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1. 人生の再スタート

「カレバメリア帝国第5皇女ラシェル・デルヴァンクールは、今日亡くなったこととする」


 ラシェルの部屋に入ってきたのは、父である皇帝と宮廷魔道士が一人。

 先日皇宮から出たいと願い出たラシェルに、皇帝が出した結論だった。


 亡くなったこととするって……。とうとうお父様に殺されるのね、とラシェルは瞳を閉じる。

 

 皇帝は第3皇妃が出産した際、赤子を見るなり「殺せ」と命じた。

 魔力持ちが99.8%を占める世界で、第3皇妃が産んだ子は魔力無しだったからだ。

 多かれ少なかれ魔力を持つのが当たり前。魔力を全く持たない者は出来損ないとされる。

 実際、魔力無しの人は美味しそうな見た目に反しひどく酸っぱいフルーツ『欠陥品(レモン)』と揶揄され、差別の対象となっている。

 我が子に欠陥品などいらぬ。

 そう言い放った皇帝に、妃は必死に命乞いをした。渋々ながらも皇帝は、ひっそりと生きていくようにと命じ、その子供――ラシェルは生き長らえたのだった。

 だが皇帝は今、ラシェルに死ぬようにと言っている。


 ……あら? ちがうわ。亡くなった()()()()()って言っていたかしら?


 言葉の違和感に気が付いて伏せていた目を開けると、皇帝の隣に立っていた魔道士が2つの瓶を差し出している。


「こちらは……」

「どちらも魔法薬です」

「この2つの魔法薬を飲めば、この宮から生きて出ることを許そう」


 何の薬だろうとゴクリを唾を飲み込むラシェルに、魔道士は説明をしてくれた。


「ラシェル様は先日陛下に、これからは庶民として生きていきたいと願い出ましたね。その願いを叶える代わりに陛下は、これらの薬を用意なさいました。一つはこちら、姿かたちといった見た目を変える薬です」


 魔道士が右手に持つ薬瓶を、ラシェルに渡した。中にはシャンパンのように泡立っている緑色の液体が入っている。


「こちらの魔法薬については、かの有名なアカデミーを卒業した皇女様なら詳しい説明は要らないでしょう。まずはこちらの魔法薬をお飲み下さい」


 この薬の材料や効果だけなら知っている。 

 アカデミーに通っていたラシェルだったが、魔力を全く持たないため、魔法を使う授業は全て免除されていた。故に、実物を見るのはこれが初めて。

 こくりと頷き返すと、手渡された魔法瓶に口をつけて一気に飲み干した。

 ほんのりと苦味があるが、飲めない代物では無い。むしろ麦酒のようで病みつきになるかも、などと考えていると、一瞬だけ視界が歪んで全身に不快な感覚が走った。

 すぐに不快感は治まり部屋の鏡台に映る姿を見ると、自分では無い自分がいる。


 ミルクティー色の波打つ髪とすみれ色だった瞳は栗色に、陶器のように白かった肌にはそばかすが浮き出ていた。


「普通の変身薬なら数時間からせいぜい数日程しか効果は持続しませんが、こちらの薬は半永久的な効果があります。……まあ、僕がつくったのですけどね」


 どうしても自慢したかったのか魔道士は、コホンと咳払いして最後のひとことを付けくわけた。


「皇宮では目立たないように暮らしてきたとはいえ、中にはお前の姿を知っている者もいるし、それにアカデミーにも通っていた。皇女としての姿を知られている以上は、外見を変える必要がある」


 皇帝の言うことについては異論は無い。変装をして過ごす必要が無くなったので、むしろありがたいと思うくらいで。


「もう一つ、こちらの魔法薬もお飲み下さい」

「こちらは?」

「飲んでから説明してやろう」


 皇帝にそう言われてしまっては、飲む以外の選択肢はない。限りなく黒に近いこげ茶色の液体は、一見するとホットチョコレートの様にも見えるが、何故だか陰気な感じがする。

 今一瞬、液体の中で何かが蠢いたような……?


「ただのホットチョコレートなので、美味しいですよ」


 躊躇うラシェルに魔道士がにこやかな笑顔を添えて言った。

 恐る恐る口に含み、こちらも一気に飲み干す。魔道士の言っていた通り、何の変哲もない美味しいホットチョコレートだ。


「さっきお前が飲んだホットチョコレートには、魔毒蟲が入っている」

「蠱毒というやつですね」

「蠱毒……」

「お前が皇女だともし他の誰かに見破られる事があれば、腹の中にいる蟲が、内側からその身体を喰い破るだろう」

「――っ!?」


 まさか自分から、呪いをかける魔法薬を飲んでしまったとは。

 絶句するラシェルに、皇帝は口元を歪めて顎髭を撫でつけている。

 

「殺さず外に出してやる条件としては、優しいであろう? わざわざ変身薬まで飲ませてやったのだからな」

「……陛下のご厚情に感謝致します」

「今をもってラシェルは死に、お前は予の娘ではなくなった。どこへなりとも好きなところへ行くがいい」

「これまで大変お世話になりました」


 ドアへ向かおうとするラシェルに、魔道士が小さな包みを渡してきた。


「こちらを」

「予から最後のプレゼントだ。受け取るが良い」

「……ありがとうございます」


 もう一度礼を言うと、ラシェルは静かに皇宮を後にした。人生の再スタートを切るために。 


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