虚仮威し(三)(四)
三宅のメモ(黒田由美略歴)
1944年4月 誕生。
1962年?月 (18歳) 高校卒業後友人と上京。役者を志す。1967年4月 (23歳) 道源家に勤める使用人として緑青島で働き始める。
1968年3月 (23歳) 使用人を退職。福島の母親の元に戻り一緒に暮らし始める。
1968年6月 (24歳) 瑛太郎と結婚。
1969年5月 (25歳) 娘ちはるを出産。
1969年?月 (25歳) 家族で和菓子店を出店。
1972年?月 (29歳) 娘の小学校入学を機に由美も経営に参画。経営が軌道に乗る。
1989年2月 (44歳) 癌が発覚。精神的な問題を抱える。
1990年6月 (46歳) 家族の元から突如失踪、再び緑青島で働き始める。
1990年11月(46歳) 道源兼光の誕生日に、道源雪子を殺害(?)
1991年2月 本土での生活中に失踪、行方不明に
1991年 7月 青木ヶ原樹海にて、遺書と共に白骨遺体で発見される。
三宅のメモ(緑青島略歴)
1961年?月 兼光(30)と雪子、役者業を引退し結婚。緑青島を購入、俊典誕生
1962年3月 緑青島の邸宅に移住。多田、他二名と共に勤務開始
1963年8月 隆平誕生
1967年4月 黒田由美(23)勤務開始
1968年3月 黒田由美、退職
1982年9月 小川、勤務開始
1985年10月 鴨川、勤務開始
1989年6月 黒田由美(46)使用人として再び働き始める
1990年11月15日 道源兼光、手術のため、多田と共に本土の病院へ
1990年11月16日 兼光の誕生日前日、俊典、真希、美香、隆平、小山内、緑青島を訪問
1990年11月17日
午前一時 最後までダイニングに残っていた隆平、小山内が部屋に戻る
午前二時頃 鴨川、正面階段を上る黒田を目撃
未明 雪子、死亡
午前三時 黒田、雪子の遺体を発見、鴨川が警察に通報
午前四時 真希、美香母子を除いた全員が雪子の部屋に集まる
午前四時?分 火事が発覚し、全員が館から脱出。港で警察、消防の到着を待つ
午前六時 警察、消防が到着。本土の警察所に連行され事情聴取を受ける
午前八時 兼光と多田が警察署に到着、事件の詳細を知る
1990年11月23日 本土での取り調べが一旦終了。兼光と多田、緑青島に戻り仮設住居で邸宅の再建を待つ
鴨川、黒田、小川、兼光から資金を受け取り、一時本土で生活
1991年2月7日 黒田、消息を絶つ
1991年7月15日 黒田、青木ヶ原樹海にて白骨死体として見つかる。遺書により雪子殺害を自白
1991年11月28日 緑青島の邸宅が竣工。兼光と多田が邸宅に戻る
1991年12月7日 本土で暮らしていた鴨川と小川、邸宅に戻り、再び働き始める
1992年6月21日 雪子の誕生日、俊典、隆平ら客人を招かず
1992年11月16日 兼光誕生日前日、俊典一家、隆平、小山内、岸辺、三宅が島に到着
1992年11月17日 兼光誕生日当日 午前九時 兼光、映画鑑賞中に殺害される
三
徒労に終わり、全員は再びダイニングルームに集まった。途中多田と小川を交えて食器棚や調理器具の棚、一応旧式レンジの中も確認したが、どこにもリモコンはなかった。
「皆さん、申し訳ございません」
鴨川は震えるような声でそう云いながら、頭を下げた。
「・・・・もしかすると、リモコンは私の部屋にあるかもしれません」
頭を上げながら、恐る恐る云った。
「え?」
隆平の苛立たしげな声が響く。
「何で初めから云わないのさ。捜索する意味なんてなかったじゃないですか」
あなたはただ座っていただけでしょうが、とは誰も云わなかった。
「申し訳ございません。以前兼光様から、リモコンの効きが悪いから電池を替えるように申しつけられ、自室に持って帰ったのですが、そのまま部屋に置いたままにしていたことを思い出しました」
鴨川は深く頭を下げると、
「宜しければ、今から取りに行って参ります」
俊典に向かって尋ねた。
「お願いします」
その声に鴨川はまたぞろお辞儀で返し、
「ありがとうございます。では少々お待ちください」
「ただ、一人でいくのは控えた方がいいでしょうね」
扉へ歩き始めた鴨川の背に向かって俊典は云った。
「二人では危険なので三人・・・いや、四人にしましょう。この人数なら、リモコンを取りに行く組と、ここに残る組、そのどちらに犯人が紛れていても下手な真似はしづらいでしょう。———鴨川さん、同行する三人はあなたが選ぶといいです。ただ、真希と美香は兎も角、できれば僕も選択肢からは除外してもらいたい」
鴨川は困惑した面持ちで、全員の顔を見る。ここで選ばれるのは、鴨川にとっては安全であると思われている人に違いない。
「では・・・小川と、多田と・・・」
控えめな調子で名前を挙げていく。やはり、まず安心なのは使用人仲間なのだろう。
「—————あと、三宅様、御同行お願いします」
「私ですか?」
予想外の点呼に三宅は頓狂な声を上げたが、すぐさま現主人の声に掻き消される。
「では、その四人で行ってきてください。部屋はすぐ近くですが、何かあれば大声で呼ぶように」
お辞儀をして歩き始めた三人を追うように、三宅も歩き始めた。
すれ違いざまに岸辺の表情を伺ったが、相変わらず涼しい顔で、目が合うと頷くだけだった。険しい表情をしながら、頭を手でおさえている真希と目が合う。
何故選ばれたのだろうか、昨日初めて会ったばかりの自分が。初めに俊典一家が除外されており、鴨川が同行者として使用人仲間二人を選んだ時点で、残る選択肢は、隆平、岸辺、そして自分の三人だった。先程の彼の豹変ぶりを見ても、隆平は到底同行させたくはないし、間違えて彼を選んだとしても同行を拒否されそうである。ただ、先生ではなく自分が選ばれたのはどうしてなのか。特に深い理由はないと云われればそれまでだが。
そんなことをぼんやりと考えながら、三宅は殿として廊下に出た。鴨川の部屋は、中央ホールの前を通り過ぎた向かいにある。状況が状況だけに、一人一人の間の距離は心なしか長く、口を開こうとする人もいない。一刻も早くリモコンを回収してダイニングルームに戻りたいようだ。今や完全に日は落ちており、廊下の暗がりを橙色の照明がぼんやりと照らす。西洋古城の地下牢のような陰鬱とした廊下。風が窓を叩く轟音が耳を掠め、床を靴が叩く無機質な音が嫌に響く。前を歩く鴨川が不安そうに後ろを振り返る。
中央階段の前を通り過ぎ、鴨川の部屋が見えてきた。やがて、部屋の前にたどり着くと、鴨川が扉を開け、
「ここからは私一人で大丈夫ですので」
あくまで初対面の人間に向けた言葉のように、鴨川は余所余所しく云った。
鴨川が内側から扉を閉めようとしたところで、
「それはアカンやろ」
口を開いたのは、小川だった。
「一応、扉は開けといてもらわんと。あんたがけったいな動きせんか見させてもらわないかんから」
有無を云わさぬその言葉に鴨川は困惑した面持ちを浮かべたが、
「え、ええ、そうね」
鴨川は取り敢えず了承すると、扉を開けたままに部屋の奥へと入って行く。
使用人の部屋は、自分達が泊まっている二階の客室の三分の二程の大きさだったが、部屋の造作は殆ど同じだった。かなりの綺麗好きらしく、整理整頓がきちんとされている。
人の部屋を覗き見ることに多少の罪悪感を覚えたが、この状況でそのようなことは云っていられない。鴨川はこちらに背を向け、奥の書斎机に向かっていく。
——とそこで、突如左方から足音が聞こえてきた。それも、落ち着いた等間隔の足音ではなく、こちらに向かって一直線に駆け寄ってくる忙しない連続音。体内に込み上げた嫌な予感をそのままに三宅は音の方を振り向いた。
「大変です」
その人物は、岸辺だった。何故か先程まで着ていなかったコートを羽織っている。
見慣れた顔に安心したのも束の間、岸辺は何やら酷く慌てた様子で部屋の前まで駆け込んでくる。
「大変です。真希さんが倒れました」
小川の方に向かって云った。
「大丈夫なんですか?」
小川と多田からも驚きの声が出た。
「誰が?」
部屋の中にいたはずの鴨川が必死の形相で岸辺に尋ねた。彼女は岸辺の返答を待つことなく、一目散にダイニングルームへと駆けていく。
「いえ。襲われた訳ではありません。突然気を失ってしまったようで。小川さんもお願いします」
岸辺はできる限り冷静な調子で説明した。小川は一度頷くと、鴨川を追って足早に駆けていく。
四
道源真希は床に仰向けで倒れていた。両目は閉じられ、静かに眠っているようにも見える。先程まで座っていた席から倒れ込んだようだが、幸い目立った外傷はないようだった。その傍には小山内、小川、鴨川が膝を突き、彼女の様子を見守っていた。俊典は泣き出してしまった娘を抱き抱えながら、不安げな表情で妻を見下ろしている。
三宅は静かに、真希の傍で看護している小山内の側に寄った。やはり意識はないらしく、小山内の投げかける言葉に一切の反応を示さない。
「失神だと思います。毒物などの反応もないようですし、恐らく精神的な緊張によるものかと」
そう云うと、小山内は小川に何かを指示した。ふとそこで、これまで閉じられていた真希の瞼が微かに動いた。俊典は懸命に妻の名前を呼びかける。真希は少しずつ目を開きながら、辿々しくも懸命に夫の名前を呼び返した。
「真希……良かった」
俊典は弛緩した表情で何度も呟く。鴨川も眦に涙を浮かべ、安堵していた。
「一体何があったんですか?」
漸く質問できる空気になったところで、三宅は尋ねた。
「四人が部屋を出ていかれた後、急に真希さんが気を失ってしまって」
小山内は先程までより幾らか表情を和らげて云った。額には汗が浮かんでいる。
「もう勘弁してくれよ。ただでさえこんな状況なのにさぁ」
隆平がいかにも迷惑そうに吐き捨てた。今まで気が付かなかったが、彼は倒れた真希から五メートル程離れた部屋の端に立っていた。此の期に及んでも、自分の身の安全を心配していたのだろうか。
多田が運んできた布団に真希を寝かせ、小川は絞ったタオルを額に乗せる。使用人の迅速な対応で、事態は一旦の落ち着きを迎えた。美香を優しく宥めた俊典は、小山内と小川に感謝の言葉を述べると、今度は顔を上げて、
「皆さん、ご迷惑をおかけして申し訳ない・・・」
まだ何か云いたげだったが、それに続く言葉はなかなか出ない。
「云いたいのはそれだけ?」
兄の心情を見抜いているかのように、隆平は得意げに云った。
「まだ何か云いたそうな顔してるけど」
兄の顔を覗き込むように首を傾げる。
それでも俊典が口を開かないことを見かねた隆平は、
「皆さん、各自部屋に戻りましょう。一緒に居ては危険ですから」
人差し指を立てて全員に向かって云うと、再び俊典の表情を伺うように、
「兄貴が云いたかったのはこれだ。どうせ、奥さんが倒れたことで急に怖くなったんだろ?全く、妻子想いのいい旦那だよ。弟が散々頼んでも聞き耳立てなかったくせにな」
俊典は一瞬眉間に皺を寄せたが、すぐさま無表情に戻った。
「・・・・僕達は部屋に戻ります。我儘なことを云うようで申し訳ないですが、これに関しては隆平の意見が正しかったのかもしれません。皆さんもどうか、お気をつけて」
「じゃあ俺も部屋に戻りますわ」
隆平は各方面に胡乱な目を向けながらそう云うと、出口に向かって歩き出した。
「どうか、お願いです」
俊典は美香を抱えたまま、突然頭を下げた。
「これ以上、僕から・・・僕達から、家族を奪わないでください」
誰に向かって云うでもなく、身体の奥底から捻り出すような声色だった。
扉に向かって歩いていた隆平はその言葉に一度振り向いたが、すぐさま踵を返した。
俊典も美香を抱いたまま、未だに朧げな意識の真希を支えて部屋を出て行った。
多田や鴨川の協力の手をも拒み、縺れる足取りで去っていく彼の姿は、とてもか弱い者に感じられた。
この状況に現主人は、最悪家族だけが無事であればいいという決断に踏み切ったのだ。
閑散とした部屋に残っているのは、三宅と岸辺だけだった。
次回から、解決篇となります。
励みになりますので、高評価コメントの方よろしくお願いします!『監獄館の殺人』など、他作品もありますので、よろしくお願いします!




