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12.薬草栽培研究官

「お話というのは何でしょうか」


 エスティリオに山賊から助けて貰って5日後。農場長に呼ばれて部屋へ訪れると、ラシェルの他にもナタリーとアルベラがいた。


「上からのお達しでね、エル、君は今日から薬草栽培研究官として働いてもらうことになった」

「薬草栽培研究官……?」


 初めて聞く名前に、ラシェルだけではなくナタリーとアルベラも首を傾げている。


「新しく設けられた官職だよ。薬草を栽培するにあたり、効率の良い栽培方法を見つけたり品種改良を行って欲しいとの事だ。まあ、君がいつも副的に行っていたことを、専門的に従事するというだけさ。難しい話じゃない」

「うわぁ、エル凄いね! 使用人から官吏になるってことだよね?! おめでとう!!」

「え……ええ。ありがとう」

「官吏といっても一番下っ端だがね。まあ、魔塔主様の期待に応えられるよう頑張りたまえ」

「はい」


 あまりに急な話で頭が付いてこない。

 使用人と官吏では話が全然違ってくる。使用人は雇用主に仕えるだけだが、官吏となると国そのものに仕える身となる。

 権力も給金もグッと跳ね上がるが、その分責任は重い。

 ナタリーが拍手してお祝いしてくれる中、アルベラは「それで」と仕切り直した。


「農場長様、私とナタリーは何故呼ばれたのでしょうか。今回のエルの話と関係があるのですか」

「ああそうだ。君たち二人はエルの下で働くようにとの事だからな。エルの研究が捗るように頑張るんだぞ」

「そういう事ですか」

「わかりました!」

「男手が必要な場合は他の薬草栽培士を使っていい。その場合は私に許可を得ること。それからエルはとりあえず今後の計画を立てて、魔法薬部へ提出するように。話は以上だ」


 農場長からの話を終えて部屋を出ると、ナタリーは嬉しそうにスキップしている。


「ナタリー、あんたは何でまたそんな嬉しそうなのよ」

「だってエルの下で働いた方がキツくは無さそうかなぁ。なーんて」


 農作業は力仕事も多い。少しでも楽をしたいナタリーは、ペロッと舌を出して正直に答えた。


「エルだけずるいとか思わないのかね、この子は。明らかに依怙贔屓(えこひいき)じゃない」

「ええー、そう? だってあたし達よりエルの方が頑張ってるよ。農場長からも色んな仕事任されていたし、振り分けられた仕事以外の事もやっていたし」

「つまりゴマすった甲斐があったってわけね」


 アルベラがふんっと鼻を鳴らした。それをナタリーは「まあまあ」となだめている。

 

「ねえエル、それであたし達はこれから何をすればいい?」

「えぇと、そうね。ひとまず私が試験的に育てている薬草畑の草取りをお願いするわ。私はちょっと寄りたいところがあるから」

「りょーかい!」

「……わかったわ」

「よろしくね」


 二人に草取りを任せて、ラシェルは魔塔本館へと向かう。

 この時間なら恐らく、エスティリオは私室を出て仕事をしているはず。ならば彼のいる可能性の高い場所は、会議中でなければ執務室だ。

 官吏になったとはいえ、重役でも何でもないラシェルが魔塔主に会いたいと言っても、すんなりと通しては貰えないだろう。

 もしかしたら、エスティリオがこれまでのように農場へ顔を出しに来るのを待った方が早いかもしれないが、いてもたってもいられなかった。


「今日付けで薬草栽培研究官となったエルと申します。魔塔主様に用があり参りました。お取次ぎ願えますでしょうか」


 魔塔本館のエントランスホールに入ってすぐのところに、大きな扉がある。その扉の前に立つ衛兵の一人に声をかけると、すぐ近くの石板に指で文字を書き始めた。


「薬草栽培研究官のエル殿……」


 役職名と名前とが青白く石板上に浮かび上がった。それを見た衛兵は「どうぞ」とドアの前へ来るように促してくる。

  

「お通りください」

「え……? 通ってもよろしいのですか」

「ええ。青く光ったのは通行許可が降りているということですから。不可ならば赤く光ります。ドアを開けると魔塔主様がいらっしゃる執務室へ続く廊下に出ますので」

「分かりました」


 何も知らない者が魔塔の中へうっかり足を踏み入れると、生きて出られない。などという話は怖がらせて脅すための噂だと思っていたが、そうでも無いらしい。

 きちんと手続きを踏まずにドアを開けたならどうなるのか。考えただけでも恐ろしい。

 衛兵に言われた通りにドアを開け、足を一歩向こう側へと踏み入れると、目の前にはチョコレート色の扉がある。


 ここが執務室の扉ね。


 先程の扉と同じように側には衛兵が立っている。名前を名乗り取り次ぎをお願いすると、直ぐに扉を開けてくれた。


「いらっしゃい、エル」


 部屋の奥にあるデスクには山積みの書類。その影からひょこっと顔を覗かせたエスティリオはラシェルの姿を認めると、ぱあっと笑顔を咲かせた。

 

 私、昔からこの顔に弱いのよね……。

 

 まるで尻尾をフリフリしながら近付いてくる犬のように、エスティリオはラシェルを歓迎してくれる。つい顔が緩んでしまいそうになるが、奥歯に力を入れて堪えた。

 

「お忙しいところ、時間を作って頂きありがとうございます」

「そんな固い挨拶しないでよ。エルならいつでも大歓迎。お茶入れてくれる?」

「かしこまりました。ただいま準備して参ります」 


 エスティリオに声を掛けられると、すぐ側にいた侍従がお茶の準備をしに出ていってしまった。


「お茶だなんて……」

「いーのいーの。俺が休みたいだけだから。エルは俺のティータイムに付き合って貰うっていうていで」


 座ってと促されて、窓際にあるテーブル席の椅子を引いてくれる。

 お客として来た訳でもないのにおもてなしされてしまい戸惑うラシェルに、エスティリオは「早く早く」と促してきた。大人しく座ると、エスティリオも向かい側に座って頬杖をついている。


「ラシェルから俺のところに来てくれるなんて初めてだね」

「そう……ですね」


 それでこんなに嬉しそうにしてくれているのね。と納得する。

 好きな人の方から訪ねてこられたら、確かに嬉しいだろう。

 そうこうしている内に、ティーセットを持ってきた侍従によって、手早くお茶が用意されいく。とりあえずティーカップに口をつけてひと口頂くと、話を切り出した。

 

「それで魔塔主様……」

「人事についてでしょ?」


 ラシェルが要件を言う前に、フィナンシェを食べるエスティリオに先を越された。余程頭を使って糖分を欲しているのか、もう3つ目に手を伸ばしている。

 

「はい、そうです。魔塔主様のお気持ちは大変嬉しいのですが、以前お伝えした通り、私はその気持ちに答えることが出来ません。ですからこのような官職を頂いても困りますし、他の使用人達にも……」

「エルは俺が私情で、エルを官職に就かせたと思ってるんだ」

「……」


 エルを落とす宣言をしてきたから、今回使用人から官職へ就任させたのはその一環なのだろうと思ったのだが……もしかしたら自分の考えは短絡的過ぎたかもしれない。

 食べる手を止めたエスティリオに見つめられ、思わず目を逸らしてしまった。


「そんな顔しないで。全く的外れって訳じゃないから。そうだなぁ0.1%くらい? いや、1%……うーん10%くらいは私情が入っているかも」

「ふふっ、0.1と10では100倍違いますよ」

「そうだね」


 クスクスと笑いながら「とにかく」と話を続ける。


「俺がエルの事を好きかどうかは関係なく決めたことだから。薬草栽培の研究を専門的に進めて欲しい。魔法薬の研究と発展に必ず役に立つからね。エルがいようがいまいが、この官職は作るつもりだったし、誰かしらに就いて貰うつもりだった。最も適任だったのが、たまたまエルだったから任命したってだけ」


 エスティリオを甘く見た考えだったと思い知らされて恥ずかしい。

 目の前にいる人は、いつもラシェルの後を追いかけてきたあの男の子ではない。自分で考え判断し決断のできる、立派な大人の男性になったのだ。

 己を恥じる一方で、嬉しい気持ちも湧き上がってくる。

 これまでの努力を誰かに認めて貰えた。それも、言葉だけではなくはっきりとわかる形で。 


「ありがとうございます。魔塔主様のご期待に添えるよう、精一杯務めさせて頂きます」

「うん、エルの活躍を楽しみにしてるよ。それから少しだけ私情を挟んだって言うのは、安全面でってことかな。これから研究のために外出する時は、魔塔騎士を連れて行って欲しい。この前みたいなことがまた起こるかと思うと、俺も仕事に集中出来なくなるから」


 要人の警護名目でエルに騎士を付けようという考えらしい。下っ端の官吏には大袈裟過ぎるが、使用人という立場よりはまだ釣り合いが取れる。

 

「そういう事でしたか。お言葉に甘えさせて頂きます」

「納得してもらえて良かった」

「お暇する前にもう一つだけ」

「え? もう行くの?」

「はい」 


 エスティリオにあからさまに寂しそうな顔をされて、ラシェルは困って小さく笑い返した。


「魔塔主様のお時間をこれ以上、いただく訳には参りませんから。それで……こちらをお返ししようと思いまして」


 ラシェルが紙袋から取り出したのは、以前エスティリオによって着替えさせられていた時のワンピース。洗濯をしておいたのを渡せないかと、ここへ来る前に取ってきたのだ。


「その節はありがとうございました」

「それは貸したんじゃなくてあげたんだよ」

「ですが、この様な上質な服をいただく訳には……」


 ワンピースと言っても、市井の娘が着るような質のものでは無い。スカート部分にはたっぷりと生地が使われて、フリルやリボンなどの装飾も多い。「はいそうですか、ありがとう」と気軽に貰うには、少々気が引ける。

 口ごもるラシェルに、エスティリオがテーブル越しにずいっと迫ってきた。

 ワンピースを持っている手にエスティリオの手が重ねられ、その顔の近さに狼狽えてしまう。

 

「あの……魔塔主様……」

「これはエルに着て欲しくて手に入れたものだから。急いでいたから吟味出来なかったのが心残りではあるんだけど、エルに似合うと思ったんだよね。気に入らなかった?」

「そうではなくて……」


 心臓の音がやけにうるさい。

 時が経てば経つほど、顔が熱くなってくる。

 

 これは返すのは諦めた方が良さそうね……。


「ありがたく頂戴致します」

「うん、そうして。もし要らなかったら売ってくれてもいいし」

「そんなことは絶対に致しません」


 エスティリオから貰ったものを売るだなんて、出来るはずがない。たとえエルという人にプレゼントしたものだとしても、ラシェルにとっての大事には変わりない。

 思いのほか力強く言葉が出てきて、エスティリオがキョトンとしている。 


「それではこれで、失礼させていただきます」


 これ以上、2人きりの空間は心臓に悪すぎるわ。


 ワンピースを胸に抱くと、ラシェルは逃げるように執務室から出ていった。 

 

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