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16. 心の内を読めたなら

「ベクレル様、カレバメリア帝国の第5皇女について調べ終えました。こちらがその報告書です」


 エスティリオの侍従を務めるアルノートが、報告書の束を渡してきた。もちろん彼は高位魔道士。エスティリオよりも一回り年上だが、高位魔道士の中ではまだまだ若い方だ。

 魔道士としても上流階級者としても、まだ経験が浅いエスティリオが魔塔主に就任して一番苦労しているのが人脈作り。

 信頼出来る人とそうでない人とを見極めるのに時間がかかり、ここ最近ようやく、安心して頼れる人を近くに置けるようになった。

 その中の一人がアルノートというわけだ。

 エルと名乗るラシェルと出会ってから、帝国の第5皇女がどうなっているのか気になってはいたが、下手な動きは出来なかった為ずっと見送っていた。

 アルノートならば信頼出来ると思い、内密に調べてもらってきた。

 

 エスティリオが渡された報告書を受け取ると、アルノートは軽く内容を説明してくれる。


「第5皇女ラシェル・デルヴァンクールは生まれつき病弱で、母親の第3皇妃と共に離宮からほとんど出ることなく過ごしていたようです。第3皇妃が6年前に病で亡くなると、後を追うように皇女もお亡くなりになったのだとか。元々お体が弱かった事と精神的なショックが大きかったのでしょう」

「帝国の皇女が亡くなったというのに、俺は全く聞いたことが無かったな」


 6年前エスティリオはまだアカデミーにいて、死に物狂いで勉学に励んでいたとはいえ、かなり大きなニュースだ。貴族の出身が多い教員や生徒たちの間で話題に上がっていた記憶はない。

 

「私も今回調べてみて初めて知りました。皇女は社交界はおろか、ご兄弟ともほとんど親交は無かった為、葬儀はひっそりと静かに行われたのだそうです」

「家族にとってもそう大事ではなかった。ということか」

「まあ失礼ながら、そういうことでしょうね」


 ラシェルが今魔塔に居ることを考えると、その葬儀とやらに遺体はなかったはず。それとも同時期に亡くなった、他人の遺体でも棺に入れたのだろうか。

 いずれにしても、関心の無さが伺える。

 ラシェルが多くを犠牲にしてでも皇宮から出たいと思うことに、何ら不思議は無い。


 報告書にじっくりと目を通すエスティリオに、アルノートは小さく咳払いをした。


「生前、噂にものぼらなかった第5皇女を気になさるとは……何かあるのですか?」

「んんー? まあちょっとね」


 言葉を濁すエスティリオに、アルノートがすすっと側に寄ってきた。

 

「女性は他の女の影を嫌いますから、気を付けた方がいいですよ」

「なんの話し?」

「またまた。前に執務室を訪れてきた女性ですよ。女性ものの服も見繕ってくるよう仰ってきたのも、彼女にあげるためだったのでしょう? 分かってますよ」


 にやりと口元を歪ませて「お見通し」とばかりにドヤ顔をしてくる。

 そういえばラシェルがここに来た時、お茶を出して対応してくれたのはアルノートだった。


「あんまり変な詮索すると、その口塞ぐよ」

「おお怖い。魔塔主様を怒らせると大変だ」


 喉を鳴らして笑うアルノートに、エスティリオは本当に声を出なくしてやった。

 口を鯉のようにパクパクさせるので逆にドヤ顔を返してやると、悔しそうな顔をしながら反対魔法をかけて解いている。


「ぶはっ! ほんとに術をかけることないじゃないですか!?」

「このくらいすぐ解けるでしょ。で、この後の予定は?」

「魔塔アカデミーの学長と面会する予定です」

「いいね、アカデミーに行くのは2年ぶりくらいかなぁ」

「何で行かれます?」

「うーん、馬車にしようかな。自分の治める土地と民とをよく見るようにって、バスティエンヌおばあちゃんにキツく言われてるし」


 転移魔法ばかり使ってはダメよ!と前魔塔主によく言われたものだ。

 

『面倒だからと魔法ばかり使っていると、大切なものを見逃してしまうからね』

 

 息をするように魔法を使ってしまうエスティリオは、意識的に魔法を禁じないとならないことを、バスティエンヌはよく分かっていた。

 

「ライエ様をおばあちゃん呼ばわりする人なんて貴方くらいですよ、全く」


 やれやれと呆れ顔をするアルノートは、馬車の手配をしに向かったのだった。


 ◇◆◇


 学長との面会を終えたエスティリオは、帰りも大人しく馬車に揺られ、窓の外を眺めている。


 歴代の魔塔主から引き継いだこの街と人とを、自分はきちんと治めることが出来るのだろうか。

 魔法の才能は誰にも負けない自信がある。

 だが、それだけではダメな事も理解している。

 魔法の才能に長けているだけなら、ただの魔道士と一緒。最高指導者として領民のみならず、全ての魔力を持つ人々を導かなければならない。

 その重圧を嫌という程感じる度に、あの人が傍にいてくれたらと思わずにはいられない。


「ラシェルと俺で足りないものはなくなる、か……」


 魔力を持たない人に支えてもらいたいなんて、周りから見たらおかしな話だと笑うかもしれない。

 けれどエスティリオにとってラシェルは、魔力以外の全てを兼ね備えている人だ。そしてなにより、ラシェルにも必要とされたい、必要として欲しいと願っている。

 

「ちょっと待った! 止めてくれ!!」


 窓から外を眺めていたエスティリオは、見覚えのある人影を見つけて、御者に止まるよう声を出した。


「どうされました?」


 車から出てきたエスティリオに、馬車近くを馬に乗って付いてきていたアルノートが寄ってきた。


「ちょっと寄り道」

「ええ?!」


 困惑するアルノートを尻目に、エスティリオは図書館から出てきた女性に声を掛けた。


「エル」

「魔塔主様? いつも意外なところでお会いしますね」

「仕事で外出してきて、馬車の窓からエルが見えたからさ。エルは図書館から帰るところ?」

「はい、そうです」

「ならエルの時間を少し俺にくれない? そこのケーキ屋が美味しいって話を聞いてるんだけど、男一人で入るのは勇気いるから」

「ベクレル様」


 曳馬をして追いかけてきたアルノートが、「次の予定があります」と目で訴えかけてくる。察しのいいラシェルの事だから、アルノートの言いたいことは分かるだろう。

 それに負けじとエスティリオは、アルノートを牽制する。


「ここでしっかり糖分取ったら、あとの仕事も捗りそうなんだけどなぁ」

「またそんな子供みたいなことをおっしゃって」

「この後誰かと会う予定でもあったっけ?」

「ありませんが、明日までに目を通して欲しい書類が山積みですよ」

「それでは30分だけ。時間になったら必ず店から出るとお約束します。それでいかがでしょうか」


 アルノートはラシェルの妥協案に感心したように目を見開くと、「分かりました」と了承した。


「ベクレル様が目をお掛けになるのも分かる気がします」

「ニヤニヤするな。気持ち悪い」

「それではエルさん、また後ほど」

「はい」


 邪魔者が居なくなったところでラシェルをケーキ屋に案内して、席についた。

 美味しいと評判なだけあって満席だったが、30分しか時間は取れない。ここは自分の身分を利用させて貰うと、すぐに席に案内して貰えた。早速メニュー表を眺めながらラシェルに尋ねる。


「エルは何にする?」 

「ええと、そうですね……私は」

「あっ、ちょっと待った」

「?」

「エルが選んだケーキが何か、俺が当ててみせよう」

「ふふっ、分かるのですか?」

「多分ね。言おうとしたのは『ミックスベリータルト』。どう、合ってる?」


 ラシェルとは在学中にマナーの勉強と称して、幾度もティータイムを楽しんだ。

 ふわふわとした食感のスポンジケーキよりも、サクッとしたタルトを。濃厚なチョコレートよりもフルーツを。中でもベリー系のフルーツをよく好んで食べていた。

 もう一つのストロベリータルトと迷ったが、ラシェルの好みが変わっていなければきっと、ミックスベリーを選ぶはず。

 期待を込めて見つめると、「当たりです」と呟いた。本当に驚いたような顔をしているので、気を使って正解と言っている訳ではなさそうだ。

 店員に同じケーキを2つと、ケーキに合うお茶を用意するよう注文すると、ラシェルが小首を傾げる。


「なぜ私があのケーキを選ぶと思ったのですか?」

「なぜだと思う?」

「分かりません」

「簡単だよ。魔法で心を読んだだけ」

「魔法で……心を……?」


 遊びで気軽に返したつもりが、思いの外ラシェルが動揺している。顔からスっと血の気が引き、指先が小さく震えたのを見逃さなかった。


「なんて、冗談だよ。魔法で心が読めるのなら、俺は今、こんなに苦労してない。そんな便利な魔法があるなら教えて欲しいよ」

「じょ……冗談ですか」


 気が抜けたように胸をなで下ろしている。

 心を読まれると、何がそんなにマズイのだろう? 心の中を読まれて喜ぶ人間なんていないだろうが、それでもこの反応はなんだ?

 本当にラシェルの心を読んでしまいたい。

 

「本当は店の入口にあったショーケースを通り過ぎる時、エルがあのケーキを見てた気がしたってだけだよ」

「そんな事でしたか」

「意外と顔に出ているよ」

「気を付けますわ」


 くすくすと笑いあっているうちに、ケーキとお茶とが運ばれてきた。

 生地が硬いタルトを食べるのは難しい。平民の出であるはずならば、ここまで美しい所作で食べることなどまず出来ない。ということに、本人はやはり気が付いていない。

 それだけ幼い頃からマナーを教え込まれてきた証拠だ。本人にとってはこれが、通常運転なのだから。


「そのワンピース、着てくれているんだね」

「あ……はい。せっかくの外出でしたので」


 ラシェルの顔がフワッと赤く色付いた。

 会った時から、着ている服がプレゼントしたものだとは気が付いていたが、改めて指摘すると恥ずかしそうにしている。

 

「凄くよく似合ってる」

「ありがとうございます」


 はたから見たら恋人同士に見えるかもしれない。 

 そんな事を考えつつお喋りを楽しんでいると、タイムリミットはすぐにやってきてしまった。

 帰る場所は同じなのだからと馬車に乗るよう誘うと、意外な事にアルノートも「是非そうしてください」と賛同してきた。いちいちニヤつくのはやめて欲しい。


「それではお言葉に甘えさせて頂きます」


 エスティリオのエスコートを受けながら車に乗り込んたラシェルは、その膝に荷物をのせている。


「そういえば図書館でどんな本を借りてきたの?」


 ラシェルの事だから、研究の役に立ちそうな本でも借りてきたのだろうと思い聞くと、また顔を赤くしている。


「小説を……」

「へえ、どんな小説? 歴史とか推理ものとか?」

「いえその……」


 ガタンっ、と大きく車体が揺れた。石でも踏んだのだろう。その拍子にラシェルの膝の上に乗っていた本が、床へと滑り落ちた。

 拾い上げて表紙を見ると、2冊とも甘ったるそうなタイトルが並んでいる。


「これって……恋愛小説?」


 ますます顔を赤く染めあげたラシェルは、消え入りそうな声で「はい」と頷いている。

 ラシェルからはおよそ想像の付かないジャンルの本だったとはいえ、女性なのだからそこまで恥ずかしがらなくてもいいのに。

 ラシェルの反応が可愛くて仕方がないエスティリオは、そっとしておいてあげられるはずもなく、更に追求してしまう。


「どんな内容かはもう知っているの?」

「ええ……借りる前にざっと目を通しましたので」


 パラパラと中身に目を通していると、こちらを見つめるラシェルの表情が強ばっていることに気がついた。

 ――なんだ?


「そちらの本は……主人公が呪いにかけられてしまうんです」

「へえ」

「かねてから想いを寄せていた男性から口付けされると、その呪いが解ける。というラストのようでした」

「ははっ、なかなか面白い呪いの解き方だね」


 魔法に多少なりとも精通していれば、そんな解き方がないことくらいは分かるし、想像力豊かな作者だ。


「口付けすると解呪されるなんて、どんなギミックなんだろう。口付けしながら呪文の詠唱でもしたのかな。これだとヒーローはただの不埒な男だな。男性が実は解呪するための魔法薬を口に含んでいたとか? それとも他人の魔力を体内に一定量入れると解けるとか? 唾液には魔力が多く含まれるからね」


 うーん、と真剣に考えるエスティリオに、ラシェルはクスッと笑った。


「ロマンスが足りませんわ。そこは愛の力でよろしいのでは?」

「愛の力? ふうむ、なるほどね」

「魔塔主様のせいで、そちらの本はもう楽しく読めなさそうです」

「ごめん」


 萎れて謝るエスティリオにラシェルは笑ったかと思うと、また、顔を強ばらせた。


「魔塔主様は……呪いの解き方もお詳しいですよね」

「まあ、一応。ありとあらゆる魔法と呪いと、その解き方も知っているつもりではあるよ」

「やはり禁書と呼ばれる本までお読みになって、勉強されたのですか」


 こくり、と唾を飲み込む音でも、ラシェルから聞こえてきそうだ。


「今日図書館へ行ったら、禁書があると言う部屋のドアが目に入ったものですから」

「ああ、あそこね。あそこの本も全て読んだよ」


 ラシェルが何を求めているのか、もう少しで分かりそうな気がする。


「入りたいの?」

「え?」

「あの部屋に」


 互いに見つめ合ったまま、何秒過ごしただろう。カタカタと車輪の音が規則正しく聞こえてくる。


「許可、出そうか?」

「どうして……どうして私に、そこまでして下さるのですか」

「なんだ、まだ伝わってなかった? 好きだからだよ」


 ラシェルは今にも泣き出しそうな顔を隠すように、俯いてしまった。

 ふうっと一つ息をついて無理矢理気持ちを切り替えたのか、諭すように話し掛けてきた。


「婚約かなにかなさっているならまだしも、片思いしているだけの相手にそうホイホイと、大切なものの許可を与えるべきではありませんよ」


 ――片思い。


 ラシェルに改めて言われて、体が一気に熱くなる。

 その訳が悲しいからなのか、怒りからなのか、それとももどかしさの為なのか、自分でももうよく分からない。


「魔力のないエルが禁書を読んだところで、何になるの」


 後悔先に立たずとはよく言ったものだ。言った後で激しく後悔するくらいなら、言わなきゃいいのに。

 ハッと我に返ったエスティリオが謝ろうと口を開くより前に、ラシェルは寂しそうに笑った。


「魔法は使えなくても、魔法を使える方に教えることくらいは出来ますわ」


 キィっと軋む音を最後に、規則正しく鳴っていた車輪の音が止んだ。


「到着したようですね。本日はありがとうございました。それでは失礼させていただきます」


 ドアが閉まり、ラシェルの足音が遠のいていく。


 ――ドンッ


 エスティリオが壁を叩く音だけが、車内に虚しく響いた。

 


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