第2話 初めての戦い、補助の真価
アリシア王女と並んで歩く街道は、ついさっきまでとまるで別世界のように感じられた。
ほんの数時間前、俺は勇者パーティに追放された“雑用係”だったのに、今は王国第一王女と肩を並べて歩いている。
「……信じられません。本当に、俺を必要としてくださるなんて」
思わず口から漏れた弱気な言葉に、アリシアはくすりと笑った。
「当然でしょう。私は戦場であなたの補助スキルを見たのよ。勇者の剣が冴えたのも、魔導師の魔法が成功したのも、聖女の癒しが間に合ったのも――みんなあなたが支えていたから」
その言葉に胸が熱くなる。誰にも理解されなかった力を、彼女だけは認めてくれていた。
だが、感傷に浸る間もなく、低い唸り声が木々の間から響いた。
――ガルルルルッ。
飛び出してきたのは、灰色の体毛を持つ巨大な魔獣ウルフだった。牙は短剣ほどに鋭く、目は血走り、こちらを狙っている。
「……ちょうどいい。あなたの力を見せてもらえるわね」
アリシアは迷いなく剣を抜き放った。銀の刃が月明かりを反射し、彼女の横顔を照らす。
だが俺は戦えない。俺ができるのは――支えることだけ。
「行きます!」
アリシアが駆け出した瞬間、俺は深呼吸し、呪文を唱えた。
「〈補助術・身体強化〉」
足元から淡い光が広がり、アリシアの身体を包み込む。力と速度を同時に高める複合補助。勇者パーティでは「地味すぎる」と笑われていた技だ。
だが、その効果は一目瞭然だった。
彼女の動きが風のように速くなり、剣が残像を引く。ウルフの突進を軽やかにかわし、逆に懐へ潜り込む。
「――はっ!」
鋭い一閃。銀の軌跡が闇を裂き、魔獣の首筋を斬り裂いた。
巨体が悲鳴を上げ、地面に崩れ落ちる。
あまりの鮮やかさに、息を呑んだ。
いや、鮮やかすぎる。俺がかけた補助が、これほどの力を引き出すとは――。
アリシアは剣を収め、こちらを振り返った。
「ふふ、これがあなたの力ね。私の剣技を何倍にも引き上げる……やっぱり必要不可欠だわ」
その微笑みは凛としていて、同時にどこか嬉しそうだった。
俺は自分の胸に手を当てる。心臓が激しく脈打ち、全身が震えていた。
――俺の力は、役に立っている。
勇者たちに「無能」と切り捨てられた日々が、頭をよぎる。あの時は必死で反論しようとしたが、誰も耳を貸さなかった。だが今、目の前で証明された。
「……ありがとうございます。俺のスキルを信じてくれて」
「礼を言うのは私の方よ。あなたがいれば、私は王国を守れる。魔王軍にも負けない」
アリシアの瞳が夜空よりも強く輝いていた。
その瞬間だった。
「おい、そこにいるのは……レオンか!?」
背後から聞き覚えのある声が響く。振り向けば、松明を掲げた数人の影。――勇者アランと、そのパーティだった。
バルトが嘲笑混じりに叫ぶ。
「雑用係がまだ生きてやがったのか。何をしている? あの魔獣を一人で倒したのか?」
アリシアが俺の前に一歩進み出る。
「この者は、私が必要とする補助者よ。あなたたちが捨てた宝を、私が拾ったの」
勇者たちの顔に、動揺が走った。
俺を無能と断じて追い出した彼らの前で、王女が“必要だ”と言い切ったのだから。
胸の奥で、静かな炎が燃え上がる。
ここから俺は証明していく。雑用係でも、無能でもない。
――俺こそが、最強の補助者だと。