第16話 陰謀の胎動、英雄を貶める影
王都を襲った炎の夜から三日。
街はまだ傷跡を残していたが、人々の顔には絶望ではなく、むしろ高揚した光が宿っていた。
「レオン様が守ってくれた!」
「英雄だ、王国の盾だ!」
「勇者よりも頼りになる!」
広場を歩けば、そんな声が自然と飛んでくる。子どもたちは木の枝を剣に見立てて「レオンさまごっこ」を始め、大人たちも笑ってそれを眺めていた。
胸の奥が熱くなる。
――俺は、守れたんだ。
雑用係と罵られた俺が、今は民にとって希望の象徴になっている。
「……浮かれるなとは言えないわね」
隣でアリシアが微笑む。
「あなたがしたことは、称えられるべきことよ」
リリアも冷静に頷いた。
「事実として、あなたの結界がなければ王都は炎に飲まれていたでしょう。民衆の支持は、もはや揺らがない」
その言葉に、誇らしさと同時に責任の重さを感じた。
俺は、もうただの“仲間”ではない。王都を支える存在として見られている。
◇
だがその頃、王城の一室では、別の空気が漂っていた。
「許せぬ……許せぬぞ!」
勇者アランが机を叩き、顔を紅潮させていた。
「なぜ奴が英雄扱いされ、俺が民に嘲られねばならんのだ!」
バルトが苦々しく吐き捨てる。
「街の奴ら、『勇者よりレオン様だ』なんて言いやがった。あいつが出てきてから、俺たちは笑いものだ」
エリスが冷ややかに肩をすくめる。
「所詮、民衆の気まぐれよ。でも放っておけば、本当に私たちの立場が奪われかねない」
マリナが視線を落とし、低く呟いた。
「……なら、潰すしかないでしょうね」
その言葉に応えるように、扉の影から現れたのは、豪奢な衣をまとった貴族たちだった。
彼らは議会で俺を執拗に批判していた派閥の顔ぶれだ。
「我らの利益を脅かす存在……それがあの男だ」
先頭の老貴族が口を開く。
「勇者殿。利害は一致しているはずだ。共にレオンを失脚させようではないか」
アランの瞳に暗い炎が宿る。
「……いいだろう。奴を引きずり下ろすためなら、手は選ばん」
その瞬間、勇者と貴族の手が結ばれた。
表では英雄を称える声が響き渡る一方で、裏では俺を陥れる陰謀が胎動を始めていた。
◇
同じ頃。
俺たちは城の小会議室で、次なる動きを話し合っていた。
「南部の村に異常な魔力反応が出ているそうです」
リリアが報告を読み上げる。
「鉱山と同じく、魔王軍が潜伏している可能性があります」
アリシアが剣の柄に手を置き、力強く頷いた。
「行きましょう。今度は私たちから動くのよ」
俺も拳を握りしめる。
「そうだな。民を守るためにも、立ち止まるわけにはいかない」
決意を固めたその時――扉の外から微かな気配を感じた。
気になって開けてみると、廊下には誰もいなかった。
ただ、窓辺に置かれた小さな封書がひとつ。
開くと、中には短い文が記されていた。
――“英雄は、次の舞台で奈落に堕ちる”
不気味な予告のようなその言葉に、背筋が冷たくなる。
アリシアが眉をひそめた。
「……これは、罠かもしれない」
リリアは淡々と告げた。
「ですが避けるわけにはいきません。敵は確実に次の一手を仕掛けてくる。……レオン、覚悟を」
俺は深く息を吸い、頷いた。
「どんな罠でも、乗り越えてみせる。俺はもう、雑用係じゃない。仲間を――民を守る英雄なんだ」
炎に包まれた夜の記憶を胸に、俺は新たな戦いへと歩みを進めた。