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刺客がやってきた

俺達は迷いの森を抜ける前に夜になってしまった為、森の出口付近の空いているスペースに野営地を設置していた。

エマは日が暮れる数刻前に目を覚まして、今は火を起こしてくれている。

勇気の灯火(ブレイブライト)

エマは勇者の加護の一つでもある炎を出す魔法を使った。

これは普通の魔導士が出す炎とは違い、反対魔法である『沈黙の静水(サイレントウォータ)』でしか消すことができない。

つまり火の番をする必要がないのだ。

この加護は歴代の勇者達が開発したものや、勇者達からの要望に応えて創世の女神様が創った魔法の全てを受け継いでいて、この二つの魔法もおそらく野営の手間を省くために歴代の勇者か女神様が創ったのだろう。

ちなみに勇気の灯火(ブレイブライト)に触れても別に熱いわけではなく、魔物にも特に効果はない。

沈黙の静水(サイレントウォータ)勇気の灯火(ブレイブライト)の火を消すためだけの魔法なので、戦闘向きではないらしい。

ただただ野営用の便利魔法のようだ。

俺達は魔王討伐の旅をしている時は宿に泊まることの方が多かったため、あまり野営をしたことがない。

逃亡する際には野営することも増えるだろうから、結構ありがたい。

エマも今まであまり使ってこなかった魔法を使うので少しワクワクしている様だった。


エマはさっきのことで吹っ切れたのか、いくらか前の明るい調子を取り戻していた。

だがそれでも少しだけ暗い部分が残ってしまっているようで、時折苦悶の表情を浮かべる。

そして両手で耳を塞ぐ仕草をしていた。

「エマ。」

俺が声をかけると、エマは耳から手を離した。

「声が聞こえるの。」

エマは恐る恐る言った。

「声…?」

俺が聞き返すと、エマは俯きながら言った。

「そう。あの兵隊さん達が言ったの…。私は新しい魔王になるんだって…。」

エマは若干震えていた。

またエマの精神が不安定になって来ているようで、剣聖の(センス)がエマの精神の揺らぎを感知した。

「その時の声がずっと聞こえてるの。私を囲んでお前は魔王だ、お前は魔王だって連呼してくるの…。うっ!」

エマはまた両手で耳を塞いだ。

「大丈夫だ。」

俺はエマに囁いた。

「エマは魔王になるのが怖いのか?」

エマは首を横に振った。

「違うの。魔王になって人々を虐殺するかもしれないのが怖いの。」

俺はエマの頭を軽く撫でた。

元々小柄なエマだが、今は一段と小さく、幼く見える。

「魔王は王の称号の一つに過ぎない。」

俺はゆっくりと幼い子供に絵本を読み聞かせるように言った。

「これから君が魔王になったとしても、君の意思が強ければ人を襲うことはないよ。魔王は魔物じゃない。だから意思に関係なく誰かを襲ったりはしないんだ。」

エマの精神の揺らぎが薄れるのがわかった。

エマは俺の言葉を聞いて安心したようににこりとはにかんだ。

「そう…なのかな…。」

だが一度聞いた不安はそうそう簡単に払拭できないものだ。

エマは精神が揺らぐほどではないにしても不安を感じているのだ。

「あのね。私を新しい魔王だって言った人達の中にミナミさんもいたの。」

「“占い師”が?」

俺はエマの自信無さげな発言に驚いて声を上げた。


“占い師”は賢者のアルも所属している魔法使いギルドのギルドマスター補佐官の1人だ。

本名はミナミ・アイハラ。

常に黒い外套を纏っていて、フードも頭をすっぽりと隠いているため、顔は見たことがない。

なんでも、顔に昔の火傷の跡が残っていて、それが人の目を引いてしまうので顔を隠しているそうだ。

ウィンディなら傷跡を消し去ることができると提案したが、過去との決別のために残しておくと言って、ずっとフードを目深に被ったままだ。

声や喋り方からして女性なのだということはわかるが、それ以外の素性は調べても出てこなかった。

アイハラという家名はエカテリーナ王国には存在していないし。

謎が多い人物だが、これまでも魔王討伐のために俺たちに力を貸してくれた。

魔王幹部が現れる場所と時期を占ってくれたため、おかげで被害を最小限に抑えることができたこともある。

それなりに信頼関係を築いていたアイハラからそんなことを言われたら、傷付くに決まっている。

俺はようやくエマがここまで城でのことを引きずっている理由がわかった。

…しかし、俺がパーティー会場から抜け出してエマを見つけた時にはアイハラの姿はどこにもなかった。

占いを専門にしているが、ギルドマスター補佐官に選ばれるほどの実力を持つ彼女のことだ、俺が駆けつけてきていることに気がついて逃げたのだろう。


俺はエマに尋ねた。

「その時のアイハラの様子はどうだった?いつもと違うところはなかったか?」

もしかしたらアイハラも何かに取り憑かれているのかもしれない。

エマは首を横に振った。

「全然、いつもと同じ…。」

だが途中で言葉に詰まった。

「でも、確かにおかしかったかも。いつもミナミさんは声を上げて笑ったりしないのに、あの時は声を上げて笑ってたわ。まるで…そう、絶叫してるみたいだった。」

「絶叫?」

俺が聞き返すと、エマは頷いて続けた。

「うん。笑ってたけど、何か無理やり声を掻き消そうとする感じだった。」

アイハラは常に含み笑いのような話し方をしているが、声を上げて笑うことはなかった。

「ふぅん…。今の所怪しいのはアイハラか…。」

俺は黒いフードを被った背の高い占い師の少女の姿を頭に思い浮かべながら呟いた。


俺たちが勇気の灯火(ブレイブライト)を囲んで、唸っていると、不意にガサガサと森の木々の葉が擦れる音が聞こえた。

風が吹いた訳でもないのに。

俺は聖剣ディスティニーを構えた

「敵襲だ。」

俺は剣聖の勘を使って周囲の様子を確認した。

木の上に8人、四方の茂みに3人ずつ隠密系の能力を持った人間が隠れていることがわかった。

エマも勇者の勘を使って状況を把握した様だ。

「エマは武器を持ってないから、戦闘は避けろ。」

俺は拳を固めるエマに静かに言った。

すっかり囲まれている為、逃げることは出来ない。

俺は近くにあった手頃な石をエマの背後を狙う刺客に投擲した。

すると石はその刺客の額に命中した。

剣聖の勘は便利なもので敵の位置が正確にわかるため、魔王城での戦闘でも大いに活躍してくれた。

刺客は俺達が自分達が潜んでいることがバレた為か、四方から俺達の逃げ道を無くすように10人の人間が現れた。

どうやらさっき石をぶつけたやつとそれを治療するやつは後方へ逃げた様だ。

そして木の上に待機している奴らは俺が上の方に注意が向いていないと思ったのか、その場所から動かない。

現れた刺客は全身緑と泥のような薄茶色の斑点模様にペイントされた体に密着するような服を纏っていて、顔は黒い虎の仮面で隠していた。

黒い虎は暗殺ギルドという、最重要違法組織として国家間でも問題になるほどの危険な組織のシンボルだ。

それがなぜ、俺達を襲うのか。

俺は一瞬混乱したが、無言で攻撃を仕掛ける刺客が見え、すぐに我を取り戻した。

刺客はどうやらそれぞれ違った武器を持っているようで、俺に襲いかかったやつは小太刀のようなもので俺の右腕に攻撃を仕掛けてきた。

俺はディスティニーで軽く受け流した。

どうやらこいつらはギルドではそれなりに腕の立つ者の様だ。

ぴっちりとした服の上からでもわかる盛り上がった筋肉、高速で小太刀とはいえ鉄の塊を振り回したのにも関わらず、息一つ乱れていない。

だが、女神様から頂いた加護を持つ剣聖()には遠く及ばない。

俺はディスティニーを軽く一振りした。

すると、刺客はそれを何とか躱し、俺から距離をとった。

他の刺客も次々に左右から俺に襲い掛かった。

ある者は片刃の剣で切りかかり、ある者は鈍器で殴りかかり、ある者は飛び道具で遠距離から攻撃を仕掛けた。

俺はそれらをディスティニーで受け止め、ディスティニーで断ち切った。

ディスティニーは聖剣と呼ばれるだけあって、その切れ味は鋭く、並の金属ならば容易く破壊することができる。

今度は背後と正面さらには真上から魔法の雨が降って来た。

俺は背後の敵を蹴り飛ばし、正面からきた敵の胸倉を掴んで、エマの魔法の雨の傘にした。

俺はディスティニーを鞘に納め、鞘を振り回して、敵に打撃を与えた。

刺客は次々と地面に倒れていき、仕上げに俺は木の上にいる魔法使いの刺客に、飛び道具をお見舞いした。

急所には鉄の板を仕込んでいるのか、金属がぶつかる音がして、4人の刺客が落ちて来た。

他の4人は投擲具が足りず、落とすことができなかった。

剣聖の(センス)で探すが、4人は既に木の上から降りていた。

刺客はエマが戦えないと気が付いたのか、エマに襲い掛かった。

俺はすぐさま地面を蹴って、エマに近づく刺客を倒そうとしたが、別の刺客が俺の行く手を阻む。

「邪魔だ!」

俺はそう叫んで、俺の行く手を塞ぐ2人の刺客をなぎ倒した。

エマに襲い掛かった刺客の手には黒い煙を閉じ込めたような水晶が握られていた。

シェリハがエマを守ろうとその巨体で2人の刺客を吹き飛ばした。

水晶は刺客の手から離れ、地面に激突し、キラキラと勇気の灯火(ブレイブライト)の光を反射しながら割れた。

中に閉じ込められていた黒い煙はその場で離散した。

シェリハに吹き飛ばされた刺客はまだ立ち上がり、無言呪文を使った。

無言呪文は名前の通り、呪文を声に出さずに魔法を使う、高等技術だ。

だがその分威力は半減するが、奇襲するために使うのが主なので、威力は充分なのだ。

2人の刺客の左右に銀色に光る魔法陣が現れた。

俺はエマとシェリハの前に進み出た。

すると、魔法陣から術者と同じくらいのサイズの2体のマジックリザードマンが現れた。

マジックリザードマンは魔法を使う人型の魔物だ。

召喚獣としては間違いなく高位の強さを持つ魔物だ。

普通のリザードマンと違い、集団で行動することがなく、言語も理解できない。

魔獣と同等に分類されることもある。

マジックリザードマンを召還した刺客は魔力が尽きたのか、その場で気絶した。

リザードマンはそれぞれ雷と氷を纏っていた。

恐らくそれぞれの得意属性を表しているのだろう。

俺は油断なくディスティニーを再び鞘から抜き放った。

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