第17話 聖女の祈り、揺れる光
王都を発って二日。
俺たちは南部の村へとたどり着いた。だが、目に映ったのは穏やかな農村の姿ではなく、荒れ果てた家々と怯えた人々の群れだった。
「……魔物の襲撃があったのね」
アリシアが剣の柄に手を置き、村人たちに駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
ひとりの老女が震える声で答えた。
「はい……ですが、村はもう……。魔王軍の影が夜ごとに現れ、私たちは逃げ惑うしか……」
俺が結界を展開すると、村人たちが目を見開いた。
「……あの方だ。王都を救った英雄様だ!」
「レオン様が来てくださった!」
その声が広がり、怯えていた人々の顔に光が戻っていく。
胸の奥が熱くなった。俺が、希望を与えられている。
◇
その時だった。
教会の鐘が鳴り、白い衣を纏った女性が現れた。
金糸のような髪、慈愛に満ちた微笑み。
彼女こそ、王国において「聖女」と呼ばれる存在――ソフィアだった。
「……レオン殿ですね」
柔らかな声が、まっすぐに俺を射抜く。
「王都を救い、民を守ったと聞きました。神はあなたを導いています」
アリシアが驚きの声を漏らす。
「ソフィア……なぜここに?」
「村人の救済を命じられて来ました。そして同時に――」
彼女は祈りの手を胸に重ね、俺に微笑んだ。
「あなたと出会うために」
心臓が大きく跳ねた。
その言葉は甘く、だが真剣で、俺の存在を確かに肯定していた。
「私は聖なる癒しを授かる身。けれど戦場では、私一人の力では足りません。……だから、あなたに支えてほしいのです」
まっすぐに差し伸べられたその手を見つめ、言葉を失った。
アリシアが一歩踏み出し、声を強める。
「待って。レオンは私の仲間よ。あなたに渡すわけには――」
リリアも冷ややかに告げる。
「聖女様。彼は研究対象としても重要な存在です。軽々しく“支えてほしい”などと言うのは聞き捨てなりません」
――まただ。
王女、魔導師、そして聖女。三人の才媛が、俺を中心に睨み合う。
胸がざわめき、息が詰まる。
「……俺は」
言いかけたその時、遠くで轟音が響いた。
村の外れ、森の方角から黒煙が上がる。
「魔物だ!」
村人の悲鳴が走る。
俺たちはすぐさま武器を構え、駆け出した。
森の中から現れたのは、黒い紋章を刻まれた魔族兵たち。だがその装備には、人間の鍛冶師の技術が使われていた。
「……やはり、貴族派閥が絡んでいる」
リリアの声が冷たくなる。
アリシアが剣を構え、俺に視線を送った。
「レオン、支えて!」
「任せろ!」
「〈補助術・連鎖強化〉! 〈補助術・共鳴連結〉!」
アリシアが斬り込み、リリアが雷を放ち、そして――。
「〈聖なる祝福〉!」
ソフィアの光が俺たちを包み、傷を瞬時に癒す。
三人の力が交わり、敵は次々と崩れ落ちていった。
◇
戦いが終わると、村人たちが歓声を上げた。
「聖女様と英雄様が共に戦ってくださった!」
「これで村は救われる!」
ソフィアが俺に歩み寄り、真剣な瞳で告げる。
「レオン殿。私は確信しました。あなたこそ、この国を導く光です。……どうか、私と共に歩んでください」
その言葉に、アリシアとリリアが同時に息を呑む。
三人の視線が交錯し、空気が張り詰めた。
だが、その緊張を嘲笑うかのように、遠くから角笛の音が響いた。
村の西側から現れたのは、勇者アランとその一行。そして背後には、あの貴族派閥の紋章を掲げた兵士たちだった。
「……やっと見つけたぞ、レオン」
アランの瞳に宿るのは、憤怒と嫉妬。
「ここでお前を、英雄から引きずり下ろしてやる」
――陰謀は、ついに表舞台に姿を現した。