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13. 魔法薬部

 後日、今後の計画案をしたためた書類を提出しに魔法薬部を訪れたラシェルは、部屋の中へと案内された。

 魔法薬の研究が行われているこの部署では、棚にずらりと魔法薬を作るための素材が置かれ、独特な薬品臭や腐敗臭が鼻を突いてくる。

 テーブルへと目を向けると、置かれた容器の中ではポコポコと不気味に泡立つ液体や、蒸気を出している粉などが入っているのが見えた。


「危ないので、くれぐれも触れないようにお願いしますよ」

「はい」

「ブランシャール様、この前新しく出来た薬草栽培研究官ってやつに就任された……えーと……?」

「エルです」

「そうそう、エルさんって方がお見えです」


 案内してくれた男性はエルと同い年くらいだったが、ブランシャール様と呼ばれてこちらに顔を向けてきたのはずっと年上の男性だった。恐らく50代くらいだろうか。口元にひげを蓄え、太い眉毛の下からは鋭い眼光が覗いている。


「初めまして。先日薬草栽培研究官に就任しましたエルと申します。宜しくお願い致します」

「魔法薬部長官のブランシャールだ。お前の上官ってわけだが、直接の上官は、魔法薬素材について取りまとめているコイツの方になる」


 紹介されると、これまで案内してくれていた男性が「ユベールです」と言って笑った。

 

「まあとりあえず座ってくれ」


 部屋の隅にある席を勧められて座ると、ラシェルは持ってきた書類を取り出す。

 

「薬草栽培研究における今後の予定を、こちらに書き記して参りました」


 予定表と計画案をパラパラと捲って見てもらっている間にも、部屋では戦場のような光景が広がっている。


「くそぅ! まーた失敗した!」

「お前、貴重なマルガロンをいくつ無駄にしてんだよ。薬草採取の使用人が泣くぜ」

「うるせえ! お前だってクサリヘビの目玉が必要だって言って、採取係を泣かせてただろ」


 クサリヘビの目玉……。魔法薬には薬草の他にも色んな材料を使うのね。


 驚愕するラシェルの目に今度は、手から赤い血を滴らせている男性が映った。

 

「いってぇー! またブラッディミルトスの葉で切った」

「やだもぅ、血が魔法薬の中に入っちゃうじゃない。こっち来ないでよ」


 ブラッディミルトスは魔法薬ではごく一般的な素材だが、葉っぱが鋭いためよく切れる。

 食虫植物ならぬ小動物を食べるこの植物は、葉についている棘のようなセンサーに触れるといっせいにナイフのような葉が向けられて突き刺さり、そこから養分を取られてしまうのだ。

 触れれば血を見る事になる。故にブラッディ。

 センサーに触れずに葉をもぎ取る作業が難しく、使いにくいのだと聞いている。実際、ラシェルの手も何度か餌食になってしまったことがある。 

 無数のナイフで突き刺されたかのように、男性の手からはどくどくと血が流れ落ちている。


「大丈夫ですか? 宜しければこちらをどうぞ」


 ラシェルが駆け寄りハンカチを差し出すと、男性は眉をひそめた。


「てめぇ、俺を馬鹿にしてんのか」

「え……」


 男性が傷付いた手にもう片方の手を当てると、傷口が見る間に塞がっていく。

 傷跡も残らず、ただ血糊だけが手についている。


 治癒魔法だわ。


「魔塔に勤める魔道士なら、このくらいの傷は治せて当たり前だろ……ってあんた、欠陥品(レモン)か」

「薬草栽培研究官のエルと申します。侮辱する気はありませんでした。お気を悪くされたのなら謝ります」

「はっ、レモンが魔塔の官職に就くとか?! 笑えんなぁ」

「薬草の栽培には魔力は必要ありませんので」

「皿洗いですら魔法使える奴いるのに?」

「……」


 この感じ、アカデミーに入学したばかりの頃を思い出す。

 農場でずっと働いていたのですっかり忘れていたが、優秀だとか高貴だとか言われる集団の中に入ると、よくこうして見下されるのだ。

 

「おいゲール、突っかかんなって。魔塔主様直々にお選びになったって話しだぜ? 耳に入ったらあとが怖いぞ」


 ユベールが男性の肩を叩いて宥めると、アホらしいと小馬鹿にしたように笑った。

  

「あんなガキんちょの何が怖いってんだよ。ちょっと魔法の腕に長けてるってだけだろう?」

「知らないのか? 今でこそ温厚そうに見えるけどな、アカデミーに入って間もない頃は、よく魔力暴走を起こして大騒ぎだったらしいぜ」 

「ぶはっ、魔力暴走なんて誰でも起こせるさ。魔力だけあってコントロール出来ないやつなら誰でもな」


 昔エスティリオが言っていた。

『魔力を上手くコントロール出来るようになれば抑えられるし、怖がられることも無くなるだろう』

 そう先生に言われたと。

 あの頃のエスティリオを知らない人達は、魔力を制御することを覚えた彼の実力を、正しく測れていない。

 魔力を感じ取れないはずのラシェルですら、エスティリオから何かしらの力を感じ取れたくらい、彼の力は恐ろしいのに。


 エスティリオが馬鹿にされたような気がして言い返してしまいたいが、農村の出という設定で使用人だったエルが口を出すのは怪しまれる。

 ギュッと拳を握って耐えると、ブランシャールも話に加わってきた。


「まあなぁ、魔法の腕は前魔塔主のライエ様も舌を巻く程桁並み外れの実力者らしいが、魔塔主として必要な能力はそこだけじゃない。指導者としての資質さ。つまりついていきたくなるか、従いたくなるかって事だが……」


 コホンっとわざとらしく咳払いをすると、ブランシャールは話しを続けた。


「まっ、若すぎるわなぁ。なんでライエ様はベクレル様を指名したんだか。個人的にはベクレル様は次の次にして、もうちょい経験を積ませてからでも良かったんじゃないかと思うがね。諸王や皇帝に舐められるんじゃないかと不安になるよ」


 話しを聞いていた魔道士たちが「そうだよな」と頷いている。

  

「……計画書にご指摘があれば、またお知らせ下さい。私はこれで失礼致します」

「ああ、ご苦労さん」


 どうにも居たたまれなくなったラシェルはブランシャールに挨拶をすると、逃げ出すように部屋を出た。

 

 実力で選ばれるからと言って、いい事ばかりではない。

 そのことを思い知った。


 ほとんどが血筋で決まる王や皇帝は、まだ幼くても継がざるをえなかったり、王の器を持たない者でも玉座につくことは間々ある。

 だからどんな生まれかに関係なく、能力や適正で選ばれる魔塔主は、もっと人々から敬服される存在かと思っていたのに……。


 ――いいえ、その逆だわ。


 数いる魔道士の中から選ばれたのだから、余程優れた人物に違いない。そうやって初めから高い期待をかけられてしまうのだ。

 まだ20代に入って間もないエスティリオでは、どうしても「青二才」と軽んぜられる。

 飛んでもなく険しい道に、エスティリオは足を踏み入れてしまった。


「しっかりするのよ、エル」


 自分の努力が認められたと、喜びに浸っている場合ではなかった。

 自分が足を引っ張る訳にはいかない。

 エルが無能と評価されれば、必然的にエルを抜擢したエスティリオも人を見る目が無いと評価される。

 その事を、肝に銘じなければ――。 

 

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