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凰条財閥




「零、お前に見合いの話が来たぞ!」


ある日の夕方。

お父様は嬉しそうに言った。


しかし、お姉様は興味なさげに紅茶を口に運びながら、ゆるく瞬きをする。


「またどこかの資産家?嫌なのよね~能力なくて金だけ持ってるタイプは」

「いや、ただの資産家ではないぞ!今回の縁談は日本経済を牛耳る一族からの縁談だ」


お父様は誇らしげに微笑みながら、一枚の書類をテーブルに置いた。


「相手は凰条財閥の長男、凰条一真」


凰条グループ――それは日本屈指の自動車メーカーであった。


名門財閥であり、その影響力は国内外に及んでいる。戦後の高度経済成長期には日本のモータリゼーションを牽引。


現在も国内トップシェアを誇るだけでなく、欧米やアジア市場でも圧倒的な地位を築いている。


当主である凰条圭吾おうじょう けいごは、経営手腕に長けた冷徹な実業家であり、政財界とも強い結びつきを持つ。


その財力と権力は他を圧倒し、日本国内の大企業の多くが凰条家の影響を受けていると言っても過言ではない。


「本当すごいことだわ!零の魅力はやっぱり伝わるんだわ」


お母様が嬉しそうに笑みを見せるが、お姉様の反応はイマイチだった。


「えー……凰条財閥は確かにすごいけど、長男ってメディア露出を全くしないって有名よね。ウワサだとすごい醜男だって聞いたことあるけど……」


お姉様は少し不満げな声を出した。


「しかも、お金に汚い冷徹男だって言ってる人もいるくらいじゃない?……私、興味ないわ」


お姉様が眉をひそめ、あっさりと言い放つ。


「零……でもあの凰条財閥よ?嫁いだらうちにもたくさん利益があるわ」


そう凰条財閥と繋がりが持てるということは、国内に留まらず海外にも視野を向けることが出来るということだ。


おそらく支援だってたくさんしてもらえるだろう。


それは今の御堂家にとって1番求めていることだった。


今、御堂家は老舗としての地位はあるものの新しさに欠けていて、経営は右肩下がりの状況が続いている。


和菓子が売れなくなったという時代的背景も大きいだろう。


そんな中、凰条家と関わりを持てば必ず御堂家に大きな利益をもたらしてくれるとお父様たちは思っているのだろう。


「私はね、カッコよくて私の言うことをなんでも聞いてくれて自由にしてくれる旦那様がいいの。醜男と隣を歩くのも恥ずかしいし、メディアだって出たい!もっと私に似合う旦那様がいいわ」


「こんなにも素晴らしい縁談なのよ」


「そうだ、零。もう少し慎重に考えて欲しい。凰条家に嫁ぐことが、どれほどの意味を持つか……」


お父様とお母様は必死にお姉様を説得していた。


「あなたなら、きっと彼を手のひらで転がせるわ。零なら、御堂家の未来を支えられる。そうでしょう?」


「それは……そうだけど……」


お母様が問いかけると、お姉様はしぶしぶ納得したようだった。


縁談か……。

いいな。


私に縁談の話が来たことは今まで一度もない。


それもそうか……。

だって表に出ていないのだもの。


私の名前を知っているものはいない。

私はいない人間と同じなのだから。


そして約束の日。

母に命じられ、庭の掃除をしていた時、私はお母様に声を掛けられた。


「澪、もうすぐ時間よ。零の着付けをしてやって」


「はい」


私は家にいるだけなのだからと、家ではお手伝いさんと同じ仕事をすることを義務付けられていた。


特にお姉様の着付けやヘアアレンジ、メイクは私の仕事であった。

零お姉様の部屋に向かい、ノックをして声をかける。


「……零お姉様、着付けのお時間です」


双子の姉をお姉様と呼ぶのは、零お姉様に言われたからだった。


私とあなたは対等ではない。

お姉様と呼びなさいと。


だから私はお姉様と呼んで、零お姉様は私のことを澪と呼ぶ。


「お姉様……?」


彼女の部屋の扉を叩いても、返事がなかった。


人がいる気配さえない。


もしかして……!


「失礼します」


嫌な予感がして中に入ると、そこはもぬけの殻だった。


整えられたベッド、開け放たれた窓。

そこにお姉様はいなかった。


「何をしてるのよ、早く着付けを……」


痺れを切らしたお母様が私の元へやってくる。


「あの、お姉様が部屋にいなくて」

「零……?」


次の瞬間、背後から母の叫び声が響く。


「零!! 零はどこ!?」


お手伝いのめぐさんも慌ててやってきて屋敷の中を探すが、お姉様はどこにもいなかった。


「こっちにもいません」

「……逃げたな」



その騒動を聞きつけたお父様がやってきて低くつぶやいた。





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