何回でも伝える【一真side】
「す、すみませんでした……一真様が澪にそこまでご執心であるとは知らず……もうこのようなことは致しませんから、どうか御堂家の名に傷がつくようなことだけは……」
父親も俺の機嫌を取るように謝ってくる。
「どんなに謝られてもこの件は必ず公表します。それだけじゃない。今まで澪を虐げてきた事実も全て……」
そこまで言い放つと両親は瞳を揺らした。
「ま、待ってください。お願いです……そんなことをしたらうちは潰れてしまうわ」
「お願いします……もうしない。もう関わらないようにしますから……」
澪の両親はふたり揃ってその場で土下座をしてきた。
「お願いよ、澪……一真様になんとか言ってちょうだい」
澪はその言葉にうつむく。
「俺は御堂家を不幸にしたいわけじゃない。でもキミたちの行動は度が過ぎた。もう見逃すことはできない」
一度だけでなく二度目も、それから三度目だって見逃してきた。
でももうそれが澪のためにはならないと分かったらやるしかない。
澪の両親は涙を流しながら懇願していたが、俺は背中を向けた。
「澪……行こう」
澪はふたりをなんとも言えない表情で見ていた。
「はい……」
それから俺たちは車に乗り家まで帰ることにした。
けっきょく最後まで自分の会社や立場のことばっかりだったな。
「澪、遅くなってすまなかった。キミのことを不安にさせたな」
「いえ……」
それだけ言って澪は言葉を詰まらせる。
俺が御堂家のこと、公表すると告げたことをどう思っているだろう。
「嫌だったか?あれでもキミの家族だ。それをあんな風に追い詰めて……嫌な男だと思っただろう?」
すると澪は必死に首を振った。
「そんなことありません……っ。でもずっと不思議で……」
「不思議?」
澪は静かに言葉を溢した。
「今まではずっと誰か助けてって言っても誰も助けてくれなかった。私はこの家にいるしかなくて、運命を受け入れないといけないと思ってたんです」
瞳を潤ませながら、それでも伝えようとする澪を愛らしく感じる。
今すぐにでも抱きしめてあげたい気持ちにさせられた。
「でも一真さんと出会ってから、助けてって心の中で思ったら……必ず一真さんが助けてくれた」
「助けるに決まっているだろう。キミは俺の最愛の人だ」
そう告げたのに、彼女は悲しそうな顔をして俯いた。
「今日……また家に連れてこられた時、1人で考えていました。どうして一真さんは私を選んでくれたのか、本当に私が選ばれることが正解だったのか……劣等生の私が……一真さんみたいなステキな人と人生を共にしていいのでしょうか?」
彼女の悲痛の叫びだった。
今までずっと蔑ろにされ、否定されて育てられてきた。
だから、自分の魅力も気付かずにこんな風に卑下してしまうのだろう。
「澪、自分のことを否定しないでくれ……キミは劣等生なんかじゃない」
ぎゅっと手を握りまっすぐに伝える。
彼女が分かるまで、理解するまで俺は伝え続けるつもりだ。
しかし彼女は不安気にうつむいた。
今日はこのまま澪を家に連れて帰るのは難しいかもしれない。
そう思った俺は運転手に告げた。
「今日はホテルに泊まる。父さんと母さんにはそう伝えておいてくれないか?」
「ええ、分かりました」
車はいつもひいきにしているホテルのエントランスへと止まった。すぐにドアマンが駆け寄り、恭しくドアを開ける。
「ありがとう」
運転手にお礼を告げて、開いたドアから出る。
「澪、降りるぞ」
俺が手を差し出すと、躊躇いながら澪もそっと手を伸ばした。
その手は、少し冷えていた。
よほど不安ない気持ちになったのだろう。
ホテルに入ると、煌びやかなシャンデリアの光が、ガラス張りの外観を美しく照らし出していた。
格式高いこのホテルは、日本有数の財閥・凰条家が長年贔屓にしている場所であり、俺自身も仕事でたびたび利用することがあった。
「あ、あの……」
戸惑った顔を見せる澪に告げる。
「澪、今夜は家に帰っても気持ちが晴れないだろう?だから今日はふたりでここに泊まろう」
父さんも母さんも澪が帰ったら心配で駆け寄っていくはずだ。
何があったのか、そう問いかけてしまうだろう。
そうなると澪はいつまでも御堂家のことを考えてしまうから、今日はいつもと違う場所で澪と過ごしたかった。
「凰条様、お待ちしておりました」
支配人が出迎えてくれて軽く会釈をする。
「突然部屋を取ってもらって申し訳ない」
「いえ、凰条様であれば大歓迎です」
支配人がカードキーを差し出すと、俺たちはエレベーターに乗り込むことにした。
カードキーをかざし、最上階のボタンを押す。
これくらいで澪が元気になれるとは思っていない。
でも心を休めることはできるだろう。
俺たちは部屋の前まで行くと、ドアを押し開け、中へと足を踏み入れた。
部屋の照明が自動的に点灯し、広々とした室内が柔らかい光に包まれる。
「わ……」
澪が小さな声が漏らした。
天井の高いスイートルーム。
大きな窓の向こうには、煌めく夜景が一望できるようになっている。
柔らかい絨毯が敷き詰められた床に、ゆったりとしたソファセット、そして奥にはキングサイズのベッドが鎮座していた。
中央のテーブルには、シャンパンとグラスが美しく並べられ、ガラスの花瓶には白い薔薇が飾られている。
「すごい……こんなにステキな部屋……」
澪が部屋の中をゆっくりと見渡し、感嘆したように呟く。
「気に入ってくれたならよかった」
ここにはクリーニングを頼めるサービスもあるし全て揃っているから安心だ。
「でも、本当にいいんでしょうか……」
その表情はどこか不安げで、落ち着かない様子が伝わってきた。
俺は荷物を置いてゆっくりと彼女の隣へと歩み寄る。
「まだ不安があるか?」
「だって、一真さんには迷惑ばかりで……」
「澪、今日はそんなこと考えずにリラックスして欲しい。俺はキミになんの危害もなくてホッとしてるんだ。キミがここにいてくれるだけで幸せだ」
まっすぐに伝えると澪の肩の力が少しだけ抜けたのが分かった。
「今日はここでゆっくり過ごそう。ここならルームサービスも充実しているし、キミが嫌なら外にも出なくていい」
「一真さん……っ、ありがとうございます」
澪は目に涙を滲ませながらつぶやいた。
それからルームサービスを頼んで食事をとることにした。
ホテルの中で食事をしながら、たわいない話をしているとだんだん澪の表情も明るくなってきたようだった。
「あの、一真さん……お聞きしたいことがあって……」
「どうした?」
「零お姉様に何かされませんでしたか?」
なるほど、ずっとそのことを不安に思っていたのだろう。
「お母様に連れ去られ、お姉様が一真さんと既成事実を作ろうと作戦を立ていることを知って驚愕しました……一真さんの身に何かあったらと不安で……」
俺は澪の手を取りながら言った。
「何もされていないよ。戻ってきた時にキミじゃないことはすぐに分かったしな」
「そうだったんですか……」
「当然だろう?」
「一真さんはすごいです……いつも何でわかるんだろう。私たちはそっくりだってよく言われていたのに」
「俺には似てるようには見えないよ。澪を間違えることは生涯ないだろう」
「一真さん……」
ぽっと頬を赤らめる澪。
照れている彼女の仕草は可愛げがあって美しかった。
それからゆっくりとした時間を過ごし、お互いに順番にシャワーを浴びると同じベッドに横たわった。
澪も疲れたことだろう。
ライトを消そうとした瞬間、澪が俺の手にそっと触れた。
澪は、視線をさまよわせながら、戸惑うように口を開いた。
「あ、あの……っ」
白く細い指が、膝の上でぎゅっとシーツを握りしめる。
心の中で言葉を探しながらも、なかなか言い出せないようだった。
俺はそんな澪の仕草を静かに見つめ、優しく微笑んだ。
「もう少し話がしたかったか?」
「いえ……そうじゃなくて……」
小さな声でそう呟きながら、澪は頬をほんのりと染めた。
まつげがふるふると震え、緊張した様子がありありと伝わってくる。
「その……旦那様を喜ばせるのも、妻の務めだと聞いたことがあります」
かすかな躊躇いを滲ませながら、それでも勇気を振り絞るように言葉を紡ぐ。
澪の口からそんな言葉が出たことに驚き目を見開く。
「私はしてもらってばかりですし……」
きっと彼女の中で引け目に感じてしまっての提案だったのだろう。
「魅力的なお誘いだが……」
澪の耳元に口をよせる。
「無理することはない。キミの準備が整うまで、しっかり待つつもりだ」
そう言って小さく震えている手を包み込んだ。
無理をしながらも伝えてくれたのだろうな。
その気持ちに答えるように俺は名前を呼んだ。
「澪、愛してる。ずっと俺のそばにいてほしい」
「はい……」
静かにそう告げると、俺はゆっくりと顔を近づけた。
澪がそっと目をつぶる。
ふわりと息が触れ、唇がそっと重なった。
「んっ……」
短いキスをいくつか落として、好きだと告げて眠りにつく。
そんな日の夜はとても幸福に思えた──。




