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尋ねてきた者




朝。食事を終えると朝の温かい陽射しが、凰条家の広々とした部屋に差し込んでいた。

澄んだ空気の中、上品な茶器から立ちのぼる香りが、ほのかに室内に広がる。


するとまるでその静寂を破るように凰条家のベルが突然鳴った。


そして凰条家の執事が滑るような足取りで近づき、一真さんのお母様に伝える。


「奥様。御堂家のみなさまが、玄関先にいらっしゃっております」


──ドクン。


低く抑えた言葉は私の耳にも届いてしまった。


お父様とお母様がここへやってきたということは私を連れ戻しにやってきたのだろう。


やっぱりこうなってしまうのね……。


うつむくと、一真さんのお母様は優しく私に告げた。


「澪さんは、一真とふたり奥の部屋にいなさい」

「母さん、俺も出ようか」


「大丈夫よ、私たちだけで。今は澪さんの側にいてあげて」

「分かった」


一真さんが頷くと私は、彼に手を取られ奥の部屋へ身を潜める形になった。


私がここにいる限り凰条家にも迷惑をかけてしまう。

そんなことは分かっていたはずなのに、この状況に甘えていたんだ。


「一真さん、私やっぱり……」


出ていかないといけない。

私はここにいてはいけない。


そう告げようとした時、一真さんは私の言葉を遮った。


「キミ、また良からぬことを考えていないか」


一真さんの言葉に私はうつむく。


「キミの居場所はここだ。どうか出て行こうなんて考えないで欲しい」


「でも……このままじゃ一真さんにも一真さんのお父様、お母様にまで迷惑がかかります」


「母さんも、父さんも迷惑だなんて思っていないよ」

「でも……」


そこまで言った時、一真さんは私に提案をした。


「キミが嫌じゃないのなら様子を見に行くか?父さんも母さんもキミを大事に思って戦ってくれるはずだ」


ここにいてじっと息をひそめているよりはいいかもしれない。

お父様とお母様の求めていることがわかるから。


一真さんに諭され、私はお父様とお母様が案内された応接間の前に行くことにした。


応接間からはまるで人がいないみたいに静かな空気が流れていた。


一真さんが、そっと襖を開けると壁には優雅な風景画が掛けられ、テーブルの上には季節の花がさりげなく飾られているのが見える。


そこには、一真さんのお父様とお母様が揃って立っていて、この空間に不釣り合いなまでに張り詰めた緊張感が漂っていた。


「今日は突然お邪魔してしまい、申し訳ありません」


向かい側に見えたのは、お父様とお母様、そして零お姉様だった。


零お姉様まで来ていたなんて……!


お父様の手には、かの有名なブルーラーの豪華な洋菓子の詰め合わせがあった。


銀の包装紙に包まれたそれは、一目で高級なものであるとわかる。


「これは、ほんの手土産でございます。お口に合えばよいのですが」


お母様がにこやかな笑顔を浮かべている。

しかし、その瞳の奥には冷たい光が宿っていた。


「ありがとうございます。お気遣いいただき恐縮です」


一真さんのお母様は微笑むだけで手土産を受け取らなかった。


「こちらをどうぞ、お受け取りください」

「いいえ。せっかくですが結構ですわ。それよりも今日はどういったご用件でしょうか?」


一真さんのお母様が落ち着いた声で問いかける。

すると私のお父様は笑顔を崩さぬまま伝えた。


「以前の縁談の件で、もう一度お話が出来たらと思いまして」

「縁談、ですか?」


縁談という言葉に私は小さく反応した。


隣に座る一真さんが、そっと私の手を握ってくれる。


彼の温もりに、どうにか心を保つことができた。


「そうです。実は、あの縁談は本来我が家の長女、零とのお話でございました」


お母様が相手の気を悪くさせないためににこりと笑う。


「ただあの日、零には外せない用があり……澪を向かわせたのです。あまりに突然だったため、いい出すことが出来ず不躾なことを……本当に申し訳ありません」


3人は深く頭を下げた。


「零の気持ちとしては一真さんとの縁談を進めることを切に願っております」


また、やっぱりその話……。

お母様たちはなんとしてでも零お姉様で縁談を進めたいのだろう。


「一真からは、澪さんと縁談を進めていきたいと聞いております」


切り裂くように一真さんのお父様が伝える。


一真さんのお父様は言葉数は多くないものの発言に力があった。


「ええ、そのことなんですが……澪は……本来、表に出るべきではない娘でして……きっと澪がそばにいることで凰条家の名を汚すことになります」


何度も繰り返されたその言葉が、私への呪縛となっていく。


こうやって親切にしてくれた凰条家の名を汚すようなことはしたくない。


でも、私は劣等生だ。

もしかしたら迷惑をかけて凰条家の名を汚してしまうかもしれない。


すると手を握っていた一真さんがそんなことないとでもいいたげに首をふった。


「でもその反面うちの零は、家柄や教養、すべてにおいて凰条家にふさわしい娘です。ですから、どうかうちの零と縁談のお話を進めていただきたく改めて正式な挨拶を……」


零お姉様は時折、小さく会釈をしたり、微笑んだりしていた。


自分の方が優位であることを伝えているようだった。


ここまで来ても尚、自分の両親は私が幸せになることを許さない。


その時、一真さんのお母様が穏やかな表情のまま小さく告げた。


「どうして澪さんのこと、そんな風に貶すのですか?」


一真さんのお母様は厳しくしっかりとした声で言った。


「いえ、別に貶すというか……本当のことを言っているだけで……澪は凰条家に入るような器ではないんです。凰条家に迷惑をかけないために私たちはぜひ零を……」


「私は、澪さんがうちの家に泥を塗るような人だとは到底思えません。澪さんの心の優しさ、それから品性、風格。何をとってもステキでどうしてこうも人格を否定するようなことが言えるのか分からないと告げているのです」


一真さんのお母様の言葉に私は涙が出そうになった。



どうしてこんなによくしてくれるんだろう。

どうしてこんな風に迷惑をかけているのに、強い言葉で守って包みこんでくれるんだろう。


優しくて温かくて涙が出て来る。




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