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18. 動物とおしゃべり②

「何だかこのワンちゃん、ここが相当気に入ったみたいだねぇ」


 ラシェルが今日も研究所へ遊びにやって来た犬を撫でていると、ナタリーが昼食を食べに畑から戻ってきた。

 夕立があった日に犬を小屋へ招き入れて以来、ちょくちょくここに来るようになってしまった。吠えたり噛み付いたりはしないので、今のところペットのように可愛がっている。


「しかもエルにだけすっごい懐いてるし」

「そうかしら」

「そうだよ。見ててよぉ」


 ナタリーが犬へと手を伸ばすと、先程まで大人しくラシェルに撫でられていた犬は、すすっと身体を後ろへ引いた。


「ほらね。あたしやアルベラ様が触ろうとすると、すっごい嫌そうにするの」

「でも噛んだり怒ったりしないでしょ?」

「そうだけどさー」


 雨宿りさせてもらったことに、恩でも感じているのかしら?


 理由は分からないが、自分を特別慕ってもらって嫌な気はしない。


「ワンちゃんとか犬って呼ぶのもなんだし、名前付けたら?」

「本当の名前があるかもしれないのに?」


 これだけ人馴れしているし、餌もどこかで食べているのか健康状態も良さそうなところを見ると、やはり飼い犬と考えるのが妥当だろう。

 人様の飼い犬に勝手に名前を付けるのは……と躊躇うラシェルに、ナタリーは「いいじゃん犬って呼ぶよりは」と最もらしいことを言ってきた。


「確かにそうね。『犬』じゃああんまりよね。なら……」


 うーんと考えを巡らせてみる。

 黒いから『クロ』? それとも『ハッピー』とか『ラッキー』みたいな、縁起のいい名前がいいかしら??


 何がいい? と犬を見やると、じっと見つめ返してきた。犬としては珍しい琥珀色の瞳。その瞳の色と毛色とか相まって、ラシェルの頭に良さそうな名前が浮かんできた。

 

「『リオ』って名前にしようかしら」

「リオ? いいねぇ、カッコイイ」

「あなたのこと、今からリオって呼ぶけれど良い?」


 ラシェルが聞くと、リオははち切れんばかりにしっぽを振ってはしゃいでいる。


 ふふっ、喜んでくれたみたいね。


 嬉しそうにラシェルにじゃれてくるリオを見ていると、ますますリオとエスティリオが重なる。

 名前を思案している時、ラシェルの脳裏に浮かんだのはエスティリオ。黒髪に琥珀の瞳がこの犬とそっくりだったから。そして、嬉しそうにしている時の雰囲気も。

 だからエスティリオから、少し名前を拝借させてもらって『リオ』。

 エスティリオは普段、魔塔主様とかベクレル様と呼ばれているので、ナタリーは名前の由来には全く気付いていないようだ。 

 ラシェルからの『エル』といい、我ながら捻りがないと苦笑する。


 そんなこんなですっかり研究所に馴染んでしまったリオは、好きな時にやって来ては、ラシェルの足元にまとわりついてくる。

 ナタリーが、もしかしたら色んな所に色んな飼い主がいて、名前も沢山持っているのかも。と言っていたが、たしかにそれなら納得だ。

 愛想の良い犬だからあちこちで可愛がられ、ご飯を貰えるから毛艶も良いのだろうし、ふらりとやってきて気付くといなくなっているのにも合点がいく。


 それなら自分もご飯をあげてみようと、今日は新鮮なお肉を持ってきた。少々奮発したけれど、ラシェルの懐はそんなに傷んでいない。

 というのも官職に就いたおかげで給金も随分と上がったし、なにより魔晶石にかけるお金の心配が無くなったことが大きい。

 エスティリオが作ってくれた魔晶石は使っても使っても魔力量は全然減っていないようで、貰った時とほぼ変わらない明るさで青白く輝いている。この分だと、次にこの石に魔力を込めて貰うのは何年か先でも大丈夫そうだ。


 来る日と来ない日が気まぐれなので、今日は来てくれるだろうかと研究所に行くと、リオがお昼時にひょっこり顔を出してきた。

 ラシェルの姿を認めると、「くぅん」と愛らしい鳴き声を出しながら甘えてくる。

 

「リオ、今日来てくれて良かったわ。あなたにご馳走を買ってきたのよ」


 自分のことは後回しにして、ペットを優先させてしまう人の気持ちが少しわかってきた。

 自分の昼食はパンとチーズにしたのに、リオ可愛さに、こんなお肉の塊を用意してしまったのだから。


 保冷庫からお取り出したお肉を、適当な大きさにカットしてお皿へ。そのままリオの前に「召し上がれ」と差し出してみた。


「……? 食べないの?」


 リオはじっと、皿の上の肉を見つめたままで動かない。

 犬だから当然、お肉を喜んでくれると思ったのに。


「お腹が空いていないのかしら……」


 もしかしたらここへ来る前に、どこかで誰かからご飯を貰ったのかもしれない。

 かと言って、生肉を長くは置いておけない。保冷してくれる魔道具があるとはいえ、次にいつリオがやって来るか分からなし、早めに食べてしまった方がいい。


「仕方ないわね。自分で食べましょう」


 お肉を串を刺したラシェルは、暖炉の火の所へと持っていき炙ってみた。するとしばらくして、肉の焼けるいい香りが漂ってくる。丁度よく焼けたところで串から外してお皿へ。

 塩をパラパラと振ってさあ食べようと、フォークを取りに行くと、それまでじっと様子を見ていたリオが動いた。


 ――パクッ!


「え?」


 生肉の時は全く食べなかったのに、今は美味しそうにパクパクと皿の上のお肉を頬張っている。


「あなた、焼いたお肉が好みなの?」

「ウォッフ」

「ふふっ、面白い子。いいわ、あなたの為に買ってきたんだもの。全部食べて」


 自分用に持ってきたパンとチーズとを隣に置いて昼食の準備をすると、今度は肉ののった皿を鼻ズラで押してラシェルの前へと持ってくる。


「ええと……。これは私も食べろってことかしら?」

「ウォッフ!」


 まさか犬から、ご馳走を恵んでもらうとは。


「ありがとう。それじゃあ一切れ頂くわね」


 フォークに刺してお肉を口に入れると、リオはしっぽをユラユラさせながら見ている。


「ほんと、変な子」 


 変ではあるが嫌ではない。

 食べることには満足したのか、今度はラシェルの膝に頭を乗せてくつろぎ出した。

 なんとも図々しいけれど、こえして甘えてきてくれるのはラシェルに気を許してくれている証拠。可愛くて仕方がなくて、ついつい頬が緩んでしまう。


「うわぁ、こりゃ重症だよ」


 犬に膝枕をしてあげながらパンを食べるラシェルを見て、ナタリーが呆れ顔で額を押さえている。同感、と言ったのはアルベラ。


「人間のオスに相手にされなくなったからって、オス犬に縋るなんてね」


 辛辣なセリフを吐くアルベラに、ナタリーは苦笑いしている。


「アルベラ様、言い方」

「だってそうでしょ。ここ何ヶ月かは魔塔主様もぱったり来なくなったし」


 魔塔主のワードに勝手に心臓が反応して、ズキンッと痛んだ。

 

「魔塔主様がエルに気があるなんて言ったの誰よ」

「はーい、あたしです」

「だから期待させるなって言ったでしょ」

「はい、反省します」


 二人の会話に入れる突っ込みも思いつかずただただ聞いていると、リオが耳の辺りにフンフンと鼻息をかけながら舐めてきた。


「きゃあ! ちょっとリオ、くすぐったいったら」

「犬にまで慰められちゃってんの。末期だわ」

「じゃああたし達は畑耕してきまーす」

「ええ、お願いね」


 本当に末期かもしれない。とリオの頭をひと撫でする。

 リオがいなかったら、エスティリオがいない寂しさに耐えられないだろうから。

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