29. 魔塔主の力②
「お前はラシェル! ラシェル・デルヴァンクール! カレバメリア帝国の皇女だ!!」
ぜえ、ぜえ、と肩で息をする皇帝。
青ざめているラシェル。
何が起きているのか分からない聴衆。
この状況にエスティリオは、我慢できずに笑ってしまった。
「くくっ……今自分で、彼女を指さしながら皇女だって……。あははは! ラシェルは死んだって、さっき言ってなかった?」
皇帝の言う通り、ラシェルは死んでいない。
本人もなぜ自分が死なないのかと、震えながら身体を見ている。
「エスティリオ……私……?」
「もう大丈夫だから」
ラシェルの側に寄り髪を撫でると、瞳から更に涙がこぼて落ちてきた。
「おい……どうなっている? 名も身分も言ったのになぜ死なない?! なぜ死なないんだ!!?」
「何でかなのかは僕が聞きたいくらいだ!! 薬は完璧に仕上げたはずなのに」
皇帝に胸ぐらを掴まれ詰め寄られ、ブリアンは逆ギレしている。
見苦しいったらない。
「蠱毒の効力は術者が死ぬまで続く。これは魔道士の常識」
蠱毒という呪いはラシェルにも説明した通り、術者を殺せば解ける。
なぜなら呪われた者の体内にいる魔毒虫は、一見するとひとつの生命体のようにみえるが、実際には少し違う。
術者と魔毒虫は繋がっており、術者から貰う微量な魔力で生きているのだ。
だから魔毒虫が生き続ける為の魔力源が絶たれると死んで、呪いが解けてしまうという大きな欠点を抱えるが、その欠点さえ除けば解く方法は皆無という利点もある。
他の多くの呪術は呪いを解くための方法が何かしら存在する中、蠱毒は術者を殺す以外に全く方法が存在しない。そのため最強の呪いと、人々から恐れられている。
「そんなことは知っている! 僕は死んでいない! 死んでいないのに何故?!」
「なんでかってそりゃあ、魔力の供給が切れたからでしょ。殺すしかないっていうのは誤認だよ。君、バカなの?」
「魔力の供給が、切れた……?」
ブリアンの顔が、みるみるうちに青ざめていく。
自分の体をぺたぺたと触りながら、「ない、ない」と狂ったように叫びだした。
「ない! 僕の魔力が……僕の魔力がない!!」
「禁術を使った君に、魔塔主として処罰しただけさ」
残念だったね、とブリアンの肩を叩いた。
「禁忌を犯したものから魔力を奪う。みんな魔塔主の特権、忘れてない?」
魔塔主のみが引き継ぐことの出来る秘術。
この世で他人の魔力を奪うことが出来る能力を持つのは、エスティリオただ一人。
前魔塔主のライエはまだ存命だが、この秘術を引き継いだ後はしきたりにより、この術のかけ方に関する記憶を消されている。
ブリアンの罪が確定したその瞬間、エスティリオはその体から、魔力をひとつ残らず奪い取った。
だから皇帝がラシェルの正体を言っても、既に死んだ魔毒虫は動かなかったのだ。
魔力を奪うこの行為は、魔道士にとって死よりもある意味残酷だ。
その残酷さをよく知っているから、ライエはほとんど、その力を行使してこなかった。使うにしても公にはせず、こっそりと。
「う、嘘だ……」
「魔塔主に受け継がれる秘術の話って本当だったのか」
どよめく聴衆に向かい、薄気味悪く笑うエスティリオ。
「俺はライエ様ほど優しくはないんでね。大切な人を守るためなら何でもするよ」
再びラシェルに近寄ったエスティリオは、懐からもうひとつの小瓶を取り出した。
それをラシェルの手に握らせる。
「もう姿を偽る必要はなくなったよ。これを飲んで」
「これは……分かったわ」
ラシェルは意を決し頷き返すと、一息に瓶の中の魔法薬を飲み干した。
するとその姿が陽炎のようにゆらめき変化する。
栗色だった髪と瞳は、ミルクティー色の淡い波打つ髪とすみれ色の瞳へ。頬にあったそばかすは消え、貧相だった体つきも艶やかに。
エスティリオが知る10代の頃のラシェルよりも、ずっと大人びて綺麗になっていて、思わず息を飲んでしまう。
――ああ、失敗したかも。
「ここで飲ませなきゃ良かった」
「え?」
「いや、こっちの話」
元の姿になったラシェルに目を奪われたのは自分だけではなかったことに気がつき、エスティリオは激しく後悔した。
周りで見ていた人達から、感嘆の声が漏れ出ている。
「この……不幸者が!! 生きて宮から出してやったというのに、殺さず生かしてやったその恩を忘れたのか?! 」
「お父様……」
「約束を破り身分を明かしていた上に、魔塔主に擦り寄り父親を愚弄するなど、恥を知れ!」
どうしようもないな、この父親は。
心の内で舌打ちをして、震えるラシェルの肩を抱いた。
「恥を知るのは貴方の方でしょう。これ以上の醜い真似はおやめ下さい」
「ただで済むと思うな、小僧が。我が帝国の力を持ってすれば、魔塔など一日と持たずに落としてくれるわ!」
「まあまあ、落ち着いて。魔塔主領は絶対不可侵なのをお忘れですか?」
「はっ! それがどうした? そんないつできたかも分からぬ取り決めになんの意味がある? 領土を広げるちょうどいい機会だ。おいっ、今すぐ兵を上げろ!!」
「ああそう……」
帝国の人間が命令バタバタと動き出し、招かれた他国の人間はどうしようかとオロオロしている。
「みんな聞いたよね? カレバメリア帝国の皇帝が、魔塔主領を攻略するって。言質は取ったよ」
薄く笑んだエスティリオからズルズルと、幾重もの影が伸び床を這う。それはパーティー会場の中だけでなく外へまでも拡がり、留まることを知らない。
「な、何だこれは」
「魔塔主は秘術を使うことを許されている代わりに、他国は攻めないと誓約している。けれど攻められるとなったら話は別」
就任式の際、各国の要人たちの前で誓約書にサインをする。魔塔は他国を攻めないと。
魔塔主は絶大な力を得る代わりに、この誓いを破れば代償として死が待っている。
ただし、自発的な攻撃はだめでも防衛はまた別。魔塔を守る為の攻撃は良いと、但し書きとして記されている。
「今すぐここで、皇宮にいる全ての帝国民から魔力を奪おうか? もちろん帝国に賛同する国があるのなら、こちらにも容赦はしないよ」
魔力を奪う能力が及ぶのが、一人二人と思ったら大間違いだ。
エスティリオの無駄に多すぎる魔力のおかげで、皇宮内くらいならば軽くカバー出来る。
会場内にいる招待客達にも目を向けると、エスティリオに向かって一人、また一人と膝を折る。
「私は西フマラ国の第1王子です。西フマラは魔塔主様の意思に従います」
「ラドバドル公国も、魔塔主様に従います」
「我が領土はカレバメリア帝国の支配下にありますが、魔塔主様に従います」
次々と魔塔側に賛同者がつき、皇帝と僅かな臣下のみが取り残された。
「みんな魔塔と戦うのは嫌だってさ。魔力がなくなったら、それこそ生活に困るもんねぇ」
「くっ……」
魔力がなければ、明かり一つろくにつけられない。煮炊きも、食料の保存も、生活の多くは魔道具があるからこそ成り立っているのだから。
「このまま開戦してもいいけど、魔塔を攻める間に、自国の領土を取られないように気を付けなよ。何せただのよく斬れる鉄より、魔力を付与した武器の方が圧倒的に強いから。小国でもあっという間に攻め落とされちゃうよ」
皇帝がカクンッと膝から崩れ落ちた。
己の敗北を悟り項垂れている。
「何が望みだ」
「もちろん謝罪は必要だよね。ラシェルを生まれてからすぐに殺そうとしたことでしょ、離宮に母親と一緒に幽閉したことでしょ、それから居ないものとして扱ったこと、恩着せがましく生かして出してやったって言ったこと、それから……」
「エ、エスティリオ。もういいから」
指を折りながら謝罪して欲しいことを並べていると、ラシェルが顔を赤らめながら止めてきた。
「お父様……。私を愛して欲しいなんて欲張りは言いません。けれど魔力のない人は、帝国民にもいるのです。どうか偏見なく、全ての帝国民が幸せに暮らせるようご配慮下さい」
ラシェルは優し過ぎる。
あんな酷い扱いを受けたというのに、まだ父と呼んで敬うのだから。
パチパチと、誰からともなく拍手が沸き起こる。それは次第に大きくなり、会場全体を包んだ。
「父上、もう良いでしょう。見てください。ラシェルの存在を恥じる人など居ないのですから」
皇太子が皇帝の側に寄り、その背に語りかけた。
「ラシェル……。何も知らなかったとはいえ、兄として何もしてやることが出来ずにすまなかった。こんな私だが、君を妹と呼んでいいかな?」
驚いた顔をしたラシェルがこちらを見てきた。頷き返してやると嬉しそうに顔をほころばせて、皇太子の手を取った。
「……はい、お兄様」
そんな熱い抱擁を見せられると、心中穏やかではいられないが、兄弟だからと自分に言い聞かせる。
この皇太子ならば、帝国の未来はそう悪くなさそうだ。何度か話をする機会があったが、ラシェルに似てよく出来た人だと思う。
「ベクレル殿。この度は父が大変な無礼を働いてしまったこと、皇太子として深くお詫び申し上げます。どうかその広いお心で、お許し願えればと思います」
「俺としてはラシェルが本来あるべき姿を取り戻して、名誉さえ守られればそれでいいから」
「魔塔主様のご厚情に、深く感謝致します。ほら、父上も」
「……感謝する」
どうにも下手に出るのは嫌らしい。
皇太子はもう苦笑いしている。
「さてと、っと。この話はこれで終わり。それじゃあ本題に入ろうか」
「本題?」
「今度は俺が許しを乞う番」
エスティリオはまだ項垂れている皇帝の前に跪いた。
「エスティリオ、一体何を……?」
「お父様、それからお兄様。どうか私と、第5皇女ラシェル殿下との結婚をお許しください」
「――――!!」
ラシェルは口元に手をあてて固まっている。
この申し出に、皇帝は力なく皮肉めいて笑った。
「ははっ、わざわざ予に許しを乞う必要などあるのか? 更なる笑い者にしたいのか?」
「まさか。ラシェルが貴方を父と呼ぶ限りは、俺にとっても貴方は父ですから。やはり父親の許可を頂いて、祝福してもらいませんと」
ひたすらニコニコとするエスティリオに、皇帝は折れた。
「……許可致そう」
「ラシェル!」
「エスティリオ……」
強く抱きしめると、元のラシェルの身体がそこにある。どんな姿でもいいとは思っていたが、やはり本来の姿がエスティリオとしても、一番しっくりとくる。
「許可、貰ったよ」
「?」
「これで罪悪感なく、この前の続きが出来るね」
エヘっ、と笑うとラシェルが一瞬で真っ赤に染った。
「もうっ!! エスティリオったら!!!」




