第14話 喝采の影、忍び寄る罠
議会で特別補助官としての地位を正式に認められたその日から、俺の周囲は一変した。
王都の大通りを歩けば、商人や兵士、子どもたちまでが声をかけてくる。
「レオン様だ!」
「鉱山を救った英雄!」
「俺たちもあんな風に戦えたらな!」
差し出される果物、握手を求める手、憧れの眼差し。
数日前まで、誰からも見下され、笑われていた自分が――今は英雄として扱われている。
「人気者ね、レオン」
アリシアが隣でくすりと笑う。
「でも、浮かれすぎないで。称賛の裏には必ず嫉妬もあるものよ」
リリアも冷静に言葉を添えた。
「民意が高まれば、政治は必ず揺れる。……既に、議会の一部があなたを快く思っていない」
その忠告が現実になるのは、すぐのことだった。
◇
夜。
宿の一室で休んでいた俺は、不意に窓辺に忍び寄る気配を感じた。
手を伸ばしかけた瞬間――銀色の刃が月光を反射した。
「っ……!」
身を翻すと同時に、アリシアが飛び込んできて剣で受け止める。
火花が散り、暗殺者の短剣が弾かれた。
「レオンに手を出すな!」
アリシアの怒声が響く。
リリアもすぐに呪文を放った。
「〈光縛鎖〉!」
光の鎖が暗殺者の四肢を絡め取り、床に叩きつける。
捕らえた暗殺者のフードを剥ぐと、現れたのは見慣れた顔だった。
王都の貴族家に仕える従者――王国の内側の者。
「やはり……」
リリアの目が細められる。
「魔王軍ではなく、人間側の仕業」
アリシアが剣を突きつけ、低く問い詰めた。
「誰の命令だ。答えなさい!」
暗殺者は苦悶の笑みを浮かべただけで、口を割らなかった。だがその袖口に縫われていた紋章を見て、俺は息を呑む。
それは、議会で俺を露骨に非難していた貴族派閥の紋章だった。
「……そういうことか」
胸の奥が冷たくなる。
民衆が称えるほど、勇者たちが黙り込むほど、貴族たちの一部は俺を敵視していく。
雑用係だった頃には考えられなかった――“人間から狙われる”という新たな現実。
リリアが淡々と告げる。
「彼らは恐れているのです。無名の補助術師が英雄に祭り上げられれば、既存の権力が揺らぐ。だから排除しようとする」
「ふざけるな……!」
思わず拳を握った。
「俺はただ、仲間を支えたいだけだ。それを権力争いに利用するなんて……!」
アリシアが俺の肩に手を置き、真剣な瞳で見つめる。
「レオン。あなたはもう“ただの補助者”じゃない。この国の未来を左右する存在なのよ。だから、狙われる。――それを覚悟しなさい」
その言葉は重く、胸に突き刺さった。
けれど同時に、逃げるつもりはなかった。
勇者たちに捨てられ、無能と笑われ、それでも諦めなかった。
今さら陰謀に怯えて立ち止まるわけにはいかない。
「……覚悟するよ。どんな敵が相手でも、俺は仲間を支え、この国を守る」
その誓いの直後。
遠くで鐘の音が鳴り響いた。
王都の警鐘――敵襲を告げる音だ。
「魔王軍……? それとも、人間の陰謀……?」
アリシアが剣を抜き、リリアが杖を握る。
窓の外、赤い炎が夜空を染めていた。
――英雄と呼ばれた雑用係に、さらなる試練が迫っていた。