
数日後。
王都の広場に異様な緊張が漂っていた。
貴族派閥が「真実を証明するための公開戦」を提案し、国王も民の動揺を抑えるために承認せざるを得なかったのだ。
「……公開戦、か」
俺は城壁の上から広場を見下ろし、深く息をついた。
民衆はすでに押し寄せ、数千人規模の人波が広がっている。
その視線は期待と不安に揺れ、英雄と呼ばれる俺を見つめていた。
「狙いは明白ね」
アリシアが剣を握りしめ、険しい表情で言う。
「民の目の前であなたを陥れる……アランが出てくるわ」
リリアは眼鏡越しに広場を観察しながら、冷静に告げる。
「罠は二重三重に仕込まれているはず。相手は“英雄失脚”を狙って周到に準備している。……慎重に動かないと」
ソフィアは両手を胸で組み、祈りのように俺を見つめた。
「けれど……あなたは必ず、真実を示せます。私は信じています」
その言葉が胸に染み渡り、震える心を支えた。
◇
やがて広場中央に舞台が整えられた。
司会役を務める老貴族が声を張り上げる。
「王国の未来を担う者は誰か! 英雄か、それともかつての勇者か! 今、ここで明らかにしよう!」
ざわめきが広がる中、黒い霧が舞い上がった。
そして現れたのは、闇に堕ちた勇者アラン。
その赤い瞳が俺を射抜き、冷笑を浮かべる。
「レオン……ようやくこの時が来たな」
民衆から悲鳴が上がる。
「勇者様が……!」
「いや、あれは……魔族のような姿に……!」
だがアランは両腕を広げ、声を張った。
「民よ、騙されるな! この男は卑怯な術でお前たちを洗脳している! 俺を闇に追いやったのも、この男だ!」
怒号が混ざり合い、広場の空気がざわめきで揺れる。
俺は一歩前に進み、声を張り上げた。
「嘘だ! アラン、自分の選択を他人のせいにするな!」
「黙れぇっ!」
アランが大剣を振り下ろす。
黒い瘴気の刃が広場を割り、人々が悲鳴を上げて逃げ惑った。
俺は即座に光の結界を張り、衝撃から民を守る。
その光景に、老貴族がわざとらしく叫んだ。
「見よ! 結界を張るふりをして民を混乱させている! やはり英雄など虚像だ!」
群衆の一部が動揺し、恐怖が怒りへと変わりつつあった。
――これは完全に仕組まれた罠だ。
アリシアが叫ぶ。
「レオン、気を取られるな! あなたが倒れれば、すべて奴らの思うつぼよ!」
リリアが素早く魔法陣を展開し、周囲の幻術を暴き始める。
「見えた……! 観客に紛れて、貴族派閥の魔術師が幻覚を撒いている!」
ソフィアは必死に声を張り上げ、群衆に祈りを届ける。
「どうか惑わされないで! レオン殿は真実を守る人です!」
だが、広場の空気は危うい均衡を保ったまま。
アランが一歩ずつ近づき、剣を俺に向けた。
「さあ、レオン……民の目の前で、俺に敗れろ。そうすれば英雄の座は俺に戻る!」
周囲の視線が突き刺さる。
これ以上逃げられない。
俺は深く息を吸い、拳を握った。
「――わかった、アラン。ここで決着をつけよう」
民衆の前、王都の広場を舞台に。
英雄と呼ばれた雑用係と、闇に堕ちた勇者。
宿命の決戦が、ついに始まろうとしていた。




