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緑青島の殺人  作者: 髙比良実
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映画館の殺人

1992年10月某日、小説家岸辺の元にとある招待状が届く。その差出人は、かつて人気ドラマの主演俳優として名を馳せた道源兼光。かくして彼が住む孤島、緑青島で開催される誕生日会に参加することになった岸辺と編集者三宅だったが、島に到着して早々当人から本当の招待理由を告げられる。それは、2年前にこの島で発生した未解決事件で亡くなった妻雪子の死の真相を探ることだった。


鴨川の呼びかけによって、一階の応接間に八人が集まった。真希と美香は部屋に残っているようだ。最後に現れたのは、二日酔いの雰囲気を全身に纏わらせた次男、隆平。説明無く応接間に呼ばれたためか、眠気混じりの不思議そうな顔で周りを見回していた。


九時五分———予定されていた朝食の時間は過ぎていた。


隆平の到着を機に、小山内は緊迫した面持ちで口を開いた。


「皆さん、落ち着いて聞いてください。兼光さんが亡くなられました」


「は?」


隆平が途端に目を見開き、小山内の方に視線を向ける。


「正確には、何者かによって生命を絶たれた———現時点ではそのように考えております」


そして、小山内自身が目の当たりにした主人の状態を告げ終えると、チラリとこちらに視線を向けた。


バトンを受けた三宅は、今朝の早朝から主人と先生の三人で、シアタールームで映画を観ていたこと。その最中にシアタールームにいた何者によって殺害されたこと。そして、その直後爆発音と共に映写機が燃焼していることに気づき、その間に犯人が姿を消したことを説明した。


各々の口から戸惑いと恐怖の声が漏れ、表情が強張った。


「どういうことですか?親父が殺された?誰に?」


眉を顰めた俊典が呟いた。そのまま彼は何か言いたげな表情で三宅と岸辺の方を睨むように見ていた。まず疑われるのは、部外者である自分達であるのは間違いないようだ。


視線が合ってしまい、思わず三宅は視線を逸らす。隣に腰掛けた岸辺は相変わらず、視線を床に落としている。


「宜しければ……確認されますか。シアタールームに」


席を立った一同は、女医を先頭にして事件現場へと向かった。


「私は警察に連絡してきます」


今にも泣きそうな鴨川は足早に玄関口の方に歩いていく。







「兼光さんには触れていませんよね」


女医の唐突な問いかけに、ぼんやりとした意識が引き戻された。


「脈拍を測るために一度だけ」と岸辺。


三宅は視線を岸辺から主人の遺体に戻す。主人の抜け殻は先程と変わらない体勢で、中央の席に座ったまま頭だけ力無く前に垂れていた。


「嘘だろ親父・・・どういうこと?」


変わり果てた父親の姿を注視しながら、隆平は誰に言うでもなく呟く。


「毒殺です。恐らく、毒性のものを注射されたのだと思います」


「毒って、なんなんだよ……」


隆平は呆然と父親の遺体を眺めていた。


照明に照らされた主人の首の左側部は、赤紫色に変色していた。円周状に広がった変色部分の中心には、細い針状のものが刺さったままになっている。爪楊枝ほどの細さの針が、主人の皮膚から五センチ程伸びている。


「注射というより、先端に毒が塗られた針を刺したようですね。犯人はこの辺りから刺したのでしょうか」


そう云うと岸辺は、多田の方に顔を向け、


「ちなみに僕達が座っていたのは、ご主人の右隣のそこですよ。それは多田さんも確認されていますよね」


「はい。それは確かに確認しておりますが」


無規則に広がった頭髪を頻りに掻きながら、隆平が疑問の声を上げた。


「いやいや、多田さんはその後朝食の用意でシアタールームを出たんだよね?だったら、上映中は親父とあんた達の三人だけ。座っていた位置なんか、まるで証拠になんないよ」


「すみません」


左の出入り口から鴨川が現れた。


「警察の方には連絡を入れましたが、嵐の影響でこちらに着くのは早くても明日になると」


困惑と恐怖の声が各所から漏れ聞こえる。


「明日?では、それまで僕達にどうしろと。犯人は野放しですか」


俊典は大きなため息をつきながらシートに腰掛けた。


「できる限りのことはしておいた方がいいかと。私たちなりに状況を整理して、犯人の動向について調べてみましょう」


小山内は至って真剣な面持ちで投げかけた。


「仮に犯人は、兼光さんが座っていた席の左後方、丁度今岸辺さんのいる位置からこの針を刺したとしましょう。その後の経緯を教えてください」


三宅は目下のメモに視線を落とした。そこには、自身が目にした光景や行動を備忘録としてできるだけ纏めていた。




・上映開始直後、スクリーン画面が一時的に停止した。


・スクリーンが暗転した直後、兼光氏、突然苦しみ始める。


・主人の後方(左通路)辺りから、階段を降っていく足音が聞こえる。


・再び映画が映ったスクリーンの前を、左から右に黒い人影が通りすぎて行く。スクリーンに映ったのは上半身のみだったが、黒ずくめであった。フードを被っていたようで、性別の判断はできなかった。


・爆発音と同時に画面に真っ赤に揺れる炎が映し出される。後ろを振り返ると、映写室で火がついていることを発見。


・視線を前(スクリーン画面)に戻すと、既に犯人は姿を消していた。恐らく、右側の通路から出て行ったと思われる。


・岸辺、犯人を追って右通路から二階に向かうが、犯人はどこかへ消えていた。


・三宅、助けを求めるために隣のダイニングルームへと向かい、多田から消化器を受け取る。そのまま二人で映写室に戻り消火、照明を着けて主人の遺体を確認。岸辺が小山内、鴨川を連れて右出入り口から戻ってくる。


「では、犯人は犯行後二階に逃げていったと」


小山内の質問に三宅は、


「そうだと思います」


重苦しい沈黙を破るように岸辺が口を開いた。


「犯人を追って二階に向かいましたが、既に廊下には姿はなく、各部屋を尋ねてみましたが、皆さん部屋にいらっしゃいましたね。特に、小山内と隆平さんは熟睡中だったようでした」


「ちょっといいです?」


隆平が疑問を呈す。


「何故俺達が疑われるわけ?一番疑われるべき人間がいるじゃん」


それに乗じて俊典は敵対心を露わにしながら口を開く。


「犯人は先生方、貴方達二人で、全くの嘘八百を並べているだけなのではないですか?」


そう云われてしまうと、何も反論できない。犯人は消えてしまったし、今この場にいるとしても自ら進んで名乗るわけもない。


「それはないと思います」


口を開いたのは、小山内だった。


「兼光さんの殺害に使用されたのは、恐らく鳥兜の毒です。アイヌでも鳥兜の毒を鏃に塗って狩りに使用していたと。この島にも少し自生していますが、この時期だともうほとんど花も枯れてしまっている時期でしょう。犯人は恐らく、前もって採取した鳥兜の花から抽出した毒を使用したのです」


鳥兜の毒については以前、短編のネタとして先生から云われて調べたことがある。


少量であれば、二〜六時間。量によっては即死。兼光氏の首に刺さった針には、悍ましい量の毒が塗られていたのだ。


「確かにここには、雪子様の趣味で持ち込まれた種が群生しておりますが」


多田は記憶を掘り起こすように両目を閉じる。


「それなら、自分達以外の犯行に見せかけるために、予め本土の鳥兜から採取していた毒を持ってきた可能性もあるじゃないですか」


「そもそも、この島に鳥兜が生えていること自体知りえないでしょう」


小山内の反駁に俊典は口を閉じた。


「それに、お二人は兼光さんから招待を受けてこの島に来たのですよね」


岸辺は小山内に一礼をすると、ポケットから折り畳まれた紙切れを取り出して広げた。


「これは昨日ご主人から見せていただいた手紙です」


それは確かに昨夜主人の書斎で見た、差出人不明の手紙だった。その書面には確かに、犯行を自白する無機質な文字列が記されている。


「私たちはあくまで取材のつもりでこの島を訪れたのですが、昨日この館に到着して間もなく、ご主人からこの手紙について相談を受けました。ご主人は、この手紙の差出人が二年前雪子氏を殺害した犯人であると考え、僕達にこの犯人を見つけて欲しいと依頼されました。このような状況になってしまったことが非常に心苦しいですが、僕はこの差出人こそ今回の兼光氏殺害の犯人だと、そう考えています」


「一体何を云っているんだ、あなたは。大体そんなものいくらでも偽装できる。二年前の事件に結びつけて撹乱するために、あなたが偽造したのでは?」


俊典は敵意を前面に出して指摘したが、それにも岸辺は臆することなく、


「この手紙は、この封筒に入っていたらしいのですが」


そう云って反対のポケットから土気色の封筒を取り出した。その片方の面には昨日見た通り、宛先である道源兼光の名前が記されている。


「ああ」


声を出したのは、小川だった。


「私昨日の朝、玄関にその封筒が落ちているのを見つけました」


「この島への郵便物はいつも多田さんが持ってきてくれるとお聞きましたが、多田さんが落としたというわけではないですか?」


岸辺は小川に向けていた視線を、多田の方に移した。


「いえ、そのようなことはございませんし、最初に郵便物を確認した段階でその封筒はありませんでした」


「であれば僕と三宅がこの島に来る前に、封筒を玄関口に落とすことなどできない。僕達以外の誰かが意図的に落としておいたのです」


隆平は苛立たしげに溜息を溢す。


「何も、その手紙の差出人が犯人かは分かんないでしょ。それに、封筒は君らが来る前からここに落ちていたとしても、中身がその手紙だったのかは分かんないし」


「警察が到着するまでに、僕達が犯人ではないという確かな証拠をお見せします。真犯人というおまけ付きで」


岸辺の言葉に答えようとするものはなく、玄関ホールは異様な空気で満たされた。


次に俊典の提案で、岸辺と三宅の持ち物検査が行われたが、当然、不審なものが出ることはなかった。小山内の発言にも助けられ、一旦の容疑は晴らすことはできたものの、犯行後から現在までに証拠を廃棄する時間があっただけに、無実を晴らす確証にはならない。


やがて、小山内は痺れを切らしたのか、


「兎に角、現時点ではお二人が犯人とは考えにくいのです。警察が来るまでは、お二人の話を元に犯人を炙り出していく方が有意義であると思いますけどね」


俊典は一度溜息を吐くと、


「親父を殺した人間は、それ相応の報いを受けてもらわなくてはいけない。犯人探しをしていただいても構いませんが、くれぐれも気をつけてくださいよ。犯人はまた動くかもしれないですから」


俊典は凍てつく視線をこちらに向けながらそう云うと、ソファから立ち上がる。


「一度解散しますか。こうしていても気が休まらない。再犯の可能性もありますし、戸締りはお忘れなく」


「朝食はどう致しましょうか」


小川が震えるような声で問いかけた。


「俺は少し頂こうかな。こんな時でも腹が減ってしまうなんて、自分でも驚きだ」


隆平は自重気味にそう呟いた。他に返事をするものはなく、


「人数分の料理を作って冷蔵庫に入れておきますので、お好きな時にお取りください」


「犯人が毒を用いていた以上、料理にも注意しなければならない。調理は複数人の見張りの下行い、食事は各々の部屋で摂ってください」


俊典はそう云うと、隆平と多田と共に父の遺体を担架に乗せてシアタールームを出た。


シアタールームに残ったのは、岸辺と三宅、そして小山内の三人だった。


「先程はどうも、ありがとうございました」


三宅と岸辺は口々に女医に感謝の言葉を述べた。


「いえ、あくまで公平な判断をしたまでです。申し訳ないですが、私だってお二人が犯人である可能性を捨てたわけではありません」


「ええ。ですが一つ借りができましたね。あのままでは犯人を見つけるどころか、私達が犯人になってしまうところでした」


三宅は何度も頭を下げる。


岸辺も感謝の言葉を述べたが、何やら悔しそうな表情をしていた。


「それに、犯人が二階に逃げたというなら、私も一応容疑者の一人だと思いますが」


「その点に関してご心配は要らないと思います。部屋から出てきた時のあなたは、とても犯行を終えた犯人には見えませんでしたから」


「ああ、そうですか」


小山内は跳ねた髪を撫でながらぎこちない笑みを浮かべた。

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