第10話 戦いの果てに、忍び寄る影
血鉄のオルドが崩れ落ちてから、鉱山の中にはしばしの静寂が訪れた。
重苦しかった気配が薄れ、黒鉄鉱の結晶から漏れていた紫光もわずかに和らいでいる。
「……終わったのね」
アリシアが剣を収め、深く息を吐いた。額には汗が滲み、肩は小刻みに上下している。それでもその瞳は凛として、誇りに満ちていた。
リリアは倒れたオルドの亡骸を見下ろし、低く呟く。
「魔王軍幹部級の討伐……王国にとって大きな勝利です。ですが」
彼女は岩肌に残る黒い痕跡に目を細めた。
「……奴は、この鉱山の魔力を利用していました。魔石を媒介にして力を増幅させていた。となると、背後にはもっと大きな仕組みがあるはずです」
その言葉に、胸の奥がざわついた。
まだ終わりではない。むしろ、これからが本番なのだ。
俺は坑道の隅で、不自然に光を放つ鉱石の塊を見つけた。
「……これは?」
手に取ると、黒鉄鉱に淡い蒼光が混じり、脈打つように輝いている。
リリアが目を輝かせた。
「これは……“蒼核鉱”! 通常の黒鉄鉱とは異なり、魔力を圧縮し、永久的に保持できる特殊鉱石。研究室に持ち帰れば、新しい補助術の理論構築に役立つはずです」
アリシアが険しい表情をする。
「でも、それを魔王軍に悪用されたら……」
「ええ。兵士一人でも幹部級の力を持ちうるでしょう」
リリアの言葉に、背筋が凍る思いがした。
だからこそ、ここで踏みとどまるわけにはいかない。
俺は拳を握りしめる。
「なら、なおさら俺たちが先に動かないと。王国を守るために」
アリシアは微笑んで頷いた。
「頼もしいわね、レオン。あなたの補助があれば、どんな敵とも戦える」
リリアも眼鏡を押し上げながら静かに言う。
「あなたの力はまだ成長の途中。防御共鳴結界のように、今後も新たな形を見せるでしょう。……私も、その瞬間を見届けたい」
胸の奥が熱くなる。
勇者パーティで“雑用”と呼ばれた日々が遠い過去のように思えた。
今は違う。信じてくれる仲間がいて、俺自身が戦う意思を持っている。
坑道を出ると、夜空に星が瞬いていた。
涼しい風が頬を撫で、緊張で張り詰めていた心を解きほぐしていく。
「さあ、戻りましょう。王都に知らせなければ」
アリシアの言葉に、俺とリリアも頷いた。
三人並んで歩き出したその時――。
山の影から、誰かがこちらを見ている気配を感じた。
振り向いた瞬間にはもう姿は消えていたが、確かにあった。
「……今、誰かいたか?」
「気のせいではないわ」
アリシアが険しい顔をする。
「魔王軍の残党か、それとも……別の何か」
胸騒ぎがした。
勝利の余韻の裏で、確実に次なる影が動き始めている。
――雑用係と呼ばれた俺の物語は、まだ始まったばかりだ。