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15. 魔塔の図書館

 部屋に戻るなり、エスティリオはカウチソファーにだらりと横たわった。


 底なしの魔力を持つと言われるエスティリオでも、流石にイチゴ程もある大きさの石をダイヤモンドに変えて、更に容量の限界まで魔力を吹き込むとなると疲労が出た。身体が重い。


「全く……なんて俺は気が利かないんだか」


 魔晶石は値が張る。

 何度も耳にしてきたというのに。

 魔力をあり余るほど有し、さらに魔法にも長けているとなると、魔力がないとどう困るのか実感がなかなか湧かないし、考えも及びにくい。というのはただの言い訳。

 ラシェルが十分な魔晶石を手に出来ていない、という事実に気が付けていなかった自分に嫌気がさす。

 服なんかよりも先に渡すべきものがあっただろうがと、自分を殴ってやりたいくらいだ。


『そんなことは絶対に致しません』


 あげた服を売ってもいいと言った時の、ラシェルのあの顔。

 服を売って魔晶石に換えてしまえば済む話なのに、本当に大事にしてくれているのかと思うと胸元がギュッとする。


 どうしたらエルとラシェルの秘密を紐解けるのかと探っているが、なかなか糸口は見つからない。

 他の女性と相部屋になっている宿舎を探るのは難しいし、ラシェルが多くの時間を過ごす薬草栽培研究所になら何か手掛かりはあるかと、夜中に忍び込んでいたのだが……。

 まさかあのタイミングで、ラシェルが入ってくるとは思わなかった。


「収穫はなし……か」


 資料や記録が保管されている棚や、全く関係のなさそうな場所まで探ってみたが、エルがラシェルであることをひた隠す理由に繋がる手掛かりは見つけられなかった。


「ラシェル……」


 眠い。

 自分の頬を涙が伝っていることにも気が付かないまま、エスティリオは眠りの中へと落ちていった。


 ◇◆◇ 


 これはまた、とんでもないものを貰ってしまったわ。


 小さな革袋に入る魔晶石を見て、ラシェルは改めて昨晩の出来事が夢ではなかったのだと思い知る。

 青白く光るそれが、ダイヤモンドから出来た魔晶石だなんて。これだけ大きなダイヤモンドというだけでも価値は計り知れないのに、更に魔力が容量一杯に溜め込まれているなんて。

 比較的魔力を多く貯められると言われる水晶よりも、何十倍もの容量があるというのだから、もともと持っていたラシェルの魔晶石の何百個分になるのか、検討もつかない。


 ここまでの事をしておいてもらって何も返せない。

 返せないどころか騙している。

 そして……多分ラシェルは嫉妬している。『エル』という人に。


 エルとラシェルは『(イコール)』であって、そうではない。

 エルに対してエスティリオが好意を見せるたびに、エルとラシェルは乖離していく。


「バカだわ……。自分に嫉妬するなんて」


 エスティリオが好きなのは、実家が染料植物農家のごく普通の女性で、アカデミーで一年を共に過ごし冷遇された皇女なんかではない。

 エスティリオがタイプだと言った今の容姿だって、ラシェルとは全く異なる。

 あの頃は純粋に、アカデミーのかわいい後輩として接していたけれど今は……。

 ラシェルの中のエスティリオの立ち位置が、明らかに変わってきてしまっている。

 それなのに、エスティリオの片思いを傍から見ているみたいで苦しくなる。

 

 エスティリオはラシェルの事なんて、きっともう覚えていない。覚えていたって『一年生の時良くしてくれたお姉さん』くらいだろう。

 身分を明かしてアカデミーを去ったが、その後エスティリオから連絡があったことは無い。

 まあそれを自分が望んでいたし、察してくれてはいたのだろうけど。


「こんな形で片思いしてしまうなんてね……」

「片思いってぇ?」

「なっ、ナタリー!」


 驚いて思わず魔晶石が入った袋を落としそうになった。いつの間にか就業時間を迎えて、ナタリーとアルベラが研究所に入って来ていた。


「あ……いえ、昨日読んでいた小説で主人公が片思いするのよ。その続きが早く読みたくて」

「えー、エルって恋愛小説とか読んじゃうんだ!? てっきり小難しい本ばっかり読んで、娯楽小説なんて読まないと思ってた」

「そんな事ないわよ」

「あたし文字読めないから、読み終わったらストーリー教えて欲しいなぁ」

「こらっ、あんたはいつになったらちゃんと喋れるようになるの?! せめて『教えてください』でしょ」

「いいのよアルベラ。よそよそしくされたら寂しいわ」


 ラシェルが官職に就いてから、アルベラからは敬語を使って話されるようになったが、ナタリーはこれまで通りに接してくれる。


「だってさ」

「まったくこの子は」

「それで今日は何する? 草むしりは昨日終わらせたよ」

「今日はこれの種まきをお願い。私が選別したものを袋ごとで分けてあるから、後で分かるようにこの札を立てておいて」

「この前みたく、袋に書いてある模様と同じ模様が書かれた札を立てればいいんだよね?」


 予め種袋と木札とに花や鳥などの絵を対応するように描いておいた。これなら文字を読めなくても問題ない。

「そうよ」と頷き返しさらに撒き方を説明すると、2人は早速仕事に取り掛かりに出て行った。


「ふぅ……。これは早速、図書館に行ってこないとね」


 ナタリーの言う通り、恋愛小説など読んだことはない。思いつきで適当なお話しを考える自信はないので、実際に小説を読んだ方が良さそうだ。


 そうして後日、時間を見つけてやって来たのは魔塔領内にある図書館。魔塔すぐそばの街中にあり、無料で解放されているので誰でも自由に出入り出来る。

 ここに娯楽小説があるのか不安だったが、司書の人に聞くと案内してくれた。


「こちらが小説のコーナーです」

「ありがとうございます。あの……主人公が片思いをするストーリーの小説なんて、ご存知無いですよね?」


 案内してくれた司書が女性だった事もあり恥ずかしさを堪えて聞くと、女性は顔を輝かせて次々と本を持って来てくれた。


「最近入ってきたので一番いいのはこれですね。分厚いのでしり込みしてしまいますが、読みやすい文体なので思いの外サラッと読めます。こちらの本はもう何十年も前に書かれたものですが、今でも色褪せることなくキュンっときますよ。ドロドロしたのがお好きでしたら断然こちら! 既婚男性に恋をしてしまうお話しですね。それから……」


 延々と続く本紹介を聞いた後でお礼を言うと、女性は嬉しそうにしている。


「少し読んでみて、どれを借りるか決めてみます」

「ええ、是非そうしてください。一度に借りられるのは2冊までですので」

「分かりました」


 あまり長すぎず、すぐに読み切れそうなのが良いわね。

 不倫ものは遠慮して脇に寄せて、薄目の本から手に取った。


 かねてから想いを寄せる男性に口付けされると、令嬢にかけられた呪いが解ける……ね。


 パラパラと捲ってざっと話しを読み終えたラシェルは、背表紙をそっと閉じた。


 エスティリオにキスしてもらう……。


 そんなシーンが頭にぼんやりと浮かんできたラシェルは、ハッと我に返って頭を振った。


 何をバカなことを考えているのかしら。

 口付けで呪いが解けるなんて、そんなことある訳ないじゃない。

 でも……。とラシェルはもう一度本に目を落とす。 

 呪いを解く方法を、きちんと調べてみたことがなかった。アカデミーでは魔法を使う授業は取っていなかったし、そもそも誰かに呪いをかけること自体禁止されている。

 呪術に関する本は、当たり前だが全く出回っていない。

 そういう意味では皇帝は禁忌を犯した訳だが、正体がバレたら死ぬ呪いにかけられているラシェルが告発出来るはずも無く。


 借りようと思う本を2冊だけ残し、あとは本棚へと戻したラシェルは図書館の中を歩き回ってみた。


 歴史、地理、生物……魔法薬に関する棚はここね。


 蠱毒に関して書かれている本はないかと探し、手当り次第に本を捲る。


 蠱毒:魔毒虫を相手に取り込ませて呪う方法。またその魔法薬のこと。


 どの本をみても、当たり障りのないことしか書かれていない。当然ね。

 魔法に関する本がどこよりも集められているこの魔塔図書館で見つからないのだから、本当に無いのだろう。

 あの蠱毒を作った魔道士がどうやって作成方法を知ったのかは分からないが、ラシェルには知らない世界があることも、またよく知っている。

 呪いを解く方法に詳しいであろう高位の魔道士に聞くのが一番良いが、あいにく、魔道士でもなければ下っ端官吏にしか過ぎないラシェルには、気軽に聞ける知り合いはいない。


 諦めて本を借りる手続きをしようとカウンターに行くと、先程の女性が対応してくれた。

 署名し終えて顔を上げると、奥にあるドアにふと目が入る。


「あちらの部屋は資料室か何かですか?」


 重々しい雰囲気を醸し出しているので気になり聞いてみると、女性は「いえ」と首を振った。


「あそこは禁書の置かれた部屋で、入るには高位の魔道士様の許可が必要となっております」

「禁書……」

「無理に入ろうとすると大変な事になるので気を付けて下さいね。立ち入れないよう強力な魔法がかけられているので」

「はい、ありがとうございました」


 禁書というのはやはり、おいそれと知ってはならないような事が書かれた本よね。

  

 本を受け取ったラシェルはもう一度、禁書があると言う部屋のドアを見て図書館を出た。

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