第12話 喝采の裏に潜む罠
黒鉄鉱山から帰還した数日後。
王都の空気は明らかに変わっていた。
「ねえ聞いた? 王女殿下と宮廷魔導師、それに無名の補助術師が幹部を討伐したんですって!」
「従者に過ぎない青年が、王国を救ったらしいぞ!」
市場を歩けば、そんな声が飛び交う。
屋台の老人が笑顔で俺に果物を手渡し、子どもたちが憧れの眼差しを向ける。
かつて「無能」「雑用係」と笑われた自分が、今は称賛と尊敬を受けている。
「……夢みたいだ」
小さく呟いた俺の隣で、アリシアが得意げに胸を張った。
「当然よ。あなたの補助がなければ、私はあの剣を振るえなかった。民がそれを知っただけのこと」
リリアも冷静な声で言う。
「名声は力と同じ。民の支持はやがて政治をも動かします。……王国の中で、あなたの存在はもう軽視できない」
言葉の意味を噛みしめる。俺はただ、仲間を支えたいだけだった。けれど、その行いは思いがけず大きな波となり、王都全体を揺らし始めていた。
◇
だが、その波は全てを喜ばせるものではなかった。
王城の一室。勇者アランは拳を握りしめ、机を殴りつけていた。
「……雑用風情が、俺よりも称えられているだと……!」
バルトが苛立ち混じりに吐き捨てる。
「街の奴ら、まるであいつが勇者みたいに持ち上げやがって……」
エリスは皮肉げに笑う。
「王女殿下と宮廷魔導師に庇われた哀れな従者。それを英雄に祭り上げるなんて、民衆は本当に愚かね」
マリナが眉をひそめる。
「ですが、このままでは私たち勇者パーティの立場が危うくなりますわ」
アランは歯を食いしばり、低く唸った。
「……必ず引きずり下ろす。奴がどれほど力を得ようと、俺が勇者であることに変わりはない。王国の英雄の座は、この俺のものだ」
その瞳には嫉妬と憎悪の炎が宿っていた。
◇
夜。
俺たちは王都の宿で次の作戦を練っていた。
テーブルに広げられた地図の上で、リリアが指を滑らせる。
「黒鉄鉱山で得られた蒼核鉱……これは王都の研究室で解析すべきです。しかし同時に、各地の鉱山にも同じ現象が起きている可能性があります」
「つまり、魔王軍が複数の拠点を仕込んでいる……?」
アリシアの問いに、リリアが頷く。
「ええ。もし放置すれば、幹部級が量産されかねません」
その時、宿の扉が叩かれた。
入ってきたのは、一人の兵士だった。
「レオン殿……いえ、“特別補助官”。至急の伝令です。王国議会があなたを呼んでいます」
「俺を……?」
思わず言葉を失った。
兵士は続ける。
「近頃、勇者殿たちが不満を表明しており、王国議会でも意見が割れています。……どうか、身を守る準備を」
去り際のその言葉が、胸に重くのしかかった。
民からは英雄と称えられる。
だが、王国の中枢では――俺はすでに、政治の渦に巻き込まれつつあるのだ。
アリシアが剣に手を添え、真剣な瞳で俺を見つめた。
「レオン、心して。あなたはもう無関係じゃない。王国の未来を左右する存在なのよ」
リリアも静かに告げる。
「英雄として持ち上げられる影には、必ず妬みと陰謀が潜む。……ここからが本当の試練です」
――雑用係と呼ばれた俺の逆転劇は、戦場だけでは終わらない。
政治と陰謀の舞台に、俺は足を踏み入れてしまったのだ。