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緑青島の殺人  作者: 髙比良実
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老使用人の供述

1992年10月某日、小説家岸辺の元にとある招待状が届く。その差出人は、かつて人気ドラマの主演俳優として名を馳せた道源兼光。かくして彼が住む孤島、緑青島で開催される誕生日会に参加することになった岸辺と編集者三宅だったが、島に到着して早々当人から本当の招待理由を告げられる。それは、2年前にこの島で発生した未解決事件で亡くなった妻雪子の死の真相を探ることだった。


「映写室の管理は、いつもあなたが?」


シアタールームの後方に位置する映写室、その入り口に立った岸辺は、部屋の中を眺めながら問いかけた。


「はい。ですが、映写機が燃えたことなんて今まで一度も御座いません」


多田がもの悲しげな表情で室内を見回しながら呟いた。


すっかり行き詰まってしまった二人がアプローチを変えようとしていたところで、燃えた映写機の回収のために多田がシアタールームに現れた。映写機の回収はあくまで口実で、俊典からこちらの監視を云い渡されたのかもしれない。


ただ先生の中では、いくらシルエットの身長や体格を偽装したとしても、身体的な特徴や年齢的な問題から考えて、多田はまず犯人ではないという結論に達していた。


岸辺は屈んで、部屋の中央に残った映写機の残骸に顔を近づけた。


「この部屋も耐火性なんですね」


三宅は部屋を見渡しながら呟く。映写室自体はコンクリートでできているため、火の影響は殆ど見られないが、黒く燻んだ映写機自体はまるで原型を留めておらず、『大江戸惨殺譚』のフィルムに関しては全焼してしまったらしい。焦げ臭いような異臭が鼻をつく。


「はい。ここも二年前の火事で燃えてしまったので、再建の際に耐火性のコンクリートで作り直されました。まさかこのような形で、その効果を確認することになるとは思いませんでしたが」


「ということは、犯人は火が部屋全体に燃え広がらないことを知っていたんですね」


三宅はメモを取り出しながら、床に膝を突いた。


「映写機を始動する前に、何か変わった点は御座いましたか」


岸辺が質問を始めた。


「いえ、あのフィルムは以前から入れてあったので確認はしておりませんが、前回上映した時には異常はありませんでしたし、映写機にも変わったところは無かったと思いますが」


「以前というのはいつですか?」


「二ヶ月ほど前でしょうか。ご主人は、雪子様を亡くされて以来、誕生日のような特別な日以外は殆ど利用されなくなっておりました」


「シアタールームは普段施錠しているんですか。特に昨日は?」


「いえ、入ろうと思えば入ることができましたね。一応扉に鍵はついておりますが、基本的に開け放しでしたので」


多田は悔しがるように眉を顰めていた。


「誰がやったにせよ、確実にシアタールームを利用する主人の誕生日——今日を実行日にしていたのだから、映写機に仕掛けを施したのは直前の可能性が高いでしょう。昨夜か、今日の早朝か。今日主人が来る前に、突然誰かが映写機を使用する可能性もなくはなかったわけですから。————昨日、誰かここに入った人はいましたか」


「さあ、誰もご利用されていないと思います。当然、私も入っておりません」


「まあ、そうですよね。いつでも入れたのであれば、わざわざ一目につくような時間に入らなくていいんですし」


三宅はそう云ってメモの書く手を止めた。


「では質問を変えます。シアタールームに来る前は何をされていましたか?」


いかにも取り調べというような岸辺の質問にも多田は嫌な顔一つせず、


「七時頃からダイニングルームで朝食のご用意を。テーブルに人数分の食器やカトラリーを並べておりました。小川は奥のキッチンで朝食の準備をしていたので、私の作業の音が聞こえていたはずです。七時二十分頃、上映のために一度ご主人からシアタールームに呼ばれまして、上映開始後は再びダイニングルームに戻りました」


「その前後に、ご主人以外の誰かを見かけたりしていませんか」


三宅は懸命にペンを動かしながら尋ねた。


「ご主人がいらっしゃる何分か前に———十分程前でしょうか。七時十分位、隆平様がダイニングルームにいらっしゃいました。なんでも、自室の冷蔵庫に入っていた飲み物を全て飲み切られてしまったようで、キッチンの冷蔵庫から水のボトルをいくつか持って行かれました。昨夜はかなりお飲みになっていましたから、酔い覚ましのためだったのでしょう。半分眠っているような状態に見えました」


「隆平さんが七時十分に。成程」


それならば隆平がダイニングルームに来る前に、隣のシアタールームに入り込んで、映写機のフィルムに仕掛けを施した可能性もあるという訳か。


「上映開始後にダイニングルームに戻ってからは、三宅様が入ってくるまでは誰もいらっしゃいませんでしたよ」


「成程。ちなみに廊下を通った人はいませんでしたか。隆平さんがダイニングルームに来る前後に、シアタールームに行っていたということは」


三宅は新たな情報を手元のメモに記しながら質問を続ける。


「申し訳ないのですが、目の前の作業に気を取られておりましたので、隆平さんがダイニングルームを出られた後どちらに向かったのかは見ておりませんし、廊下の方もあまり気にしておりませんでした。ですが、三宅さん以外の足音は一度も聞いていないと思います」


三宅の記すメモを眺めながら、岸辺が口を開いた。


「そうですか。また質問が変わりますが、雪子さんと兼光さんが亡くなられてしまった現在、この家や遺産はご兄弟が相続を?」


「そうです。ご主人は十年以上前から、もしもの場合に備えて遺言を遺されておりました。それによれば、雪子様亡き今この家は俊典さんに譲渡され、遺産は兄弟で山分けされることになっていると」


遺産相続の点にも至って変わった点はないようだ。


「そうですか。では、現在も俊典さんには何か金銭的なトラブルがあったりしますか」


「さては、俊典様を疑っておられますか。私の口からは云えることはありませんが、あのご兄弟は、自らの父親を殺害するような人ではありませんよ」


使用人の忠誠心からか、多田の表情が僅かに強ばった。


「勿論俊典さんが犯人だとは思っていませんが、全員が容疑者である以上疑わないわけにはいかないのですよ。現在必要なのは、疑うことですから」


岸辺は無表情を変えることなくそう返した。


「それはそうですが」


多田は閉口し、徐々に視線を落としていく。


「ですが、ご主人と俊典様の金銭問題はとうに解決されていたはずです」


「詳細を教えていただいてもいいですか」


岸辺の質問に多田は萎縮し、


「申し訳ありませんが、内情についてはあまり存じ上げておりません」


「そうですか。質問は以上になります。どうも有り難うございました」


岸辺は軽く頭を下げる。三宅もメモを閉じながら、先生に倣いお辞儀をした。


「何かあればいつでも応対しますので、いつでもどうぞ」


多田はお辞儀を返すと、散らばった残骸を集め始めた。しかし、年齢的にも膝を床につくことが厳しいようで、呻き声を上げて動きを止めた。


「手伝いますよ」


三宅はすぐさま多田の身体を起こすと、率先して残骸を集め始めた。岸辺も丁寧に一つ一つ拾い上げ、ビニール袋の中に入れていく。


「ん?」


岸辺は残骸の下から何かを拾い上げた。


それは見るに、掌に収まるサイズの黒い布のようだった。端は焦げており、中の繊維が不規則に突出している。


岸辺はその表面を撫でる。


「表面が滑らか、コットン製みたいだ。火で燃えて一部だけ残ったんだろう」


「何の一部なんでしょうか」


「それは判らない」


二人は多田に視線を移したが、


「分かりません。ここにそのような材質のものは置いていなかったはずです。恐らく、外部から持ち込まれたものだと思います」


「じゃあ、犯人の持ち物だったんでしょうか」


三人はこの布切れの正体についてそれぞれ思案を巡らせてみたが、納得のいく案は出なかった。岸辺は仕方なくその布切れをポケットに仕舞いこむ。

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