すべてはもう遅かった【零side】
『全部録音させてもらった。キミたち家族が澪の尊厳を踏みにじっている証拠が今までなかった。だから公表することが出来なかった。でもこれでキミたち御堂家は終わりだ』
あの日、家に帰るともう澪はいなくなっていた。
どうやら凰条一真がここに来て澪を連れ戻したらしい。
私は家に帰った瞬間、玄関で待っていた母親に思いっきり頬をぶたれた。
──パシンッ!
強く張られた頬に焼けるような痛みが走る。
「――っ!」
目の前に立つお母様はこれまで見たことがないほど冷たい目をこちらに向けていた。
「……失敗してあげくの果てに作戦を漏らすなんて……あんたのせいでうちはもう終わりだ!御堂家はこれでもう崩壊よ……!」
ヒステリックな声をあげるお母様。
その横でお父様も厳しい目をこちらに向ける。
「お前がこんなに使えないやつだとは思わなかった」
突き放すような言葉に、背筋が震える。
やめて。
そんな目を私に向けないで。
今まで澪に向けられていた眼差しが私へと突き刺さる。
「やめてよお母様、一度失敗しただけじゃない。何度でも取り返せばいいでしょう?私なら出来るわ。私ならきっと凰条一真を……」
必死に説得するが、目の前のお母様はもう興味を失ったかのように、私を見下ろしていた。
「何を言ってるの?あんたは澪に負けたのよ。いや、そうじゃないわ。あんたは元から誰にも選ばれないような子だったの」
のどの奥がぎゅっと締めつけられた。
「……なに、言って……」
「お母さんが悪い……私が悪かったの」
「お母様……?」
私がたずねると、お母様はカッと目を見開いて言った。
「あんたは気の強い子だった。すぐに機嫌を悪くして、自分が一番にならないと暴れ出すような子で手が付けられなかった……だから、甘やかしてしまった。それが間違いだったんだわ!」
まるで、私の存在そのものが失敗だったと言わんばかりの言葉に私は動揺する。
「お母様落ち着いて。今は取り乱しているかもしれないけれど……お茶でも飲みましょう」
「バカなこというな!」
お母様は声を荒げた。
「明らかに澪の方が容量が良かった。教養があり、品があり、芸術にも興味を持てるような子だった。それなのに……あんたは真逆。パーティに連れて行っても食事をとって、もらいものを喜んでいるだけ。御堂家の評価を下げていたのは零よ!澪じゃない!私は……私は大事にする子を間違えてしまったの」
母親はそう言って涙を流し出した。
なにを、言っているの……?
「変なこと言わないで、お母様。ずっと言ってたでしょう?澪が劣ってる。零はなんでも上手くこなすのに、澪は何も出来ない愚図だって」
「いいや、そうじゃなかった!私はあなたの機嫌を取り持つために澪をけなしてしまった。全部……全部あんたが悪いのよ!あんたが御堂家の格を下げる元凶なんだ!」
ハッキリと言い放たれた言葉に、声が出なくなる。
「……や、やめ」
「澪を大事に育てていれば、今頃私たちの会社は大きくなっていた。当たり前だったのよ。あの子の方が可愛げがあって、性格も品性だってあった。そりゃ……澪の方が選ばれるに決まっていたのに、私は……っ」
ボロボロと涙を溢すお母様。
プライドがズタズタに引き裂かれた。
私よりも澪が劣ってる。
何も出来ない愚図。
ねぇ、そうだって言ってよ。
お父様もお母様もあんなに私のこと、大事にしてくれたじゃない。
それなのに、手のひらを返すように澪を大事にすれば良かったというのはやめて。
「お母様……お父様……今は混乱しているだけよ。私はやれる。澪よりもすぐれているわ」
ゆっくりと近づいていく。
お願い認めて。
私の方がすごいって認めてよ。
縋るように手を伸ばしたが、その手をお父様にパシンと振り払われた。
「もうお前の顔は見たくない。出て行け」
「なん、で……」
「あんなに色々買い与えてやったのに、なんの知識も身につけず、大きくなったのは態度だけ……そんな人間は御堂家にいらない!」
「あ、ああ……ああ……」
私はその場に力なく崩れ落ちた。
全てが崩れ落ちた。
あの時、あの一瞬のセンタクをミスしただけで……私の全てが無くなってしまった。
どうしたら良かったの?
澪をイジメなければ良かった?
けなさなければ良かった?
あの日、しっかり縁談に行っていれば良かった?
「どうしたら、良かったのよ……っ」
それから1週間が経った。
私はけっきょく行く場所があるわけでもなく家にいさせてもらっている。
しかし家族としての会話は一切ない。
それぞれが別々に食事をとり、一人部屋に引きこもる。
あれから、凰条一真が御堂家の隠していた事実を全て公表した。
それは愛する妻を守るためだと彼は告げた。
そしてそれと同時に澪との結婚を公表していた。
メディアに出ないと言われていた凰条家の長男がはじめてメディアに出る場ということで、ものすごい数のマスコミがインタビューをしていた。
今までのことが明るみになった御堂家にはマスコミが殺到している。
『双子の澪さんを虐げ閉じ込めていたというのは本当ですか?』
『既成事実を作ろうとしていたと聞きましたが、その件についてお聞かせください』
それにより会社は一気に経営不振になった。
もうこの家にも住めない。
売却するしかない。
右肩下がりだった経営をなんとか立て直したいと、御堂家に取り入ろうとしていたのに、逆にしっぺ返しをくらってしまった。
もう絶望だ。
それなのに両親はまだなんとか抗えないか検討しているらしい。
「澪に謝罪をすればまた許してもらえるかもしれないわ」
「俺たちは家族だ。今まで澪を育て上げてきたのだから、今、会社が大変な状況を説明して……」
この人たちは自分の会社にしか興味がないのだ。
こんな風に崩壊しても、澪にあれだけの態度をとっていてもまだ関係が修復できると思ってる。
ボロボロに崩された私。
御堂家という権力も無くし、知性もない。働いた経験もないままもらってくれる人間などいなかった。
もうなんの道も残されていない。
これは、今まで散々澪を蹴落とすことしかしてこなかった私への報復か。
せめてなにか芸を磨いていれば良かった。
私の方が優れていると、本当に周りに認めさせるような何かが自分にあれば良かった。
「けっきょく……私には何もなかったのね……」
最初から負けていたのに、それを認めず努力しようとしなかった。
人から取り上げることで自分が上に立った気になっていた。
地位も、見栄もプライドも、全部ボロボロに崩されて砕け散る。
「もう……終わりだ」




