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2. 新しい魔塔主

 ラシェルが皇宮を出てから6年の月日が流れた。初めの1年は魔塔主領へ行く為、旅費を稼ぎながらの旅に費やし、その後の5年間は今いるここ、魔塔の薬草栽培士として働いている。

 

 皇帝が最後、ラシェルに渡した物は魔晶石だった。多くの道具は魔力を動力源として動いたり効果を発揮するので、魔力を持たないラシェルには魔晶石が必須。魔晶石は主に水晶と言った鉱物に魔力を込めたもので、魔力が極端に少ない人や魔力無しの人が持ち歩いて使う。


 旅立つ娘へのプレゼントが魔晶石とはね。

 

 ラシェルは当時を思い出して苦笑いした。 

 当面の生活費を持たせるのでもなく、思い入れのある品を渡すのでもなく、たった一つ魔晶石をくれただけ。

 皇女であることがバレてしまわないようにと、ラシェルの持ち物全てが取り上げられ、持っていた数少ないドレスや装飾品、小物などの類も置いて行かねばならなかった。

 流石に丸裸という訳にはいかないので、庶民が着るような服は貰えたことは幸いだったけれど。

 父は魔力無しの自分をとことん嫌っていたのだと思うと、生まれ育った皇宮を去るのは寂しくなく、むしろスッキリしたくらいだった。


 皇宮を出たラシェルはもう、あの父が治める帝国に居たいとは思わなかったので、魔塔主領へ行くことにした。と言うのも、ラシェルが18歳まで通っていたアカデミーが魔塔主領にあったから。

 どこか全く知らない国へ行くことも考えてはみたけれど、やはり少しだけ不安で、学生として6年間を過ごした魔塔主領へ行くことに決めたのだった。

 

 アカデミーでは魔法を使う授業が幾つもあったが、魔力無しのラシェルは当然、受けても意味が無い。魔法を使う科目は全て免除して貰っていたため、度々空いた時間ができた。

 図書館へ行って勉強するばかりでは芸がない。何かもっと役に立つことしたい。

 考えたラシェルはアカデミーの用地を借りて、魔法薬を作るのに必要な薬草を栽培することにした。

 コツコツと地道に、試行錯誤しながら育てる作業は自分にピッタリだとこの時感じていたラシェルは、魔塔主領へ着いてから薬草栽培士として働こうと職を探し、運良く今の仕事を手に入れることが出来た。

 

 20歳の時に皇女の身分を捨て、庶民として暮らし始めてからあっという間に時が経ち、気が付けば今年でもう26歳になる。改名して付けた『エル』という名前もすっかりと馴染んで、呼ばれればすぐに自分のことだと認識出来るようになった。

 充実した日々を送れることに感謝しつつ、今日も薬草畑の手入れをしていると、農場責任者の呼び掛ける声が畑の向こう側から聞こえてくる。


「新しく就任なさった魔塔主様が挨拶をなさるそうだ。皆、手を止めて広場へ向かうように」


 作業をしていた使用人たちは言われた通り、広場へと向かって歩いて行く。

 一介の使用人では就任式に参加出来るはずもないが、広場で領民向けに行われる挨拶では、きちんとその顔を拝むことが出来る。

 

 まあどうせ、豆粒のように小さく見えるだけでしょうけど。

 

 広場には既に多くの魔塔で働く使用人と、ひと目だけでも領主を見ようとする民とでひしめき合っていた。

 

「新しい魔塔主様って随分とお若い方らしいよ」


 仕事仲間のナタリーが、人混みをかき分けて隣に並んだ。


「話では、アカデミーを卒業してからまだ3年だってさ」

「3年? それなら今年で21歳ということよね」


 アカデミーは13歳で入学し、留年しなければ18歳で卒業する。魔塔主を任されるくらいだからもちろん、滞りなく進級して卒業したはず。

 どこの国にも属さない魔塔主領の領主、つまり魔塔の主は、血筋や家柄とは関係なく完全なる実力で選出される。性別も年齢も関係ないとはいえ、過去に類を見ないほどの早さでは?

 余程の逸材であることは間違いない。一体どんな人物なのか。

 誰もが新しい魔塔主の登場を、今か今かと待ちわびる中、塔のバルコニーに何人かの人影が現れた。


 魔塔主の補佐を務める高位の魔道士が三人いる他、魔塔主のみが着用できる黒地に金糸の刺繍が施されたローブを着た人物が一人。

 風になびく黒い前髪から覗くのは、蜂蜜を固めたような金色の瞳。中性的な美しさを秘めた青年だった。


 新しい魔塔主様、なんだかあの子に似ているわ……。「ラシェル、ラシェル」と呼びながら、仔犬みたいにいつも私にくっついて来たあの男の子に。


 ラシェルがアカデミーで最終学年を迎えた時に、新入生として入ってきたその子もちょうど、黒髪に金色の瞳をしていた。

 頭の中で急いで計算をしてみれば、ナタリーが言っていた年齢とも合致する。

 

 もしかして……。


 魔法で拡張された声が広場に響く。


「本日新しい魔塔主に就任したエスティリオ・アルマン・ベクレルです。前任の魔塔主であったバスティエンヌ・アルマン・ライエに代わり――」


 ――エスティリオ。間違いない。

 ラシェルの知る彼の名は平民の出なのでただのエスティリオだったが、アルマンは代々魔塔主に与えられる名で、ラストネームのベクレルは身分に相応しいよう、新しく付けられた名だろう。

 嫌な予感が当たってしまった。

 ドクドクと心臓が激しく脈打ち、名前の後に続くスピーチは、全く頭に入ってこない。


『お前が皇女だともし他の誰かに見破られる事があれば、腹の中にいる蟲が、内側からその身体を喰い破るだろう』


 皇帝の言葉が頭の中で反芻される。


 大丈夫よ、大丈夫。

 見た目は全くの別人になっているし、『エル』の本当の出自を知る者など、皇帝と宮廷魔道士の2人だけ。何も焦ることなんてないわ。


 ラシェルが深呼吸をして自分を落ち着かせている中、周りでは黄色い歓声が上がっていた。

 スピーチが終わり、エスティリオが集まった民衆に向かって手を振っている。

 新しい魔塔主が美青年であったことに女性達は歓喜し、隣にいるナタリーなどピョンピョンと跳ねながら興奮気味である。


「新しい魔塔主様、すっごくかっこいーい! 前の魔塔主様はおばあちゃんだったもん」

「ナタリーったら、おばあちゃんだなんて失礼よ。ライエ様は優れた御方だったでしょう?」

「そうだけどさ。いつも眉毛をこーんな感じで釣り上げてて怖かったじゃない?」


 ナタリーが眉尻を上に引っ張って真似をしている。


「もう、やめてったら。厳しくも優しい方でした」

「はいはい。エルは真面目なんだからぁ」

 

 改めてバルコニーを見上げると、エスティリオと不意に目と目が合った。


 ――え?


 微笑まれたような気もして、みっともなく口をポカンと開けてしまったラシェルに、ナタリーがさらに興奮して肩を揺らしてきた。


「ねえ、今見た?! 魔塔主様、今こっち見て笑いかけて下さったよね??!」

「そっ、そうかしら。たまたまこちらに顔を向けた時に笑っただけよ」

「うふふっ、そうよね。あんなに遠くにいたら、一人一人の顔なんてよく分かんないか」


 分かるわけない。ただの気のせいよ。

 役者が舞台の上から自分に微笑みかけてくれたような気になってしまう、あれと一緒。


「私もう仕事に戻るわ」

「え、もう?」

「昼食の前に、イワハエネトルの種を撒いてしまいたいから」

「うわぁ、エルはこんな時まで仕事熱心ね」


 また後でと言ってラシェルは、広場を逃げるようにして農場へと戻って行った。

 

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