第19話 闇に堕ちる勇者
村での一件から数日。
俺たちは村の復興を手伝いながら、次なる動きを探っていた。
村人たちは相変わらず俺を「英雄様」と呼び、祈るような眼差しを向けてくる。
そのたびに胸が熱くなるが、同時に重責も感じていた。
「……民の期待が大きくなるほど、敵の妬みも深くなる」
リリアの冷静な言葉が頭に残っていた。
◇
一方その頃、森の奥。
勇者アランは焚き火の前に座り込み、剣を握りしめていた。
かつて輝いていた瞳は、今は憤怒と嫉妬で濁っている。
「なぜだ……なぜ奴ばかりが称えられる……! 英雄は俺のはずなのに!」
そこへ、黒衣の影が音もなく現れた。
フードの下から覗く赤い瞳。魔王軍の幹部だ。
「力が欲しいか、勇者よ」
「……何を言っている」
「民はお前を嘲り、レオンを讃える。王国もいずれ彼を担ぎ、勇者を不要とするだろう。……だが我らに従えば、再び力を得られる」
影は黒い結晶を取り出し、アランの目の前に置いた。
「これを受け入れれば、お前の力は数倍に膨れ上がる。英雄の座を奪い返すこともできよう」
アランの手が震える。
躊躇の末、彼は結晶を掴み、歯を食いしばって囁いた。
「……あいつを、レオンを叩き潰すためなら……俺は、何だってする」
黒い光がアランの身体を覆い、狂気の炎がその瞳に宿った。
◇
その夜。
俺たちが村の防壁を修繕していると、見張りの兵士が叫んだ。
「敵襲! 森から魔物の群れが!」
急いで駆けつけると、闇の中から無数の魔物が現れていた。
その先頭に立つ影を見て、俺は息を呑む。
「……アラン」
勇者のはずの彼が、漆黒のオーラを纏い、目を赤く染めてこちらを睨んでいた。
「レオンォ……」
低く濁った声が吐き出される。
「俺から全てを奪ったお前を……今度こそ殺す!」
アリシアが驚愕の声を上げる。
「まさか……勇者が……魔王軍と……!?」
リリアの顔が険しくなる。
「禁忌の魔結晶に手を出したのね……理性を喰われている」
ソフィアが祈るように手を組む。
「アラン……あなたは本来、神に選ばれた人……どうか、闇に呑まれないで……!」
だがアランは笑い、剣を掲げた。
「神など知るか! 英雄は俺だ! レオン、お前をここで地に這わせる!」
彼の背後から、魔物の群れが一斉に飛び出す。
闇堕ちした勇者と魔王軍――かつての仲間が、今や最大の敵として立ちはだかった。
俺は拳を握りしめ、叫んだ。
「……アラン! お前を止めるのは、俺だ!」
光の補助術が迸り、仲間たちと共に前線へと踏み出す。
英雄と呼ばれた雑用係と、闇に堕ちた勇者。
その戦いが、今始まろうとしていた。