結婚式
「澪、大丈夫だったか?あの二人が来るとは俺も予想していなかった。辛い思いをさせた」
一真さんはポンポンと私の頭を撫でた。
「家はキミが嫌がるなら引っ越したっていい。すぐに手配をしよう」
「いえ……」
私は首をふった。
「お父様とお母様があんな風に謝ってきた時……私は、ふたりを許さないといけないと思いました」
「澪……」
「必死になって頭を下げ、涙を流しながら謝罪の言葉を述べる両親を許さないと切り捨てることが非情なことだと思っていました」
「キミは優しいんだな……」
「だからこそ、一真さんが私の代わりに許さないと、許さない選択もあることを教えてくれたのがすごく嬉しかったんです」
誰かが自分の味方でいてくれる経験が今までなかった。
自分のために、怒ってくれる人がいる。
自分のために許さないと明言してくれる人がいる。
それってなんて幸せなんだろう。
一筋の涙が頬を伝って流れ出す。
「澪……辛かったんだな」
一真さんは私の涙を悲しみの涙だと捉えたのだろう。
「いえ、嬉しかったんです……許さない選択があるということ、教えてくださってありがとうございます」
私はたぶん、本当は許したくなかった。
例え「許します」と口にしたところで、本当の心から許せるはずがなかった。
それを一真さんが代わりに伝えてくれたんだ。
「私……こんなにステキな人に出会えて幸せです」
「それはこっちのセリフだ。キミは非情なんかじゃない。大事な人を守るため、そして自分を守るためには許さない選択だって必要だ。キミが心を壊してしまわぬように」
「そうですね……」
一筋の涙が頬を伝ってぽろりと床に流れた。
心の底から幸せだと思った。
ごめんなさい、お父様、お母様……。
今はまだ私は許すことができません。
でもいつか、許せるようになったら……今度は私とお姉様を比べずに見てほしいと思う。
今は愛してくれる人がそばにいる。
その人を、私も一真さんに愛を返したいと思う──。
**
扉の向こうから、華やかな音楽が流れてくる。
高鳴る胸の鼓動を落ち着かせようと、そっと息を整えた。
今日は私と一真さんの結婚式の日。
すべてのいざこざが終わり、たくさんの困難を乗り越えて迎えられたこの日はまた特別なものになる。
あの日、御堂家を出てからたくさんのことが変わった。
御堂家からは、その後、正式に接触を断つと通知が届いた。
どうやら、会社はたたむための事業整理に追われているらしい。
今後お父様とお母様は私の前に姿を現すことはない。
寂しいけれど少しスッキリした気持ちになった。
「澪様」
控室の扉がノックされ、スタッフが静かに声をかけた。
「新郎様がお待ちです」
頷きながら、私は自分の手を見つめる。
純白のグローブに包まれた指先が、かすかに震えていた。
ドレスの裾をそっと持ち上げ、扉の向こうへと一歩を踏み出す。
すると、黒のタキシードに身を包み、凛とした姿勢で立つ彼の姿があった。
──ドキン。
なんてカッコイイんだろう……。
この人が私の旦那様になる人だなんて……。
そんな日が来るだなんて、今でも信じることができない。
一真さんの瞳は、ただまっすぐに私を見ていた。
「キレイだ……澪」
その眼差しがすべてを語っている。
愛おしいと言いたげな表情で私の手をそっと握る。
「キミと出会えたこと、幸せに思うよ」
「私もです……一真さん」
心の底から思った言葉を彼に告げた。
一真さんはあのあと正式に私にプロポーズをしてくれた。
私に似合いそうだと言って買ってくれたダイヤモンドの指輪にジェット機を飛ばして見せてくれた夜景。
そのどれもがキレイに輝いていて幸せな気持ちになった。
『キミを見つけた時、キラキラと輝いて見えた』
そう告げながら渡してくれた指輪は今、この会場にある。
一真さんを愛してる。
「私と出会ってくれてありがとうございます」
「こちらこそ」
私は胸の奥がじんと熱くなりながら、笑顔を向けた。
「それじゃあ行こうか」
バージンロードの先、そこには眩いほどの光景が広がっていた。
ふたりで一歩、一歩と歩いていく。
天井の高い壮麗な式場。
シャンデリアが煌めき、白と金を基調とした装飾が上品な輝きを放っている。
長いバージンロードの両側には、数百人もの招待客が並び、みなが私たちを見つめていた。
こんなにも……たくさんの人が祝福してくれている。
豪華な装花が両脇を飾り、場内には優雅な生演奏が響く。
本当に、私がこんな場所に立っていいのかな……。
いつものクセでまた一瞬、不安がよぎる。
けれど、その思いはすぐに消えた。
隣にいる一真さんの方を見つめると、笑顔が返ってくる。
大丈夫。
彼と一緒なら不安に思うことは何もない。
歩みに合わせて、音楽が優しく流れていく。
神聖な誓いの言葉を交わし、指輪をはめる瞬間。
一真さんがそっと私の手を取り、薬指に純白のリングを滑らせた。
きらりと光る指輪は美しくて涙が出そうになる。
「これから先、どんな時もキミの隣にいると誓うよ」
私は、涙をこらえながら微笑んだ。
「……私も、一真さんとともに生きていきます」
永遠を誓う、この日。
私の未来は、もう迷いなくこの人と共にある。
そして――。
「誓いのキスを」
司祭の言葉に、一真さんがそっと私のベールを上げた。
甘く、優しいキスが降りてくる。
私は静かに目を閉じ、その温もりを受け入れた。
拍手と祝福の歓声が響く中、一真さんはそっと私の耳元で囁いた。
「愛してるよ、澪」
「私もです、一真さん」
私はこの瞬間を一生忘れないと誓った。
暗い世界の中から唯一私を見つけ出してくれた人。
幸せにはなれない人生から手を引っ張り上げてくれた人。
そんな一真さんと共に、私はこれからも幸せな時間をひとつずつ重ねていく──。
END




