出来損ないの私
──ガシャン!
甲高い音が、静寂に包まれたダイニングルームに響き渡った。
重厚なペルシャ絨毯の上に、銀のティーポットが転がる。
琥珀色の紅茶がじわりと広がり、高価な生地をゆっくりと染め上げていく。
その瞬間、母の視線が突き刺さった。
「……澪!また落としたわね!お前は、お茶を入れることもまともにできないのかい!」
声を荒げるお母様。
その声にはいつも深い侮蔑が滲んでいた。
「申し訳ありません……」
私はすぐに膝をついて、近くにあった布巾で床を拭った。
「触らないで。あんたが拭いたところで、余計に汚れるだけよ。使用人を呼ぶわ」
「ごめんなさい……」
使用人のめぐさんがやってきて手際よく汚れを片付けていく。
それを見ていた対面に座る私の双子の姉──零お姉様は、手元のカップにそっと口をつけ、くすりと笑った。
「お母様、怒っても仕方ないわ。澪は昔から何も出来ない愚図だもの」
そう言って笑う彼女は組んだ足をプラプラと揺らしていた。
先ほど私がお茶出しをしようと歩いたタイミングで伸ばされた足。
それに引っ掛かり私はお茶を溢してしまった。
「全く、零はこんなにしっかりしてるのに……」
いつからか、お姉様は私に嫌がらせをするようになった。
お姉様と私は、一卵性の双子として生まれた。
生まれた時から周りにはよく似ていると言われたが、中身はまるで違った。
零お姉様は社交的で、頭脳明晰。誰に対してもそつがなく、容量がいいタイプの人間だった。
それは両親の誇りであり、御堂家の顔ともいえる存在だった。
対して私は、何をやっても冴えず、お姉さまのような秀でたところもなかった。
たびたび失敗を繰り返すことから、母は白い目で私を見ることが多かった。
「双子なのに、どうしてこうも違うのかしらね」
母は何度となく、その言葉を口にしてきた。
零お姉様と私を比較しては私をなじった。
お父様だってそう……。
使えない私を外に出したくないのか、いつも華やかなパーティに参加するのは、零お姉様だけだった。
「澪は、家で留守番をしてろ。パーティには零を連れてく。お前みたいなやつが変なことをしてうちのイメージを下げられたらたまらん」
「はい……」
父、御堂将弘は創業百年以上の歴史を持つ老舗和菓子メーカー「御堂堂」の五代目社長である。
御堂堂は、伝統的な製法を守った羊羹が人気で贈答品としても皇室関係者にも納められたことがある。
こうした格式の高さゆえ、御堂家は社交界とも深いつながりを持ち、将弘自身もたびたび華やかなパーティーやレセプションに招かれていた。
しかし、その場に私が行けたことは一度たりともない。
「どうせお前が行っても、恥をかくだけだ」
そう言われ続け、家族が外出する日には私は家の奥に閉じ込められるようになった。
お姉様が絢爛たるドレスに身を包み、両親とともに煌びやかな世界へと消えていく中、私は広すぎる屋敷にひとりぼっちであった。
私がここに……御堂家として生まれてくる意味はあったんだろうか。
双子として生まれてきても、まるで私の存在を隠すように扱われ続ける。
私はなぜ生まれてきてしまったのだろう。
毎日が苦しい。
幸せにはなれないと分かった世界で生き続けなければいけないことが苦しい──。