第22話 英雄視と、不穏なる影
王国騎士補佐長に任じられた翌日、王都は祭りのような騒ぎだった。
広場では民衆が声を合わせて俺の名を呼び、子どもたちが「レオンごっこ」をして走り回っている。
市場の商人たちまでが笑顔で俺に果物や布を差し出してきた。
「英雄様、どうかこれを!」
「王都を救ってくださった恩は一生忘れません!」
人々の喜びは嘘ではない。
けれど――その歓声を浴びながら、胸の奥にざらりとした感覚が残っていた。
「……レオン、浮かない顔ね」
隣を歩くアリシアが小声で言う。
「民に称えられているのに」
「嬉しいよ。でも……もし俺が倒れたら、この人たちの希望は一瞬で消える。そう思うと、重すぎて」
リリアが眼鏡を押し上げ、淡々と告げる。
「それが“英雄”というものです。力を得た以上、背負うしかない」
ソフィアは祈りの仕草をしながら、柔らかく微笑んだ。
「神は耐えられぬ試練を与えません。あなたが選ばれたのは、必然です」
俺は小さく息を吐き、拳を握った。
――逃げられない。なら、進むしかない。
◇
その頃、王城の一角。
議会で追い詰められた貴族派閥の者たちは、重苦しい空気の中で集まっていた。
「これ以上、あの男を放置すれば王国は彼のものになる!」
「勇者を失い、民は愚かにも補助術師を救世主と讃えている!」
老貴族が机を叩き、顔を歪める。
「我らにはまだ“切り札”がある。……闇に堕ちた勇者だ」
その言葉に、一同は薄笑いを浮かべた。
「利用するのです。かつての勇者が化け物と化したとき、民はどう思うか……“英雄”レオンがそれを止められなければ、失望は一気に広がる」
「そしてもし、止められたとしても……血で染まった光景を見せれば、“救世主”の仮面は容易く剥がれる」
陰謀の歯車は、音もなく回り始めていた。
◇
夜。
宿に戻った俺は、机の上に置かれた封書に気づいた。
見覚えのない封蝋。中には、血のような赤い文字で短く綴られていた。
――“次は王都が滅ぶ。お前の英雄譚はここで終わる”
背筋が凍る。
アリシアが眉をひそめ、剣に手を置いた。
「挑発ね……でも、これはただの脅しじゃない。必ず来るわ」
リリアも頷く。
「敵は次の一手を打つ準備を終えている。――恐らく、闇堕ちした勇者を先頭に」
ソフィアは胸の前で祈りを組み、震える声で呟いた。
「アラン……あなたが、完全に人ではなくなる前に……」
俺はその場で拳を握りしめ、声に出した。
「どんな襲撃でも、必ず防ぐ。英雄なんて柄じゃない。でも、守ると誓った以上、俺は退かない」
夜空の彼方で、不気味な狼煙が上がる。
――嵐は、もうすぐ王都を飲み込む。