捨てられた花
最後まで声が出なかった。
するとお姉様は楽しそうに言う。
「急きょ車を回してもらったの。なーんか、あんたが楽しそうにしてるのって気に食わないなと思ったのよね?それで私も付いてきたの。そしたらビックリよ、あれが凰条一真だなんて……なんだ、イケメンじゃん!」
にやりと口角をあげるお姉様。
「お、お姉様……あの今日は私が……」
「じゃっ、ありがとう」
「えっ」
乾いた声を漏らすと、お姉様は満面の笑みで言う。
「あんたの役割はここで終わり。イケメンだったし、凰条財閥は私にふさわしい人間だって今分かった!凰条一真との縁談進めることにするわ」
「ま、待って……だってお姉様は興味がないって……」
「気が変わったの。それに……あんたが浮かれてるのは気に入らないし。お母様の言うとおり、金に汚くても私が手のひらで転がしたらいいのよ」
「そ、そんなの急に……」
そこまで言うと、お姉様は私をドンっと強く突き飛ばした。
「あのさぁ!自分が幸せになれるとでも思ってるわけ?劣等生で生まれてたクセに?よくそんなこと思えるよね」
「おねえ、さま……」
「愚図は黙って家の手伝いでもしてろよ」
そう言ってお姉様はズカズカと凰条さんのところへ向かってしまった。
「い、いや……」
私は手を伸ばす。
今日はゆっくりお話しできると思ったのに。
ああ、どうして……。
こうやって大事なものはすべてお姉様に取られてしまう。
はじめて私のことを認めてくれた人だった……。
もう少し、もう少しだけ、話をしたかったのに……。
私の目には涙がじんわりと浮かんだ。
お姉様と凰条さまが再会をする。
それをぼーっと見ることしか許されていなかった。
私は幸せになれないんだ。
もっとちゃんと身の上を知るべきだった。
「凰条さま」
お姉様が声をかけると、凰条さまは嬉しそうに笑顔を向けた。
「零さん、お待ちしておりました。よければこれを……」
凰条さんはひざまずいて花束を渡した。
あれは……!睡蓮の花……。
あんなにステキに睡蓮の花が束になっているのを私は初めて見た。
睡蓮の花は水に浮いていることが多い。
どうやってブーケにしたんだろう。
凰条さまは私の話を覚えていてくれたんだ。
涙が出そうになるのを必死にこらえる。
でも、もう会うことはできない。
「凰条さま……!」
お姉様はそう言って凰条さまに抱きついた。
そのはずみで花束がばさりと落ちてしまう。
睡蓮の花束……。
あれだけでいい。
私のために凰条さまが用意してくれたあれだけでもせめて……。
しかし、ふたりが抱き合っているのを見てもう、ダメなのだと思い知った。
見ていられない……。
これからふたりは愛をはぐくんでいくんだろう。
そうよね、お姉様の言う通りだった。
どうして私が幸せになれると思ったんだろう。
私はお姉様の代わりでしかないのに……。
「零さん……花……」
「花なんていいんです!私、あなたにお会いしたくて仕方なかった」
ふたりが抱き合っている姿を見て、私は視線を落とした。
これでもう私の役目は終わったんだ。
私が諦めて帰ろうとしたその瞬間、凰条さんの低い声が響きたわった。
「放してくれないか?」
鋭い声だった。
聞いたことのない冷淡な声に私は思わず振り返ってしまう。
「凰条さま……?」
「キミは誰だ?」
えっ。
「僕が前会った零さんはそんなことをする人間じゃない!キミのように下品に抱きついてきたり、花を粗末にする人間ではなかった。キミは一体誰なんだ……」
「な、何を言ってるんですか!わ、私は……零ですよ!忘れちゃったんですか!?あの日、ほら!一緒に話したじゃないですか~!」
「あの日の彼女は慎ましくて、優しくて内面からにじみ出る美しさがあった。でも、今のキミにはそれを感じない」
どうして……。
こんなにそっくりなのに。
凰条さまと会うのは、零お姉様として会ったあの一時だけなのに、どうして気づいてくれるの?
ぽたりと涙が流れる。
その瞬間、私は思わず足を踏み出していた。
絶対にしてはいけない。
お姉様の縁談の邪魔をしてはいけないし、ましては澪として姿を現すなんて絶対にしてはいけないことだと分かっていた。
でも、凰条さんが覚えていたのが嬉しくて、私は零お姉様じゃないんだって伝えたくて、飛び出してしまった。
「凰条さま……」
私は……ずっとこの人に見つけてもらいたかったのかもしれない。
ふたりの前に飛び出すと、凰条さまの視線が私に向けられた。
凰条さまは驚いたように目を見開くと、すぐにこっちにやってきた。
「……キミのことを探していたんだ」
凰条さまの腕が、私をふわりと包み込む。
あたたかくて、しっかりとしていて、それでいて優しい。
夢みたいだ……凰条さまが私を抱きしめているなんて……。
「これを……と思ったが、汚れてしまったな……」
凰条さまは落ちた花束を残念に思いながら拾い上げる。
「はじめてみました……水に浮かんでいない睡蓮の花束を」
「キミにどんなものが似合うか、そればかり考えていた。あの日からずっとキミのことが頭から離れなかったんだ」
「もし、私に作ってくれたのならいただけませんか?」
「でも、汚れてしまった……」
「構いません。花は案外強いですから」
花のいい香りがする。
私のことを考えて選んでくれたプレゼント。
ずっとずっと大事にしたい……。
「もちろんだよ。もともとキミのために作ったのだから」
花束を受け取ると、凰条さんは嬉しそうに目を細めた。
「……すごくキレイ……」
笑顔を向けた時。
「澪……!」
ギリギリと歯を食いしばるお姉様の姿があった。
「澪……?」
その言葉に凰条さまが反応を見せる。
「おねえ、さま……」
「……絶対に許さない」
お姉様は静かにそうつぶやくと、ギリっと歯を食いしばりながらこの場を去っていった。
「再会の喜びを話したいところだが、キミとは話をしないといけないことがありそうだ」
「はい……」
私たちは場所を移動して話をすることになった。